第2話 暗殺者は人型魔法兵器に認められる

 野次馬が軒並み去った昼下がりの大通り。一気に閑散としたそこにはセロと対する女二人しかいなかった。


「ねえサリア! こいつ危険よ! だってオスだもの!」


 人型魔法兵器の隣にいるということはこの女が元看守だろうか。セロは警戒心を高めながら、それでも一応ツッコんだ。


「そしたら人類の半分は危険人物じゃねえか」

「わかってるじゃないクソ男! そういうことだからサリア、私達の愛の巣に帰りましょ! おっきな館!」

「……そういうわけにもいかねえんだよ、女」

「どういうことよ」


 元看守は訝しみながら聞き返す。


「人型魔法兵器サリアの護衛。何人だと聞いてる?」

「二人……ふ、そういうことね!!!」

「っ!」


 直後、セロへ刃が襲い掛かる。一秒の半分にも満たない速度だが、セロはそれを難なく躱す。


「チッ、護衛を殺れるだけはあって最低限の実利はあるようね」

「待て、お前何か勘違いしてるぞ」

「大方うちの保守派が寄越した人間ってことでしょ。その前に私がアンタを殺すわ」

「何の話か知らねえが……っと危ねぇな」


 言い終わる前に元看守は再度ナイフを振ってくる。当然、セロにはかすりもしない。


「先に言っておくが、俺は別にお前の護衛を殺してはいないぞ」

「なら何でさっき人数を……!」

「俺がもう一人の護衛なんだよ。……だからナイフをしまえ」

「はぁ!?!? クソ男がサリアの護衛!? ねえ嘘でしょ!? だってクソ男はオスよ!?」

「さっきからそのクソ男ってのやめろよ」

「フェリス、黙りなさい」

「わかったわサリア! 愛してる!」

「俺には噛み付きまくるくせに人型魔法兵器には従順なんだなお前……」


 元看守、フェリスはデレデレとだらしない顔で人型魔法兵器の言うことに従う。セロは思わず溜め息を漏らしそうになった。


「ねぇ男」

「セロだ」

「そ。セロ、さっきアンタはアタシの護衛って言ったけど」

「ああ」

「足でまといになるくらいなら要らないわよ。正直フェリスもアタシは要らないと思ってるくらいだし」

「サリアぁぁぁ!? そんな縁起でもないこと言わないでよ!?」

「……つまり信用させろってことだな?」

「ええ」


「アタシはこれから冒険者っていうのをやろうと思ってるのよ。丁度さっき取ってきたクエストがあるし、それをアンタが一人で片付けられたらひとまずは認めてあげるわ」


 つまり討伐クエストで技量を証明しろということだろう。セロ自身は殆ど対人経験しかないが、そうしろという“任務”であればそうするまで。セロは小さく頷く。


「あんまり舐められるのも良い気分じゃねえしな」

「誰がアンタみたいなクソ男舐めるのよ。舐めるならサリアを舐めるわ」

「……舐めさせるわけないでしょ変態」


 フェリスの方を見ずにサリアは否定する。


 ……こんな変態と一緒にやっていけるのか。そう思わずにはいられないセロだった。







 セロが二人に連れて来られた先は街から馬車で三十分程行ったところの緑生い茂る深い森。風が吹く度、葉がさわさわと音を立てる。


「ここに討伐対象がいるのか?」


 辺りを見渡しながらサリア達に訊ねる。答えたのはフェリスで、不機嫌そうに説明しだした。


「……ここには主がいるらしいわ。オーガはわかるわよね」

「魔獣だよな。大柄な人間と同じくらいで、自作の棍棒を担いでるやつ」

「ええ。そしてここの主はその突然変異種。雷属性に特化してるわ」

「魔法の基本属性か?」

「火、水、風、雷、光。雷に特化した魔獣は素早さと膂力が通常のそれよりも数段上なのが世間で言われてることよ」


 つまりその力を持ってこの森を縄張りに置いた存在というわけか。それを聞いたセロはにやりと笑みを浮かべた。


「魔獣とやるのはほとんど経験がないが、面白そうだな」

「そのまま殺されれば良いのよ」

「お前本当に俺のこと嫌いだな!?」

「私が好きなのはサリアだけ。当たり前でしょ」

「いいから行くわよ二人とも。三秒以内に動かないと解散よ」

「ごめんなさいサリア! さあ行くわよクソ男!」

「調子良すぎだろ……」


 すたすたと歩き出したフェリスの後をついていくセロ。やれやれとでも言いたげな表情だが、それとは別に落ちていた小さな枝を拾う。


 それが今回の武器。服の至るところに忍ばせた暗器とは別に、そこにあるもので対象を殺す。暗殺の鉄則だ。


 セロは先程とは様相を変えて進む。ここからは全方位に警戒し、見つけ次第即殺すために。




 探すこと十分。森の深くまで来ると、セロ達は明らかに怪しい場所を発見した。


「木が殆どへし折られているな」


 それまでの自然が豊かなところとは一転、歪に折れた木はそこらへ倒れ、地面に生えている草も黒く焼き焦げた跡が見える。まるでここが住処だと示しているようだ。


「ん、いるな。サリア、フェリス。下がれ」

「アタシに命令するな」

「サリアに命令しないで」

「……力を示さなきゃダメなんだろ? なら大人しく後ろで見てろ」


 物言いが気に入らなかったようだが、二人はセロの言う通り後方へ下がった。それを見たセロは無防備に焼け野原の中央へ歩を進める。




 その瞬間、右からまるで横に落ちる雷のような一閃がセロを襲った。




「っぶねえな。流石に速い」


 紙一重で避けたその先。黄色の体躯にでたらめな黒のラインが入った巨体がセロを見下ろしながら棍棒を構えていた。


「グルルルルル……!」

(気が立ってるのはテリトリーに入られたからか)


 セロは先程拾った枝を雷のオーガの目へ投擲する。しかし相手は野生で生きてきた魔獣、太い腕で難なくガードする。


 その瞬間、セロは閃光のような速度で雷のオーガの間合いへ入った。


(……一瞬視界を奪って手の届く距離へ詰めたってこと。まるで人を殺す技ね)


 フェリスが感心したのも束の間、セロの手刀が雷のオーガの首元を裂く。声にならない悲鳴を上げるが、セロが手を休めることは無い。


「喉の次は足だな」


 小さく呟いたセロは素早くしゃがみ、服の下に隠し持っていたナイフで両方の腱を断つ。崩れ落ちた雷のオーガは苦しそうな表情でセロを睨んだ。


 そうすることしか出来なかった。


 セロはそれまでの殺意を弛め、後ろで見ていたサリアとフェリスを向き直る。


「これで行動不能にはしたが、殺しても良いのか? 生け捕りの方が良いならそうするが」


 流れるような討伐に二人は目を丸くしていた。しかしすぐに我に返り、サリアは機嫌良さそうに笑う。


「大丈夫よ。そいつは殺しなさい」

「ん」


 言われたセロはナイフを逆手に持ち替え雷のオーガの脳天へ突き刺す。ナイフは根元まで刺さり、ぴくぴくと動いていた瀕死の魔獣は次の瞬間絶命した。動かなくなったそれを見てセロはナイフを抜き、大きく振って得物に付いた血を落とす。


「ふふっ、良いじゃないセロ。アタシの下僕として相応しいわ」


 どこまでも上から目線。だがその目は無邪気な子どものもののようで。


「合格よ。今日からアタシの護衛をしなさい」

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