天才暗殺者は慣れない護衛任務を新米冒険者として楽しむようです

しゃけ式

第1話 暗殺者は人型魔法兵器と出会う

 昼時だというのに薄暗い路地裏。転がった酒瓶やゴミを器用に避けながら早足で逃げる男を、セロは追っていた。


(大通りからかなり離れてきたか。人気ひとけのない今が殺し時だな)


 セロの追う男は昨日脱獄した凶悪殺人犯。何やらその日は監獄でとても大事なことがあり、手薄になった警備を抜け出してきたとのことらしい。


 セロは腰元に忍ばせたナイフケースにすっと手を当て、一気に距離を詰めるためぐっと足を踏ん張る。


「ふー……」


 ゆっくりと息を吐き、集中する。視界をクリアに、対象を速やかに殺せるように。


「っ!」


 ドン、とセロは対象へ迫る。蹴り出された石畳は抉れていた。


 こちらに気付かない対象へ残り二歩分程。そんな時、持参していた魔導無線機が鳴動する。


(っ、こんな時に!)

「何だ……ってうおぉ!?」


 間一髪でナイフが避けられてしまう。セロは心の中で舌打ちをし、嫌な顔をしながら無線機の相手に応答する。


「クソジジイタイミング考えろよ! てめぇのせいで後ろから暗殺するだけの任務が殺り合うことになったじゃねえか!」

『だから俺ぁ四十五でジジイじゃねえつってんだろクソガキ!』

「んなこたどうでも良いんだよ! てか俺も十八だからクソガキじゃねえ!」


 セロと言い合っているのは裏の仕事を斡旋するブローカーという男。セロとはもう十年以上の付き合いになる。


『はいはい知らん知らん。それよりセロ、次の任務の話だ』

「今の任務もまだ終わってねえよジジイ!」

「て、てめえ何話してやがんだ! 殺すぞ!」


 暗殺対象なのにとんでもなく蚊帳の外にされている男は怒声を上げる。落ちていた酒瓶の注ぎ口辺りを握り、壁で瓶の底をガシャンと割って鋭利な凶器に変えた。


 それを見たセロは特に動じるわけでもなく、むしろ警戒を解いたようにさえ見える。


「挑発してんのかてめぇ!!!」


 舐められたと感じた男は振り上げた凶器を袈裟斬りに振り下ろす。セロは余裕を持って避けながら、無線機の声へ集中する。


『次の任務は護衛任務だ。そいつと一緒に冒険者でもしてろ』

「護衛任務? いつもの暗殺じゃねえのか。そんなの任務中の俺じゃなくて他のやつに回すべきだろ」

『いいや、これはお前にしか出来ねえよ。なんせ最終目標は護衛対象を殺すことだからな』


 横薙ぎ、刺突、斬り上げ。割れた酒瓶を振り回す男の攻撃を全て掠らせもせず避けながら、セロは自分にしか出来ないと言った意図と何故暗殺なのに護衛しなければならないのかを考える。


「……殺すだけなら誰にでも出来ないか?」

『対象自体の強さも考えろ。俺が動かせるやつの中だとてめえくらいしか安定して殺せなさそうなんだよ』

「……面倒臭そうなもん寄越しやがって。早く護衛対象の情報を寄越せジジイ」


 セロはぶっきらぼうに吐き捨てる。その間も暗殺対象の男の猛攻を軽々と避けながら、退屈そうに溜め息を吐いた。


「クソッ、全然当たらねぇ……!」

「そろそろ殺しとくか……」

「あぁ!? んなこと言われて殺される俺じゃ……っ!?」


 チッと微かに音が鳴る。直後、男の首筋から一筋の血が垂れた。


「……へ、へへっ。あれだけ啖呵切っておいて外すのかよ。ざまぁねえな!」

「ジジイ、回収班呼んどけ」

「はぁ? 調子乗るのも良い加減に……うっ!?」


 男は膝から崩れ落ち、酒瓶を手放し両手で首を抑える。


 そこからは何かを言うことも無く、ただゆっくりと息を引き取った。石畳に横たわる男はもうピクリとも動かない。


「本当に、毒ってのは便利だなぁ」

『終わったか? なら続けるぞ』

「ん」


 セロも無線の向こうのブローカーもまるで当たり前と言わんばかりの様子。既にセロは相手の男への興味は失せており、近くに転がっていた壊れた酒瓶をコンと蹴った。


 んん、と無線機から咳払いの音が聴こえてくる。一体どんな名前を挙げるつもりなのだろうか。


『護衛対象は、人型魔法兵器サリアだ』

「……は? からかってんのか?」


 セロは低い声で訝しむ。


「人型魔法兵器サリアって言えば、昔話レベルの存在だろうが。三百年前に投獄されたんだろ?」

『そうだ。その時暴走した末一つの都市を壊滅、禁固三百年を受けたらしくてな、それを昨日全うしやがった』

「……待て待て待て、話についていけない」


 人間が三百年も生き抜けるわけがない。そもそも人型魔法兵器が本当に存在していたのかさえ疑わしいのだ。いきなり信じろと言われても難しい。


『ついでに言うと、てめえが今殺した脱獄囚は人型魔法兵器が出所する混乱に乗じて脱獄したんだよ』

「そりゃ本当にそんな存在がいるんならそっちに警備を回すだろうが……、もう一度確認する。からかってるわけじゃないんだな?」

『ああ。ま、護衛って言ってもそんなやつが誰かに殺されるなんて考えられない。要はそいつのストッパー役がいるんだよ』

「それを裏の人間に回すのか」

『もう一人女の看守が護衛についているらしいが、そいつは歴とした表の人間だ』


 つまり全く知らない人間二人としたこともない冒険者をしろということ。セロは頭をガシガシと搔いた。


「過去一面倒臭ぇな……」

『いざとなったら安定して殺せそうなやつがてめえしかいねえんだよ』

「そのいざとなった時ってのは何だ? 要はその時を仲間の冒険者として待って、んで殺せば良いわけだろ?」

『話が早くて助かる。人型魔法兵器が暴走したら殺せ』

「ん」


 短く返事をするセロ。暴走したらということは都市一つを壊滅させることが出来る状態になればということだが、それでも軽々と答えられる辺り、伊達にブローカーに腕を信頼されているわけではない。


『報酬は月に一回任務の費用としてごっそり渡してやる。あとクソでけぇ館』

「あ? 館?」

『これからてめえが住む家だ。前の家の荷物は既に運んである』

「俺に人権はねえのかよ」

『はははっ! 暗殺者が言うことじゃねえな!』


 ブローカーは愉快そうに笑う。大方護衛対象を一日中監視しておけとのことだろう。


『最後に人型魔法兵器の見た目を言っておく。背は小さくて長い白髪に赤目の、見てくれはてめえと同じ年齢くらいの女だ』

「三百年生きててそれか。化け物じゃねえか」

『正しくそうだろうな。んじゃ見た目は教えたから後は自分で探せ。じゃあな』

「あ、おい場所は教え……」


 言うが、ブローカーから応答が返ってくる気配はない。


「……はぁ、面倒臭ぇな……」


 それくらいは教えてくれても良いだろうが、とセロは悪態を吐かずにはいられなかった。




 さんさんと輝く太陽に照らされる大通り。露天商や冒険者達で賑わっているそこは活気で溢れており、回収班に先程の死体を任せたセロは人を避けながら歩く。


(改めて見たら冒険者ってのも結構多いんだな。わかりやすい身なりだ)


 これ見よがしに鎧やローブを身に纏い、手に杖を持つ者もいる。中には大仰な両手剣を背中に背負っている者もおり、こんな街中で振り回されたら大惨事だな、とセロは他人事のように考えていた。


 対して店のショーウィンドウに映るセロの姿はとてもではないが冒険者には見えない。

 ツーブロックのショートカットに整った顔。しかし身体は大柄な人間が多い冒険者とは異なり細身で、身なりも地味で簡素なものだった。


 あてもなく歩いていると、視界の奥に人だかりが見える。野次馬で囲まれたそこは遠くからでは何が起きているか見えない程で、セロもつられて見に行く。


「オイてめえら! ぶつかっといて詫びの一つもねえのかよ!」


 荒い口調で凄むのは筋骨隆々とした大男。背中の大剣が冒険者であると主張しているようだ。


 対するのはローブを顔が見えなくなるくらい深く被った二人の人間。一人は身長が低く、もう一人もセロより少し低いくらいだ。


「聞いてんのか!!!」

「……うるさいわね。フェリス」

「今すぐ道を開けないと恥をかくわよ肉だるま」

「おい肉だるまって俺のことか!? これは筋肉だ!!!」

(挑発すんなよ……。てか絡まれてるやつら、女か)


 明らかに男の声ではない。よく見ると身体のシルエットも華奢で、だからこそ絡んでる男が余計に小物臭く思えた。


 ……こっちは人型魔法兵器を探さなきゃいけないのに、何故こんなものを見せられているのだろうか。見に行ったのは自分なのに、セロは理不尽にイラつく。


 小柄な方の女が一歩前に出る。フード越しではあるが、セロと同じくイライラしているのが見て取れた。


「どけって言われたのが聞こえなかった? そもそもぶつかってきたのはそっちじゃない」

「俺の道を開けなかったからキレてんだよこっちは!!!」

「ならアタシの道を開けなかったアンタが悪いわ。身の程を弁えなさい」

「こんのクソチビ……! 痛い目をみないとわからねえようだな!!!」


 バキリと拳を鳴らして睨みつける。


 この様子だと、相手が女だとわかっていても殴りそうだ。


「死ねぇっ!!!」

(案の定かよ。目障りだな)


 助走をつけて男は小柄な女へ殴り掛かる。避けようともしない女を見ながら、セロはどうでも良さげに極小極細の麻痺針を男へ射った。


 人混みの隙間を縫って穿たれたそれは真っ直ぐ男の首筋へ刺さり、女へ拳が当たる直前でドサリと崩れ落ちる。痙攣する様は見ていて滑稽だ。


「な……何が起きたんだ?」

「わからないけど、あの女の子が何かをした……?」

「や、やべえぞ!? 逃げろ!」


 見ていた野次馬達は雲の子を散らすように逃げていく。ここは流れに乗って場を離れる方が目立たない。セロはそう判断して踵を返す。




 が、直後肩に手が置かれる。振り返ると、そこにはローブを被ったさっきの小柄な女がセロを見上げていた。




「アンタね。今デカブツをったのは」

「流石に殺してねえよ」

「どっちでも良いわ。あと助けも要らなかったけど、それに関しても一応感謝だけは言っておく」


 小柄な女はぶっきらぼうにそう言いながら、被ったフードを取る。




 長くて透き通るような白い髪に、淡い血のような赤色の大きな目。聞いていた通りの見た目。


 ──ブローカーの情報と、一致する。



「人型魔法兵器……!」

「あら、アタシのこと知ってるのね。奴隷志望?」

「!? サリア、奴隷は私だけで充分よね!? こいつオスよ!? 股に汚い汚物をぶら下げた汚らわしいゴミよ!?」

「初対面から汚い言い過ぎだろお前!?」

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