今日の私の夢

おこめ大統領

駅と走りと銃撃


 私は走る。


 目標には私からすでに三馬身は引き離されている。手を振り足を上げ、呼吸も忘れるくらい懸命に走るが目標との差は一向に縮まらない。むしろ、どんどん開いていってる。


 私と目標がいまいる場所は、メディアでもよく取り上げられている近代的な”駅”のなかである。高い天井は部分部分ガラスらしき透明な造りになっており、空からの日差しを程よい明るさにしたうえで地に落としてくれる。加えて、この広さ。そこはもはや駅というより、さながら公園に近いだろう。


 かなり大きい駅ということもあり、道行く人は休日のイオンモールくらいはいる。しかし、この駅のキャパシティはまだまだ大きいようで、実際の人数よりは少なく感じた。


 そうやって私はあたりにも目を向けながら走っていると、目標は駅の中心にある、巨大な階段を二段飛ばしで駆け下りていった。上りのない巨大階段、その先は……


「くっそ、地下鉄に乗る気かっ!」


 先ほど周りに目をやったときに読み取った地下鉄の時刻表を思い出す。もうすぐ出発する。今からだったらギリギリ間に合わないこともないだろう。

 ただし、それは目標なら、の話である。いつの間にか15mほど話されている私は、閉まりゆく扉を指をくわえてみていることしかできないかもしれない。

 

 階段の踊り場まで下りた段階で目標を見失ってしまった。もしかしたらもう下まで行ってしまったのかもしれない。呼吸を整え、再び足を回転させる。


 息も絶え絶えに、ようやく一番下までおり切ったとき、視界の端に何かをとらえた。あいつだ。上りしかないエスカレーターにて、手すりに肘をつき、のんびりと上っていってるではないか。正直、体は限界に近い。だが、ここで逃がすわけにはいかない。

 私はありったけの体力をふりしぼり、のぼりの階段に足をかけ、そのまま復路を開始した。


 やっとの思いであがり切ると、そこには大学のサークルの友人Aが立っていた。よく見ると周りにも数人見知った顔がいた。遅刻してきた私を咎めるかと思いきや、私が来たことを確認すると、特に何も言わず足を進めだした。日頃の行いだろう。私はめったに寝坊もしないし、まして遅刻なんて生涯でも5回程度だろう。


「今日はどこにいくんだっけ?」

「特に決めてない。適当」

「じゃあとりあえずなんか食べるか。お前も朝食ってないだろ?顔に血が巡っていない感じが見て取れるわ」


 Aは無言でうなずくと、すぐそばにあったパン屋に向かっていった。


 自動ドアが開くとともに店の奥から「いらっしゃいませ」の声と、香ばしいパンの香りが体に叩きつけられた。私がその余韻に浸っていると、Aは入ってすぐ横にあった食券を買い、先に席に向かっていった。Aの行きつけの店なのだろうか。だとしたら、おすすめでも聞いておけばよかった、と少し後悔する。思考を放棄した私は無難に一番左上にあったそばを注文する。

 

 奥からおばちゃんの声が聞こえてくる。買ったものと相まって学食を思い出した。


 席について、しばらく中身のない会話をしていると、ふと入り口のほうにAが顔を向けた。つられて私もそちらに目を向けた。3つ上の先輩グループが入ってきたのだ。

 私はサークルには途中から入ったということもあり、あまり打ち解けていないのだが、無視するわけにもいかないので、挨拶に伺うために席を立ちあがる。


「こちら温かいうちにお召し上がりください」

 

 ちょうどそのタイミングで店員さんがおそばを持ってきてくれた。どうも、と一言言って再び席に着く。完全にタイミングを失ってしまった。とりあえず先に食べようと手を合わせてる。

 すると、隣に先輩方が着席してきた。そのタイミングで私達に気が付いたようだ。一言二言の挨拶をかわし、それぞれのグループでの会話に戻った。義務的な会話だったが、ひとまずなけなしの礼儀はつくせたのではないかと思い、一安心して目の前の食へ箸を伸ばした。


 食べ終わった私は店を出て電話を探し始めた。しばらくあたりをうろうろとしていると、公衆電話のマークがあった。その案内に従い、少し暗めの小道へと足を進める。ゆるやかなカーブの先にポツンと公衆電話が一つ置いてあった。

 横の丸窓からもれる月明かりも相まって、少し不気味さを醸しだしているが、しょせんこれは緑の電話。電話を使った怪奇は数あれど、緑の電話が直接暴行してくる、などというものは聞いたことない。”直接的な攻撃”でないなら私はいくらでも対処ができる。

 ポケットからすっかりくしゃくしゃになった紙を取り出して、番号をしっかり確認したうえで電話を掛ける。この前番号を間違えてかけてしまったばっかりだ。同じ轍を踏む私ではない。


 数コール後に聞こえてきた「もしもし」という言葉に、おもわず口角が上がる。今回はうまく電話を掛けれた。その些細なことが、自分の顔に意識せず影響していたのだ。


「もしもし、母さん。今日ちょっと帰りが遅くなるわ。ごはんは冷蔵庫にあるから、それを食べておいてくれ」

「了解。わざわざ電話ありがとうね。明日の朝食べる用のごはんとか炊いておかなくて大丈夫?」

「うん、明日はパンが食べたいから。それじゃ」


 ぽちっと通話終了マークを押し、スマホをポケットに戻す。ふぅ、と一息つき腰をぐりぐりと回す。やはり電話は苦手だ。相手と話すにはやはり対面が一番楽だ。


「とりあえず地上に出るか」


 出口を探しているあたりを探索していると、少し古い梯子を発見した。手で触れた感じ、頑丈さはまだ問題なさそうだ。目線を上に向けて、梯子を一段一段上っていく。昔から梯子を上る音が好きだったのはやはりゲームの影響だろうか。

 そんなのことを考えているうちに地上に出ていた。銃声が絶え間ない。どうやらもう始まってしまっていたようだ。

 駐車場脇の一本道で一人の少年が必死に走って弾から逃げている。しかし、その後ろには突撃銃を携えた二人が追いかけている。しかも彼らが撃っていないときにも着弾音が聞こえた。どうやら狙撃手も幾人かいるようだ。


「こっちだ!!」


 私は奴らの注意を逃げる少年からそらす為に大声をあげ、石を投擲する。しかし、彼らの反応はこちらの想定より薄い。一人ずつ着実に殺すつもりなのだろうか。それとも、私など、とるに足らない存在である、ということなのだろうか。

 私はそのことに無性にイラついたが、今はそんなときではない。何としてもあの少年を守らなくては。目の前の踏切を渡り、少年に近づいていく。

 少年は私を見つけると、恐怖を顔に浮かべ、速度を落としてしまった。おそらく私も敵だと思っているのだろう。


「足を止めるな!あっちに向かって走れ!」


 少年の背を押して、止まりかけていた足を無理やり回した。その後私は少年のほうを振り返らず、まっすぐ彼らに向かって走り始めた。彼らが私をとらえると同時に敵の片方にヒップアタックをかまし、両腕を私の膝で固定する。地に落ちる前に手に持っていたフォークを頸動脈に突き立て、そのまま地面に押し付ける。

 もう一人がすかさず、ハンドグリップの底で私を殴りつける。少しよろめいてしまったが、そのまま地下道に向かって私は走り出した。


 壁や天井をうまく使い、まるでスーパーボールのように地下への階段を駆け抜ける。背後からの銃声も最初こそひどかったが、次第に聞こえなくなっていった。


 撒いたかな、と一安心したところで、駅構内から外へと飛び出し、地下街のシャッターをすべて下す。これで敵が地下までおってきていようが、外に居ようが、こちらを追跡することは不可能だろう。


 目の前にはタクシー行列がかなりできている。おそらく20組近くいるだろう。深夜の駅前だから当然といえば当然だ。しかし、彼らの並んでいる場所をよく見ると、全然関係ないところである。その場所から信号一つ渡った、反対側の歩道にあるのが本当のタクシー乗り場だ。

 なぜそんなところに並んでいるのかは知る由もないが、私は正規のタクシー乗り場のほうへ足を進める。途中背中に衝撃を感じて振り返ると、どうやら偽の列に並んでいるサラリーマンの1人が私に鞄を投げつけたようだ。私はそれを拾い上げると、たまたま隣にいたおばあちゃんに預けた。


 正規のタクシー乗り場に到着したが、どうやらここも並んでいるようだ。私は自分の出席番号の場所に並び、タクシーを待つ。


 しかし、待てども待てどもタクシーは来ない。来る気配すらない。すでに並び始めてから1時間以上経過している。前後にいるクラスメイトとの会話もすでに底を尽きており、ほかの人たちもすっかり地に尻を付け、まるで実家の居間のようにくつろいでいる。


 ここまできたら歩いて帰ったほうが早いと考えた私は、列を抜け、1人帰路に就く。途中で台車にのった女に話しかけられたので、そのまま押して帰った。

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