魔法少女と整備士と爆薬

「っぷはぁぁ!はぁ……ふぅ……」




 私は地上につながる扉を勢いよく開けてようやく新鮮な空気を肺に吸い込むことに成功した。


 地上に、といっても外ではなく私の部屋なので、新鮮な空気というと語弊が生まれるかもしれないが、地下の空気に比べたら私の部屋の空気も田舎の空気に匹敵する新鮮さだろう。


 体を地下から這い出して、扉を完全にしめて何回も深呼吸をする。軽い柔軟体操も行い、地下空間に適応しかけていた体を元の状態に戻す。




 そこでふと自分がなぜ地下にいたのか疑問に思ったが、忘れるくらいのことなら大したことないだろうと思い、それ以上考えるのをやめた。


 自分の部屋をさっと見渡す。相変わらず広くて清潔な部屋だな、と我ながら感心する。広さはたしか60畳かそのくらいだったような気がする。その広い部屋の中では魔法少女達が騒がしく談笑していた。幸い、私にはまだ気が付いていないようだったので、そのまま出口の方に忍び足で向かい、扉の陰で体を小さくして眠りについた。




 朝、窓から差し込む陽の光に当てられて目を覚ました。体がまだ重かったので何度も二度寝を試みたが、目だけは冴えていたようでしぶしぶ体を起こし、大きく伸びをした。


 周りを見渡すと、他のメンバーはすでにいなかった。おそらく、もう活動を開始したのだろう。それもそのはずだ。たった今確認したスマホの時計は11時ちょうどを表示していた。




 リビングに向かう途中で他の人の気配を感じた。おそらくあのピエロだろう。私の家には少し前からピエロが間借りしていた。彼は早起きではあるが、活動開始時間が正午を過ぎてからなので、この時間に家にいてもおかしくはないだろう。


 そんなことを考えていると、キッチンから件のピエロがフライパンを持って現れた。




「おや、遅かったですねぇ。もうお昼の時間ですが?」




 少しこちらを煽るように言うピエロだが、不思議と嫌な感じはしない。あふれ出る人柄の良さが、口の悪さを打ち消しているのだろう。


 彼のもっているフライパンをふと見ると、たんまりとたれのかかった焼肉が入っていた。どう見てもひとり分の消費量ではない。おそらく私の分も作ってくれたのだろう。彼はそのままリビングに行き、机の上の鍋敷きにフライパンを置き、取り皿を数枚並べた


 そういうところがあるから憎めないんだよなぁ、と思いながら、キッチンでご飯をよそい、机に向かう。


 机の上にひとつだけある雑穀米はおそらく姉のだろう。彼女はなぜか三食雑穀米を食べている。




 食事を済ませた後、私は母に「事前に泊まりに来るって言っていた人数と違うじゃん!」とひとしきり叱られた。私は寝ていたが、人数分の朝食の容易に手間取っていたようだ。叱られている間に、姉は風呂から上がり、現在は部屋で自分の卒業アルバムを眺めていた。


 姉はどうやら私との約束を忘れているようだ。今日は会場にいかなくてはならないのだ。ただでさえ私も姉もギリギリの起床だったのだ。流石にそろそろ準備をしないと間に合わない。そう思い、姉に声をかけに行こうとしたとき、インターホンの高い音が家の中に響いた。ちょうど玄関付近にいた私は、そのまま玄関を出て来客の対応をしようと、靴を履き、玄関の扉に手を掛けた。


 しかし、私が鍵を開ける前にガチャリと鳴る。鍵に目を向けると確かに空いている。外から開けられたのだ。ふいに心臓が激しく動き出したのを自覚した。よくないことが起きるに違いないという感覚が血管を通じて全身に広がっていった。




 玄関の扉はひとりでに開いた。私の手はいつのまにかドアノブから離れていた。開いた扉の先には見知らぬ男が立っていた。色のない繋ぎを着ており、手には何やら工具箱のようなものを携えていた。




「あの……、どちら様ですか?」


「配管の点検に来ました。事前にポストに通知書が言っていたかと思うのですが、確認されていない感じですかね?」




 男はどこか軽い口調でそう述べた。ポストはめったに確認しないので、本当に点検の通知が来ていたかもしれないが、私は信じなかった。というか、知らない男が我が家の鍵を持っている時点で、怪しさ満点だ。そいつが、業者という、普通の状態ならそこまで怪しまれない装いをしているならなおさらだ。




 私は男に対して返事をしなかった。代わりに、勢いよくとびかかり、首と左腕を巻き込む形で地面へと組み伏せた。私の腕の中で男が大げさに悲鳴を上げているが、それにひるむことはなかった。


 拘束することには成功したが、次のアクションを考えていなかったことに気が付いた。この体制になってしまった以上、私一人では彼の言う点検の会社に確認の電話をいれることも通報することもできない。最悪、このまま意識を落とすまで締め上げることも考えるが、そこまでしたことがないので加減がわからない。誤って殺してしまったら元も子もない。




 私はひとつ深く息を吸い、吐き出した。一度冷静になりたかったのだ。助けを呼ぼうとあたりを見回したときに、家に開いていたこぶし大の穴越しに、住人と目が合った。彼は真田といい、私の友人だ。現在はわけあって私の家の一部屋を貸している。私は彼を呼びつけ、スマホにてビデオ撮影をさせた。何かあった際の証拠映像にしようと考えたのだ。




 尋問を開始しようとしたあたりで、玄関前の階段から教師らが上がってきた。ちょうど良いタイミングだったので、私は彼らに、今日配管の点検が来る予定はあるか尋ねることにした。




「点検?そんなのあったかな?あったとしてもまだ来ていないな。来校記録にないし」




 決まりだ。こいつは勝手に学校に侵入してきた不審者だ。私は教師らに事情を説明し、男のポケットや荷物を漁ってもらった。何か目的があってきたのであれば、持ち物からそれを類推できるはずだ。


 しかし、そこにあったのはぱっと見普通に鍵が二つ。ほかには何もなかった。


 逆に怪しい気もするが、とりあえず決定的に彼が犯罪者である証拠はでなかった。だが、男が不法侵入者であることには変わりない。4人いた教師のうち3人が通報するために職員室に向かった。


 男は教師が来て以来、悲鳴を上げることもやめ、固く口を閉ざしている。いつまでもここにいると、他の人に見つかって面倒なことになりかねないと考えた私は、真田に協力してもらい彼の腕を縄跳びで拘束した。それが終わると彼を立たせて、私たちも職員室に向かうことにした。


 特に何も会話がないまま歩いている私達。今日一日が台無しになったことを憂い、意識せず下を向くと、男の裾から何か灰色の粉がこぼれ出ていることに気が付いた。




「なあ、なんだこの粉?」




 真田もそれに気が付いたようで、男に聞くが答えない。私が再びポケットを漁ると、そこにはカイロより一回りでかい、粉入りの袋が入っていた。その袋には『ツェットン』と表記されていた。




「っ!爆弾っ!」




 私は情けないことに、驚きのあまり男から手を放してしまった。男が真田を振り払い逃走を開始した。私はその光景を見て、ハッと正気を取り戻した。男をここで逃がすわけにはいかない。そう思った私は左手に持っていた爆薬の入った小袋をたまたま通りかかった親子に投げ渡して男へ追跡を開始しようとした。


 空中を舞う小袋から、男の裾から落ちていた粉と同じ色の粉がこぼれ、あたりへとまき散らす。その光景は、まるでスーパースローカメラで見ているかのように私の目に映った。穴が開いていたのだ。だから、男の裾からもこぼれていたのだ。




 その袋を通行人がキャッチするのを確認すると、私は男に向かって全力で走った。歩いている彼に追いつくのはそう難しくもなく、おそらく拘束を抜けて5秒もしないうちに彼は再度私たちにとらえられていた。


 彼は逃げようと、手に持っていた輪ゴムで私の腕に攻撃を加えるが、無駄な努力だった。彼を一旦真田に預けた私は、壁際にあった金属製のロッカーの中から箒とちりとりを取り出し、床にこぼれた爆薬の処理を開始した。




 男はいまだに抵抗しているようだった。流石にそろそろ拘束もしんどくなってきたので、私は彼をエスカレーターのある吹き抜けまで引き摺って連れてきた。現在私達は10階にいるため、吹き抜けから身を乗り出すとかなりの高さがあることが実感できる。


 私は、男の半身を吹き抜けから外へ投げやった。足首を押さえているため、落ちはしないが、逆にその程度しか彼の命をつなぎとめるものはない。ここの吹き抜けには柵などはないため、私の腕の身が男の命綱なのだ。相当恐怖だろう。


 男は私達が本気であることを理解すると抵抗をあきらめたのか、体から力を抜いた。それを確認すると私は男の体を引き上げて、無理やり立たせた。彼の脚は震えていたが、何とか自力で立つことに成功した。そのまま職員室に向かうためにエスカレーターへ歩みを進める私に男は震えた声で私に話しかけた。




「お前、あいのりが好きだったろ?」

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