ライブと大喜利とシャワー

朝いきなり友人に起こされて、訳も分からぬ間にとある学校の体育館ステージ脇にまで連れてこられた。友人曰く、今日がライブの本番らしい。抜け目なく、私のサックスまで持ってきている。




 今は私たちの一つ前のバンドが演奏している最中だ。いかにもありがちなロックで、コピーだかオリジナルだか、私には区別がつかない。寝ぼけた頭でそのようなことを考えていたが、徐々に覚醒していき、それに従い、冷や汗が止まらなくなっていた。




 そう、私はこのあと演奏する曲を何一つ覚えていないのだ。




 徐々に焦りが強くなっていき、意味もなく周りを見渡したり、手のひらのストレッチなんかをしたりした。しかし、そんなことをしても何も解決にはならない。私は、私を連れてきた、ピアノ担当の友人の楽譜を横取りし、何とか自分たちの出番までに覚えようと必死で暗譜し始めた。


 やがて、前のバンドの演奏が終わった。終わってしまった。まだ私は一曲も覚えきれていない。いっそアドリブで合わせようかとそんなことを考えているとき、どうやらライブの時間がかなり巻いているということを小耳にはさんだ。




 私はそれを聞くや否や、ステージに一人で上がり、客席に向けて如何にも業務連絡的に叫んだ。




「それでは今から15分ほど全体休憩を挟ませていただきます!」




 おそらく300人近くいるであろう客席は私がステージ袖に引っ込んだ後、横の人と話し出す、立ち上がるなどした。とりあえず時間は確保できた。私はこの15分で4曲を覚えよう。




 譜面を見て脳内で再生させ、実際に演奏して手になじませる。これをただひたすらに繰り返した。途中、客席がうるさすぎたため、もう一度ステージに上がり、叫びながら自身の髪の毛を強くむしることで沈黙を強要した。




 結局すべてを覚えることはできなかった。2曲と半分くらいは何となく覚えたので、実質3曲は演奏することは可能だろう。しかし、最後の一曲は本当に何もわからない状態だ。最悪私の覚えた3曲だけに変更してもらうよう頼みこもうかとさえ思った。


 ベース担当の人が「そろそろ行くか」というと、私は半泣きになりながらステージへと上がった。




 誰もいない客席に向かって私達のトリオは最初の曲の演奏を開始した。


 この曲ならまだ安心して演奏できる。そのため私にも余裕があった。しかし、それは曲が始まった途端に崩れ去ることになった。




 ベースの彼が全然違う曲を演奏しているのだ。




 テンポだけ無理に合わせた別の曲を演奏しているベースを私はかつてない眼力でにらみつけた。奥歯が砕けるのではないかと思うほど噛み締めた。演奏は誰も止めない。ピアノの彼はベースのほうを見て、アイコンタクトで何とか正しい音を伝えようとしていた。


 ベースはピアノの目から何かをくみ取ったのか、しきりにうなずいていた。しかしその後彼は私のほうに駆けてきて、息もつかぬ間に私をステージから文字通り蹴り落した。




 その行為に疑問を感じたと同時に客席に叩きつけられた私は、さすがに怒りも頂点に達し、ステージに上がるために脇にある階段を踏み抜くように上がっていった。意味が分からない。彼は狂っている。殺意はなかったが、私は彼の歯をすべて抜いてピアノの白鍵部分にしてやろうと意気込んでいた。ステージに上がるまでは。




 ステージでは、ピアノの彼が客席にいる部員たちに向かって怒鳴り散らしていた。




「お前ら!そんな調子でビルの屋上に部室建てられんのかよ!そんなんじゃいつまでたっても加藤と一緒だぞ!ふざけてんのか!」




 部員はその怒鳴りに言い返すこともできず、ただ粛々と聞いていた。おそらく図星だったのだろう。彼らの中には泣き出す子さえいたのだ。


 私とベースは呆れたようなジェスチャーを大げさにやり、意思疎通をした。二人でピアノの彼をなだめると、すぐにおとなしくなったので、いつものように大喜利を始めることにした。


 幸いここは私の部屋だ。早押し機もフリップもある。いつでも大喜利をできる環境だ。フリップを渡した途端、ピアノの彼は何かを書き始めた。私が聞いていないうちにお題の発表でもしていたのだろうか。もしそうだとしたら、聞き直すのも恥ずかしいので、彼の回答から、お題を予測することにしよう。


 ピアノが満を持して出した回答は「犬も歩けば棒に当たれ」だった。




 おそらく滑っているのだろう。ベースが何とも言えない顔をしていた。お題はおそらく『ことわざを少し変えて面白くしてください』といったニュアンスだろう。私も何となくそれっぽい答えを書いて、ベースが答えるのを待った。


 しかし、いつまでたってもベースが早押しボタンを押す気配を見せない。仕方がないので私がボタンを連打し、自分の回答をしようとしたが、急にピアノもボタンを連打し競ってきた。ピンポーンと軽快な音が私の部屋に響く。長年の経験から察するに、私は押し負けたのだろう。うなだれた私の目に入ったのは、自分のボタンのランプが点灯している、つまり私に回答権があるという状況だ。




「さてはバグっているな……」




 私は早押し機の不調を察したが、こうなった以上自分が答えるしかない。フリップを展開させ、大喜利の答えを言おうとしたが、それはかなわなかった。回答をド忘れしたのだ。


 なんて答えようとしていたのかを必死で思い出そうとしているが、うまくいかない。


 そんな私を見かねてか、ピアノが私にあるものを手渡してきた。それは風邪をひいたときに着けるマスクだった。




 私は首を傾げ、ピアノに説明を求める。どうもこれは、某大喜利得意のお笑い芸人から直接譲り受けたお守りらしい。なおマスクは新品ではない模様だ。


 私は受け取りを断った。普通に汚いので、もらう気になれなかった。




 加えて言うなら、彼は覚えていないかもしれないが、私はそもそもそのマスクを手に入れた場面に遭遇していたのだ。その時の記憶は、どうも私と彼の間で食い違いがあるようだ。


 私からしたら、あれは譲り受けたのではなく、追い剝いだようにしか見えなかった。お笑い芸人の顔にとびかかり、顔からマスクを引きちぎるその様は普通に犯罪だった。




 その後も大喜利大会を続けていると、不意に客席のほうから声がかかった。


 振り向くとそこには50代くらいの女性が怒りの形相でこちらをにらみつけていた。彼女はヒステリー気味に私達をしかりつけた。正直聞く耳を持っていなかったが、どうやら私達は校則を破ってしまったようだ。


 彼女が合図をすると、客席にいた人らが、神輿やら竜の模型、千成瓢箪などを掲げステージ目掛けて突進してきた。




 私は突進の直前にステージから飛び降り、出口に向かって駆けていたので、間一髪のところで回避できた。体育館をでた私は、下駄箱や壁をよじ登り、体育館のステージの丁度真上の天井まで登った。


 ポケットからスマホを取り出し、少しばかり操作をすると、体育館の中からシャワーのような音が響いてきた。




 今頃彼らは失血死をしているのだろうか。


 私は少し申し訳なく思った。


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