車とお化けと公園
「道ががたがたしてるな…。軽自動車しか乗ったことない私が運転していい道じゃないぞ」
山道とは聞いていたが、ここまで舗装されていないとは誤算だった。日光のイロハ坂よろしくのヘアピンまみれのくせに、地面が大なり小なり砂利でいっぱいだったのだ。
私は今4輪駆動の大型車を運転している。車については詳しくないので、車種などは分からないが、戦争ものの映画で兵士が乗っているのを見たことがあるような気がする。ちなみに、無論一人ではない。助手席と後部座席に3人、私を含めて4人がこの車に乗っている。
がたがた揺れる座席に力強く腰を掛け、気を抜いたらすぐに抜けてしまいそうなハンドルを押すようにして支えている私を傍目に、ほかのメンバーは窓の外をしげしげと見つめていた。
この不気味なほどに静かで真っ暗な森を、車の中から見たところで”まだ”何も見えないだろう。私達は、目的地にはまだついていないのだから。
しかし、静寂は突然崩壊を始めた。
「見ろ!いるぞ!」
自分の後ろに座っている友人Bが声を荒げた。
来たか、と今まで以上に気合をいれて運転に望む私。一度車を木に衝突させ、車の向きを上りから下りへと反転させる。すると、今まで真っ暗で何も見えなかった外の景色に、白い人影がいくつも存在していることに気が付いた。
私は車内の温度が上昇しているような錯覚にとらわれた。いや、実際に上昇していたのだろう。それくらいメンバーの熱気は私の肌に突き刺さった。ふと助手席を見ると友人Aの目がまっすぐ白い影を向いていることに気が付いた。もう他の何にも興味がないだろう、アレを除いては。
私はアクセルをべた踏みして、スキー場上級者コースのような角度と直線の山道を砲弾のように駆け下りる。ものの1秒でもはや落下と言っても差し支えない速度になっていった。
白い人影は、もちろん轢いていく。正面から直撃だ。何のためらいもない。なぜなら、私達はそれが目的でこの山にきたのだから。
この山は少し前から幽霊が大量発生するようになっていた。観光客の減少を心配したこの山のオーナーがこうしてゴーストバスターを一種のアトラクションのようにしてしまったのだ。ゴーストを殺す手段は簡単。車で轢くだけ。私達はそれを楽しみにここにきていたのだった。
「はぁぁぁ!めっちゃウケるな、ちゃんとぶつかった衝撃があるぜ!」
Bが席をぴょんぴょん跳ねながら言った。楽しんでくれて何よりだった。ほかのメンバーも体での表し方はそれぞれだったが、Bと同様に楽しんでいるようだった。無論、私も楽しい。以前、笑い方が気味悪いと言われたことを気にして、あまり人前では笑わないようにしていたが、ここでは我慢できそうもない。
「―――――っっ!」
私の顔は間違いなく破顔していただろう。本来の意味よりはもう少し残酷な顔だったろうが。
しばらく下っていると、別の妖怪が出てきた。体長3m程もある、全身が黒い触手のようなもので覆われている妖怪だ。名前は知らないが、少なくともここにいる以上は私たちの敵であることに間違いはない。私はアクセルを緩めることなく、そのまま突っ込んだ。
衝突の瞬間、爆破のような巨大な音と衝撃が体を貫いた。そりゃそうだ。いままで轢いてきた奴らとはレベルが違う。当然のことだった。
そのまま車は妖怪を乗り上げて、坂道を下り続けた。しかし、前輪に触手でも挟まったのか、今までの走行感とは少し異なるように感じた。今までが走る、だとしたら、今は滑っているような感覚だ。
もうすぐ坂を下りきるな、と思っていた時、横の建物から急に黒い影が飛び出してきた。私は焦ってハンドルを切ったが、先ほどの触手の影響もあり、うまくかわすことができなかった。黒い妖怪をはねた時と同じような音と衝撃に身を包み、私は”クマ”を轢いてしまったのだ。
当然焦った。動物を轢いた経験なんて、人生で一度もない。まして、今は1人。車内にだれか一人でもいてくれたら、心強かったのだが、現実はそうもいかない。非情だ。
車はすでに止まっている。ぶつかった衝撃もあるが、私がとっさにブレーキを踏んでしまったのが大きい。しかし、私はまだ車から降りていなかった。ここで降りたら、クマがもし生きていた場合、私は到底太刀打ちできないと考えたからだ。自らの呼吸が激しくなっていることに気が付いたのは、外の静寂のおかげだろうか。私はゆっくりと深呼吸をし、ドライバーに車を出すように静かに伝えると、彼は何も言わず、エンジンを掛け、車を再度出発させた。
がたがたと座席が揺れる。車が砂利を踏む音が無性に気になった。先ほどのクマの表情が顔に焼き付いて離れない。怖くなり目をつぶるが、余計に情景を思い出してしまう。
私が震えているのを知ってか知らずか、運転手は私を慰めるような口調で声をかけてきた。
「お客さん、川につきましたよ」
その声を聴くや否や、私は体を起こし、川に向かって走り出した。川辺にはすでに友人らとその家族と思われる人たちがいた。どうやら私が最後に到着したらしい。そのことに少し悔しく思いながらも、私は笑顔で友人のもとに駆け付ける。
「遅かったな。何してたんだよ」
土手にいた友人Aに声を掛けられた。よく見ると、まくっている裾から見える足が濡れている。先ほどまで他の奴らと一緒に川の中で遊んでいたのだろう。もしかしたら、私が来たことに気が付いて上がってきてくれたのかもしれない。
「私の家は遠いのだから、少しは見逃してほしい。ここまで歩きで来れたことをまず褒めてくれよ」
そんなことを言いつつ、川でまだ遊んでいる友人らに目を向ける。
それにしても広い川だ。川幅はゆうに30mはあるだろう。反対の岸は、小学校にあった25mプールの端よりは遠くにあるように思えた。
私とAは、川岸をゆっくりと散歩し始めた。川のせせらぎを聞きながら友人と散歩するのは、とうに手に入れることをあきらめた青春を想起させ、ひとりでに感情を高ぶらせるに十分だった。
ふと、視界に巨大な物体が動くのをとらえた。気球だ。5つの気球が、今まさに空に飛び上がっていくのを、私とAは立ち止まって見ていた。
「この公園、気球の打ち上げとかもやってるんだな」
「そうだな、上がる瞬間なんて、生で初めて見たよ。近くまで行ってみたいか?」
私がそう提案すると、Aは首肯し、足を進めた。心なしか、先ほどよりも足取りが早いような気がする。彼も気球を見て心を躍らせたのだろう。友人が私と同じ感性をもっているようで、少しうれしかった。
気球へむかう道すがらにも面白い遊具はいくつもあった。例えば、ゾウだ。木造の巨大アスレチックのゴールの部分にゾウがいる。最近はめっきり見なくなったその組み合わせに、思わず童心に帰る私達だったが、その奥に人目を避けるように建てられている倉庫から、あまりよくない気配を感じたため、そちらへと向かった。
落ち葉を踏みしめながら、ゆっくりと近づいていく。遠目にみたら、赤い屋根の倉庫のようにみえたが、近づくにつれ、それが間違いであったと気が付いた。これはバスケットコートだ。周囲をぼろぼろのフェンスに囲まれたそのコートは地面もむき出しになっており、ゴールネットさえ失われていた。管理不足というよりは、すでに捨てられているのだろう。この戦時において、バスケットコートなんぞに管理費を割くわけがないことは分かっていても、幼少期に触れあった遊び場がこうして死んでいくのを見るのは、いささか心にくるものがあった。
コートの反対側にまで足を進めると、そこには膝を抱えて座っている女の子がいた。
「おい、大丈夫か?」
私は、すぐにその子に近づき、安否を確認した。声をかけ、肩を揺らしてみる。呼吸音はするから生きてはいるようだが、どうも反応がない。もしかしたら危険な状態なのかもしれない。
無線を取り出し、仲間にその旨を伝えようとした瞬間、私はその少女に脳天を銃撃された。
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