カードゲームとホテルと結婚式
にぎやかな子供の声がそこかしこから聞こえる。最初はなかなかにストレスだったが、2日も経ったあたりには、すっかり慣れてしまった。
現在は算数の授業中だ。先生が黒板にチョークをカリカリと当てる音が懐かしく、小気味いい。後ろの席の男児らがこそこそと何かを話していなければ、なおよかったのだが、これも含めて”小学校”というものだろう。
私は現在小学生の頃にタイムスリップしている。小説や映画の世界で過去に精神や記憶だけを飛ばすタイムスリップをする場合、その多くは偶然や何らかの外的要因が働くことが多いだろう。しかし、今回の私の場合はマイノリティ側だ。つまり、意図してこの時代にやってきたのだ。
理由は単純。過去を変えるため。未来では誰もが知ってる某カードゲームのプレイヤーが迫害されているのだ。週間連載が開始されたころはあらゆるボードゲームを行っていたが、いつの間にかカードだけを行っていたアレだ。
なぜそのようなことになったのかを未来――私が本来生きていた時代のことだが――そこで調査をしていると、どうやらこの時代に鍵があるらしい。
原因を突き止めるため、この時代で私が所持していたそのカードゲームをいろんな店で売り、また、両親に誕生日プレゼントとして買ってもらったカードゲームをプレイする際に使用するディスクを分解した。
分解して出たパーツは秋葉原のパーツ専門店に売りに行った。小学生の身なりであるが、普通に買い取ってくれた。その価格が適正価格かどうかは不明だが、私の目的は金を稼ぐことではなく、未来での迫害の原因を突き止めることなので、さほど問題ではない。
ある日、いつものように学校で授業を受け、クラスで”帰りの会”という懐かしの行事を終えたころ、ふと今朝母親に言われたことを思い出した。
「そういえば、今日は家に帰っても誰もいないんだよな。どうしよっかな」
本当に小学生だった頃は、親が家に居ようが居なかろうが兄と家でテレビを見たりゲームをしたりと楽しく過ごしていたが、今は違う。せっかくの監視の目がない時くらい好きに遊びたいというものだ。
私が向かったのは、学校の敷地内にあるホテルだ。未来の世界では全国展開している、そこそこ高級なホテル。私はここが好きだった。落ち着きつつも気品のある内装、民度の高い利用者、そして質のいいサービス。用がなくとも泊まりに来ることがあるほどだった。
体育館をよじ登り、入り口をくぐると、そこは記憶に広々としたロビーが広がっていた。入口から10mほど奥に受付カウンターがポツンとあるが、そのカウンターと比較するとあまりに広すぎるロビーだった。
私はゆっくりとした足取りでロビーを縦断する。シャンデリアの下を通り過ぎたあたりで、シャンデリアがおちてこなくてよかったと、不要な安堵が心を満たした。
「ようこそ、どちらの部屋をご利用になりますか?」
差し出されたタブレットを見ると、部屋が二つしか開いていなかった。4階の小さな部屋二つだ。狭苦しくはあるが、一人で利用する分には問題ないだろう。意外と繁盛しているのだなと思いつつ、見た限り2部屋には違いもなさそうなので適当に選ぼうとしたとき、あることに気が付いた。
自分の後ろにもう一人客がいたのだ。女子高生だろうか。セーラー服に身を包んだ、ポニーテールの活発そうな少女だ。このホテルにはなかなか似つかわしくないが、彼女も利用者なのだろうか。そんなことを考えていると、彼女と目が合った。何か逡巡しているのだろうか、目を泳がせ、口を開けたり閉じたりしている。
彼女は深く深呼吸すると、罰の悪そうに私に声をかけてきた。
「すみません、お部屋を私に譲っていただけないでしょうか?」
「は?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまったが許してほしい。部屋は確かにほぼ満員だが、まだ2部屋空いている。つまり、私と彼女はそれぞれ別の部屋をきちんと確保できるのだ。質問の意図を理解できなかったので、聞き返そうとした私に対して、それを察したのか彼女は駆け足で説明を開始した。
どうやら、彼女はある団体――おそらく高校の部活だろう――を代表して、合宿に使う宿を探しているようなのだが、合宿の当日になってもまだ見つけられていないそうだ。総勢60人の団員に野営をさせるわけにもいかないため、このホテルを使用させてほしいとのことだ。
そういう事情ならば仕方ない。60人であれば、たしかに余っている2部屋を借りれば十分だろう。私は予約手続きをキャンセルして。ホテルを後にした。
このホテルには、ギャグが面白くなる緑茶や、晩御飯のおかずをAIよりも早く決めることができるようになるミルクティなどを提供しているそうなので、正直泊まれなかったことは惜しいが、また明日にでも来ればいいだろう。
ホテルを出て学校に戻った私は、自分の部屋に戻りテレビをつけた。幼児が人生初めてのおつかいに行く番組が放映されていた。正直、この手の番組はあまり見ないのだが、30代の男性がおつかいに行ったっきり8時間も帰ってきていないという驚愕の場面だったので、その後も食い入るように見てしまった。
【おまけ】(本日は二度寝をしたので、そっちの夢も載せます)
私は中学時代の友人の結婚式に来ていた。
仲間内では一番恋愛に縁のなかった彼が、まさか最初に結婚するとは思ってもみなかった。
会場が現在私が住んでいる家のすぐ近くということもあり、特に誰とも待ち合わせをせずに先に会場入りさせてもらうことにした。受付で会場の説明を聞いた後、披露宴の行われる広間に向かった。
広間の扉を開けると、そこには50人ほどが座れるであろう量の椅子がずらっと並べられており、正面には巨大なホワイトボードが設置されていた。傍から見ると何らかの講演会でも行われるようだった。扉の脇に立っていたパンツスタイルのスーツの女性に話を聞くと、私の目的としている会場はどうもこの部屋の奥にあるらしい。実質的に同じ部屋で二つの披露宴をやるということだ。
目的としていた披露宴会場にはまだ誰もいなかった。とりあえず適当な席に座り、時間をつぶすことにする私。しばらくするとぞくぞくと人が入ってきた。懐かしの顔ぶれをみて過去に思いを馳せていると、私はある失態に気づいた。
「しまった、ご祝儀を持ってきていない」
すぐに立ち上がり、近くにコンビニがないかを懸命に思い出す。たしか建物の入り口にあったような気がする。はっきりとは覚えていないが、あることにすべてを賭け、そこに向かうことにした。
披露宴会場をでると、もう一方の会場のほうでは、一番前の席に座っていた友人が、膝の上においていある紙に何かを懸命に書き込んでいた。彼は司法試験を受ける予定なので、その勉強をしているのだろう。先ほど見た時は普通に談笑していたのだが、いったいこの短い時間で何が起きたのだろうか。
そこまで考えたあたりで、今はそれどころじゃないことを思い出し、コンビニに向けて再び駆け足を始めた。建物の入り口にまで来ると、目線の先には見知ったカラーリングのコンビニが間違いなくあった。一度立ち止まり、自分の記憶違いでないことにほっと一息ついた私は、コンビニの中に少し速足で入り、ATMで3万円をおろした。
「そういえば、ご祝儀ってピン札じゃないといけないんだっけ?」
スーツの内ポケットから空のご祝儀袋を取り出したときにふと疑問を覚えた。たしか、結婚式の時はピン札、葬式の時は一度は使用したお札を渡すようなしきたりだった気がする。
今しがた引き出した5枚のお札を見るが、どう見てもピン札ではない、あるお札は真ん中に折り目が入っており、あるお札は角が少し焦げている。
しかし、今から銀行まで行っている時間はない。今回はご祝儀袋をくしゃくしゃにすることで、お札を比較的綺麗に見せるようにしてごまかそう。
私はご祝儀袋に5枚のお札を入れると、そのまま力いっぱいくしゃくしゃにして、披露宴会場に投げつけて家に帰った。
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