第二話

 飛行魔道具――魔法の絨毯に乗って、リーベラ当主の館に向かう予定である。


 飛行魔道具は非常に高価であり、“箒”と違い荷物の持ち運びが可能な“魔法の絨毯”は特に高価な魔道具なので、貴族の館に預けるのだ。


 尤も飛行する魔道具は魔力消費が多く、普通の商人には扱いずらい魔道具である。魔宝石を使って使用する方法もあるが、魔法の絨毯よりも多量の魔力を貯められる魔宝石の方が更に高価で、厳重に管理しなければならないという面倒が付き纏う。


 初任務は出発から問題が起きた――


「ユア、俺も乗せてくれ」


「自分で借りて個人で乗って下さい」


「魔力量が足りなくて乗れない」


「それ、いつもどうやって移動してるんですか?」


「走ってだ。大きな都市に行くときは飛空艇で行くから乗せてもらえる」


「……仕方ないですね。乗せてあげます」


 アベルを乗せ、浮き上がらせようとしたが浮遊しない……。


 アベルが大きな身体をしているからといって浮かないのはおかしい。


 ああ――原因が分かった。


「重量オーバーです。走って下さい」


「俺は無駄な脂肪など付けていない」


 私は、アベルの持つ大剣を指差した――


 ♢ ♢ ♢


 リーベラ領の本館に着き、当主に出迎えられ中へ入ると、アベルがお茶を飲んでいた。


 到着を競っている訳では無いのだけれどなんか負けた気分だ……。この筋肉で全て物事を片付けるアベルを負かしてやりたいのかもしれない。


 ホーロウの森にキメラが現れたそうで、魔力が回復するまで休憩し、私とアベルはその森へ向かった。


 異変は森に生息するフクロウの鳴き声が聞こえなくなってからすぐに起こったらしい。フクロウは魔獣で人を好んで襲わない獣である。風魔法を得意とする。


 魔物と魔獣の境は曖昧だがテイムできるモンスターが魔獣とされる。


 そして――キメラは身体が白に変色し、黒い血管を浮かび上がらせ、体毛が抜け落ちた奇形。


 周囲に獲物がいなくなったら土に触手を打ち込み大地の魔力を吸って成長する。農村や街の経済が狂うと少しずつ国力は落ちてしまう。


 今の所は小競り合いで済んでいるが均衡が崩れた時、戦争は開始されるだろう。


 ファルクス帝国よりも同盟国のエルガレス王国の方が狙われており被害は甚大らしい。仕掛けてきているのは灰国のディアガルド――奴隷制度が残っている国では一番の大国である。


 森の中を進んで行くも、魔物とは出会わなかった。


 狩りつくされたのか、異変を感じ取り逃げたのか――


 ――異様な気配を感じ取りそちらに目を向けるとおぞましい生物がいた。聞いていた通りの見てくれだが、脈動する触手と血管が生理的に受け付けない。


「来るぞ」


 アベルの注意喚起と共に、四足で地に立ったキメラから触手が鋭く伸ばされた。


 縦横無尽に伸ばされる触手を避けながら、隙を見て居合いで断ち切り、返す刃で続いて迫る触手を断つ。


 いずれも切断面は凍結させた――アベルも触手を斬っているが、そちらは再生されて、また生えてきた。


「アベル! 触手は任せて――トドメは任せた!」


 足の骨に罅が入る事を気にせず地に踏み込み、疾さを得て触手を斬り落とす。


 全ての触手を短くなるまで断ち切ると、脅威と感じたのかキメラが私に突進してくる――


 キメラの横合いから大剣が霞む速度で振るわれ、アベルがキメラを――弾き飛ばす。


 大剣によって身体が歪に凹み、キメラが再生を繰り返すも、アベルの猛攻に曝され破壊されていく。


 破壊されること十四度、魔力の打ち止めで、キメラが姿を保てなくなり灰となった。


 大剣でキメラから落ちたイービルピースを砕いたアベルが、


「師匠が見込んだだけあってユアが居ると楽だな」


「私の実力を認めました?」


「ああ、良くやった」


 アベルが大きな手で私の頭を撫でようとする――


「――ちょっ! その手血だらけじゃないですか!」


 手を見て服で拭おうとするアベルの手を私は慌てて掴み止めた。


「水だしますから服で拭わないでください!」


 水魔法の“ウォーター”を出し、私は水で洗ったアベルの手を見る。


「返り血で、手の皮が剥けた訳じゃなかったんですね。良かったです」


「そんな心配をされたのは初めてだな」


「俺はそんな軟な漢じゃないぞ、って言いたいんですか?」


 剣ダコだらけのゴツゴツした手が――不意に私の手を包む。


「いや、心配されるのもわるくないな」


 アベルが屈託のない笑みを浮かべた――頬に、熱が、


「――な、仲間の心配をするのはあたり前です」


「俺がユアを心配したら怒るじゃないか?」


 そんな心当たりはない。


「ええっと、いつ心配してくれたんですか?」


「限界突破を使う度にだ。特に俺を相手にする時だけ、顔が歪むほど使用してくるだろ」


 指摘されると確かにアベル時だけ“がむしゃら”に使っていたかもしれない……。


「……私は負けず嫌いな所があるんですよ」


「話をそらすな。次の日、身体が弱ってあまり動けなくなってるだろ。もしその日がイビル討伐だったらどうする? もっと自分の身体を大事にして、本番に支障のない効率の良い訓練をしろ」


「う、反省します。今後は次の日に支障が出ないようにするので、手合わせしてくれますか?」


「俺がいつ手合わせしないと言った? ちゃんと伝えたのに意地を張っていたのはユナだろ」


「な⁉ その戦い方は好かないじゃ分かりませんよ! というかそろそろ離してください!」


 私がそう言うとアベルはすぐに手を放してくれた。


 不意を突かれたとはいえ“どぎまぎ”させられたのは悔しい。

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