第9話

 マルの目の前で、パパとママ、男の子が抱き合っていました。

 ママの声に驚いて、パパも起きてきたのです。

 そうして、人間の姿となった星の子を抱きしめ、その話に耳を傾けていました。

「ママは悪くないんだよ? 僕が羽を外すのを忘れちゃったのがいけなかったんだ。ごめんね。僕って、慌てん坊なんだよ」

 男の子が言うと、ママは穏やかな目で男の子を見つめ、その頬に頬ずりしました。

「僕はお空に帰らなくちゃならないんだけど、ママが泣いているのが気になってさ。それで、天使さまがちょっとだけ人間の姿にしてくれたの。ママ、もう泣かないって約束してくれる?」

 男の子は、限られた時間の中で、懸命に伝えたいことを話し続けます。

「僕は、パパとママの子供にはなれなかったけど、お空の上では、パパとママのところにくる天使がもう順番待ちしてるんだって。だから、泣かないで? ね?」

 ママは愛おしそうに男の子を見つめています。

 パパも男の子を離したくないというように、ママと男の子を抱きしめていました。

 いつまでもそのままにしてあげたい気持ちはありましたが、西の空が明るくなり始めています。マルは時間が来たことを悟り、男の子に声をかけました。

「星の子ちゃん、時間だよ」

 男の子はマルの方へ振り向き、頷くと、パパとママをもう一度ぎゅっと抱きしめました。

「僕にいっぱい話しかけてくれたよね。僕、幸せだったよ。ママのおなかのなかで、パパとママの声を聞いているのが一番好きだった。パパが焼くケーキの甘い匂いも、僕、絶対に忘れないから」

 男の子が言うと、ママの目に涙が溢れました。

「ノンちゃん……パパとママね、男の子でも女の子でも大丈夫なようにって、『望(のぞみ)』っていう名前にしようって決めてたの。だから、あなたのこと、ノンちゃんって呼んでもいい?」

 男の子はにっこり笑って「もちろんだよ!」と答えました。

「その代り、もう泣いちゃダメだよ? ママが元気になってくれないと、僕もお空に帰りたくなくなっちゃうもの」

 パパがママの肩を抱きました。

 ノンちゃんと名付けられた男の子は、パパとママからゆっくりと離れ、テラスへと出て行きました。

 西の空がずいぶんと明るくなっています。

 テラスへ出てきたノンちゃんの体が、ふんわりと光に包まれました。そして、砂がこぼれるかのように光がサラサラとこぼれ、風にのって空へと昇っていきました。ノンちゃんの心残りが無くなったからでしょう。本当に一瞬の出来事でした。

「ノンちゃん!」

 ママが空に向かって、星の子の名前を呼びました。でも、返事はありません。

 星の子が空へと戻ったことを確認したマルは、星の子を撫でたのと同じ羽で、空を見つめ続けるパパとママをふわりふわりふわり……と撫でました。二人の記憶の中に、マルや星の子のことを残すことは出来ないからです。

 羽で撫でられたパパとママは、そのまま深い眠りに落ちて行きました。穏やかに眠るパパとママの口元には笑みが浮かんでいるように見えます。

 問題は解決したようです。 

 マルはホッとし、二人が眠るベッドの上に天使の白い羽をそっとのせました。

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