第2話

 天使会議の翌日、マルは街のパトロールを早々に済ませると、トーヤの家の前にあるヒイラギの木の枝に座り、トーヤを観察することにしました。まだ朝早い時間ですから、トーヤはまだ家にいて、しばらくしたら学校へ行くはずです。

 今日のトーヤの様子を見て、それから朝ごはんにしよう。マルはそう思っていました。

 トーヤが引っ越してきた家は、学校からもそう遠くはない距離にありました。青い屋根の可愛らしい1軒屋で、庭もあります。まだ引っ越してきて数日ですから、整っていないのは仕方がないとしても、トーヤの家を見つめていたマルは、不思議な気がしてきました。

 人間の家というのは、人が住んでいると、そこに命の息吹きを感じます。でも、トーヤの家からは、その息吹きを感じないのです。

「変だな?」

 マルはトーヤの家の窓に近づき、家の中を覗いてみました。その部屋はリビングのようで、奥にキッチンが見えます。街の多くの人間のママは、朝早くに起きて、家族のために朝ごはんを作っています。そのことを知っているマルは、キッチンにもリビングにも誰もいないことが不思議でなりませんでした。

「ママがお寝坊したのかな?」

 窓のサンに掴まって見ていると、右側にあるドアが開き、トーヤが現れました。さすがに起きたばかりだからでしょう。トーヤは帽子をかぶっていませんでした。

 マルは、帽子を被っていないトーヤを初めて見ました。起きたばかりだというのに、トーヤの顔には生気がなく、どんよりとした目をしていました。そして、部屋に入ってくると、テーブルの上のせられていた紙を拾い上げ、目線だけを動かしてその文字を読み、読み終わるとその紙をぐしゃぐしゃに丸めて、ゴミ箱へと投げつけました。丸まった紙はゴミ箱へ入ることなく床に落ちましたが、トーヤは気に留めるでもなく、そのまままた部屋に戻っていきました。学校へ行く気配も見えません。

 マルはそうっと部屋の中に入ると、丸まった紙を拾いました。そして、テーブルの上で丁寧にシワを伸ばし、広げました。

「トーヤへ

お父さんは今日から会社です。前の街より会社が遠くなったので、今までより早く出なければなりません。朝ごはんは冷蔵庫に入っています。レンジで温めて食べてください。晩御飯は、棚にお金を入れていますので、自分の好きなものを買って食べてください。帰りは遅くなります」

 マルは愕然としました。

 こんなに朝早くに、もうパパは会社に? 

 それに、ママの姿が見えないのはなぜ?

 マルは、閉じられたドアを見つめました。部屋からは、コトリとも音がしません。

 この日、トーヤが学校に行くことはありませんでした。

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