第8話

 パパとママは、シュウヤの病室のソファでうとうととしていました。シュウヤの容体がおかしいという連絡を受けて、慌てて病院に駆けつけましたが、お薬が効いたのか? 今、シュウヤは落ち着いて眠っています。

 マルは病室の窓からそっと中へ入ると、パパとママの手に、さっきトーヤの黒いカタマリを突いた羽を握らせました。その羽には、トーヤの叫びの小さなかけらがくっついています。羽にくっついたそのかけらは、パパの手のぬくもりが伝わったのか、ジュッと音をさせ、病室の中に蒸発していきました。小さな声ながらも、病室の中には、トーヤの声が充満していきます。


『一人でご飯を食べるのはイヤだよ!』

『パパとママと話をしたいよ!』

『もう引っ越しはイヤだよ!』


 小さな声だからか、パパとママは気づかないようです。

 マルは病室の窓辺に座って祈りました。

 気づいてあげて! トーヤの心の声に! 分かってあげて! トーヤの本当の気持ちに!

マルの願いが通じたのでしょうか? シュウヤの目がゆっくりと開きました。

「……ママ?」

 シュウヤの声が聞こえたのでしょう。ソファでうたたねしていたママの目がパチリと開き、ママがベッドに駆け寄りました。

「シュウヤ? シュウヤ? わかるの? シュウヤ?」

 ママの声にパパも飛び起き、シュウヤのベッドに駆け寄ってきました。シュウヤが二人をじっと見つめます。

「……える」

 シュウヤの口がわずかに動くのを見て、ママが聞き返しました。

「なあに? シュウヤ? なあに?」

 シュウヤは、ママをまっすぐに見て言いました。

「お兄ちゃんの声が……聞こえる」

「お兄ちゃん? トーヤの声? トーヤは今はいないの。おうちで待ってるの。早く元気になりましょうね? そうすれば、すぐにトーヤの声が聞けるわ」

「聞こえるよ。……声。……寂しいって……言ってる」

 病室に充満していたトーヤの声は、もう聞こえるか聞こえないかくらいのかすかなものになっていました。でも、ようやくパパとママにも聞こえました。そして気づいたのです。トーヤと言葉を交わしたのが、随分と前だったということに。

 『声』は、聞こうとしなければ、聞こえないのだということに。

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