第三話

 “初キメラ討伐”の功績、新しき帝剣のお披露目パーティーが開かれる事となった。


 お披露目の当日――片足の露出度が高めで、パレオのようなフリル付き、光沢ある深い藍色の闇夜に、金が星のように散りばめられたドレスをメイド達に着付けられた。


 お師匠様は白を基調したいつもの軍貴服を着ており、セシルが深緑、アベルは黒の軍貴服を着用していた。


 私は軍貴服でも良かったのだが、お師匠様に真面目な軍議でもないので、着飾れと言われてドレスを着る事となった。


 代金はお師匠様持ちで、職人を呼びドレスを作ってもらった。毎回あの階段を上ってくる職人は大変そうだった。


 私から向かおうかと提案を出したが畏れ多いと言われ、この仕事を受けられる事は誉れなので気にしないで下さいと告げられた。


 城へ向かう夕刻の時間となり、集合場所に向かうと私が一番最後であった。休憩を挟まず、もう少し早く部屋を出るべきだった……。


「お待たせして、すみません」


「藍毛、中々似合っているぞ」


 少し前にドレスを着たので、お師匠様達にドレス姿を見せるのは初であった。


「ありがとうございます」


「蒼穹の瞳が映えて似合ってるね。それにしても、師匠が人を褒めるだなんて珍しいね。鳥肌が立ったよ――」


 余計な一言を放ったセシルに――お師匠様が拳を迫らせる。セシルが拳を華麗に避けるが、お師匠様はそれを予測していたようで、続けて蹴りが放たれた。


 その蹴りはセシルの腹に入り、勢いよく飛ばされる。セシルは自ら飛んでダメージを軽減したようで側中で着地を決めた。


 鼻を鳴らしたお師匠様が魔法の絨毯を浮遊させて城に向かう――攻防の末、余計な一言を放ったセシルは置いて行かれるのであった。


 蹴られたのに何故か二ヤついた表情を浮かべるセシルは、魔法の絨毯を使えるので後で追ってくるだろう。


 私達が城の着地用のバルコニーに到着すると出迎えた軍服を着た者が、


「――剣聖様、セシル殿は?」


「知らん」


「了解しました。先に王へ伝えてくるので少々お待ちよ」


 お師匠様の傍若無人に慣れた対応であった。少しするとその者が帰ってきて、


「準備が整いました。どうぞこちらへ」


 城内を少し歩き――会場に繋がる大きな扉が開けられると『剣聖様御一行』と大きく告げられ演奏が鳴った。


 そして、先に会場入りしていた者達に拍手で出迎えられた。そのまま帝王の元まで歩き、足を止めると同時に演奏が鳴り止む。


 玉座に座っていた帝王が席を立ち、


「剣聖及び帝剣よ、よくぞ参った。そして今宵は、新たな帝国の剣を皆に紹介しよう。ユア=クォルグ参れ」


「はっ!」


 玉座へ続く檀上の階段を上り、帝王の元に辿り着く。


 私は帝王の横に並び、金の盃を受け取った。はひれ伏さないので、王に礼を取る必要はない――と頭で理解しているとはいえ、これ慣れるのかな?


「この乙女が新たな帝剣――ユア=クォルグ! 祝杯を交わせ!」


 私は皆に向かって、金の盃を一度掲げ、中身を飲み干す。皆一斉に杯を傾け、中身を飲み干した。


 拍手が鳴り響き――帝王が飲み干した杯を掲げると拍手が鳴り止む。


「盟友であれ」


「「盟友であれ」」


「義は結ばれた、引き続きパーティーを楽しんでくれ」


 そう締めくくったルクード=ロア=ファルクス帝王と目が合う。


「デュランの妻――マリンは息災にしておるか?」


「え――母は元気です。一介の騎士だった父や母をご存じなのですか?」


「近衛騎士の鏡であるデュランを一介呼ばわりして無事でいられるのは、娘の其方だけであろうな。デュランは命をとして余を守ったのだ。余を恨むか?」


「母に、父は立派に人を守って亡くなったと告げられましたが、その人――その御方が帝王様とは思っていませんでした」


「そうか……。ユアよ――よくぞ帝国の剣になってくれた。其方の活躍は、自分の娘を祝福する気持ちで喜ぼう。さて、語らいはここまでとしよう。主役とは忙しいモノ――皆を待たせるのは忍びないのでな」


 帝王の視線を追って檀上下を見ると――行列が出来ていた。


 私が挨拶で忙しい中、端で寛いでいる三人を見つけてしまった。セシルもいつの間にか会場入りしていた――あの空間が羨ましい……。


 列のようやく最後に辿り着くとその者は知人であった。侯爵家のカイン=ラグダイルである。


「ユナ様の初キメラ討伐を祝福しに馳せ参事ました。おめでとうございます」


「ありがとうございます。しかし、カイン嬢に敬語を使われるのは変な感じがします」


「……ユナ様の方が立場がお上になりましたので。許しても貰えるのならば敬語は止めますが?」


「許します」


「ユナ嬢、偉くなったモノだな。まあ――私は負かされた立場だ。最も直ぐに追い抜くから、私に対して上のお立場を満喫できるのは今だけだぞ」


「カイン嬢、そのドレスとても似合ってますね」


 淡い緑色のドレスに身を包むのは、深緑の髪と琥珀の瞳を持つラグダイルの令嬢――カイン。男女関係なく雰囲気で強そうな名前を付けるのがラグダイル家である。


 カインは学園で、男子制服や紳士服を着用していた為、女の子らしい恰好は初めて見る。


「……軍貴服を着れる立場に無いから仕方なくだ。まあ、なんだ――初任務が無事に終わったからって浮かれるなよ。ユナ嬢を倒すのは私だから息災でなければ困る」


 凄く心配そうな表情でこちら窺うカイン。


「より腕を磨いて剣聖宮殿で待ってます。そう簡単には負けませんよ」


「ふん、学園に居る時は腑抜けていた癖に抜かすようになったな。せいぜい首を洗って待っていろ」


 カインは凄く嬉しそうな顔で言葉を残し、踵を返して去って行った。彼女は、口にする事は素直じゃないが、表情はとても素直である。


 長時間の挨拶で少し疲れたので、夜風にでも当たろうと会場からバルコニーに出ると先客が居た。


 私は思わず目付きを鋭くしてしまう。寛いでいた三人の内の一人――アベルがバルコニーの手すりに寄り掛かり杯を傾けていた。


「そんな怖い顔をしていたら美人が台無しだぞ」


「そんな褒め言葉を使えるなら。少しは挨拶の手伝いをしてくれてもよかったんじゃないですか?」


「俺が器用に世辞を使える訳ないだろ」


「――そうですね」


 そんなアベルの言い分――性分を理解して、後から彼の飾らない褒め言葉が熱を帯び始めた。


「この後のダンスのエスコート出来るぞ」


「ええっと、アベルに足を踏まれるのは怖いんですが」


「おい、人をなんだと……ちょっとこっちに来い――」


 バルコニーの手摺りにグラスを置いたアベルが――私の腰に手を当て抱き寄せる。


 咄嗟に私の口から洩れたのは言葉ではなく短い吐息――手が絡み合わせられ、


「ほら、腰に手をまわせ」


 その一言でダンスの姿勢である事を理解した。強引では合ったが、ダンスの姿勢で恥うような言葉を口にするのは、お慕いしていると告白するようなもので……私は彼の腰に手をあてた――


 ――アベルは私よりも遥かにダンスが上手であった。思えば戦いながら相手の武芸を吸収する天才だった。


「ちゃんと踊れるだろ」


「うん。私より上手です」


 そう言うと満足そうに笑みを浮かべたアベルが、私から離れ――再び杯を手に取り口にする。


「アベルはお酒が好きなんですか?」


「ああ。特に師匠の酒蔵に置いてある酒は美味いぞ」


「盟友の儀を行う際に飲んだお酒は凄く美味しかったですが、どっちが美味しいです?」


「師匠の酒蔵から盗ったやつの方が美酒だな」


「今、とても恐ろしいことを聞いた気がするんですが……」


「帰ったら飲ませてやるから黙ってろよ」


「それ、飲んだら共犯ですよね?」


「楽しそうな話をしているね。まさか弟弟子と妹弟子が、兄弟子を仲間外れにするなんて事はないよね?」


 いつの間にか手摺りに腰掛けていたセシル。


「そういうのなら、セシルも酒を出せ」


「勿論さ! 実は城に来る前に仕入れておいたんだよ」


 そう言ったセシルが懐から鍵を取り出し――自慢げに見せる。


「それって……」


「攻防の際に腰から盗ったんだ」


 帝剣なのに二人とも盗賊みたいな事を……。

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