第5話
昼休み。相変わらず、今日は俺を見に来る生徒が後を絶たない。俺と同じ学年だけでなく、三年生や一年生までが、わざわざ俺を見に教室へ通ってきている。
進学校で有名な学校だけど、みんなどこかはバカなんだろう。
俺は自分の席で、母さんが作ってくれた弁当を食べようとしていた。
こんな日に限って、母さんは何を思ったのか?
今日の弁当はキャラ弁だった。クマとウサギのおにぎりが笑顔で寄り添っている。うちの母さんは天然というか、とても幸せな人だ。自分がやりたいこと、楽しいことを優先して生きているように見える。だから、俺が男だと分かっていながら、たまにこうして女子が持ってくるようなキャラ弁を作る時がある。女の子が欲しくて、たまに作りたくなると言っていたけど、俺にとっては超迷惑な話しだ。
しかも! 何故今日なんだよ!
俺は弁当の蓋でクマとウサギを隠しながら、大急ぎでそいつらの表情、つまりクマとウサギの目や口から消費を始めた。キャラ弁の表情はほぼ海苔で形作られており、実はこの海苔さえ食べてしまえば、後はただのおにぎりと化す。だから、海苔さえ食べてしまえば、弁当がキャラ弁だとバレる確率はぐんと下がる。俺はこれまでの経験から、それを学んでいた。
クマの目と口を食べ、ウサギに取り掛かろうとしているところに、同じクラスの吹石奈々(ふきいしなな)が話しかけてきた。
「も・う・り・くん!」
俺はクマとウサギに夢中になっていた為に、吹石に気づくのが送れ、急に声をかけられてドギマギしながら顔を上げた。
吹石は男子に人気がある女子で、吹石自身もそれが分かって行動しているように思う。さすがにカラーリングはしていないが、毎日髪型はばっちり決めているし、時には薄ら化粧していることだってある。高塚が気づかないはずはないけれど、高塚もまた吹石の色気に惑わされているのかもしれない。
「な、何?」
弁当の蓋をかぶせようとする前に、吹石は俺の弁当箱を覗き込んでいた。
「毛利くんのお弁当かわいいね!」
阻止する前に見られてしまったが、俺はなるだけ毅然と立ち向かおうと誓った。
「何? 用があるなら早く言えよ」
これまで、吹石の方から俺に話しかけてきたことはない。俺が真面目すぎておもしろくない男だと言っているのを聞いたことはある。俺は吹石の興味を引くような男ではないはずだ。俺は警戒心を剥き出しにして、吹石の方を見上げた。
「あ、ごめんね。ご飯中なのにぃ」
なんだ? この語尾の無駄な伸ばし?
吹石は、いつもなら絶対に俺の前ではやりそうもないくねくねした動きをし、笑顔を浮かべていた。
「今日って、放課後時間ある? 絵里(えり)と美智佳(みちか)とカラオケ行こうって言ってるんだけど、毛利くんも来ない? その後、ファミレスで勉強会をやろうって言ってるの。ほら、もうすぐ期末テストだし。毛利くんに勉強教えてもらえばバッチリかなって。どう?」
正直、悪い気はしなかった。クラスの男どもの羨ましそうな視線を感じたし、今までの俺だったなら、こんな風に女子から、それもモテ系の女子から積極的に誘われるなんてことはなかったし。俺にとっては初めての甘~いお誘い。
だけど、嬉しい気持ちの反面、吹石や後藤絵里、水野美智佳の成績が悪いことも理解できた。期末テストの勉強会の前にカラオケなんて行ってるから、テストで結果が出せないんだ。大体、テスト勉強でファミレス? 集中出来ないじゃないか!
「あー、俺、放課後はダチと約束あって。ありがとう。また誘って!」
俺は無難に答える。ダチとの約束なんて、何にもないけど。
「えー、どうしてもだめぇ?」
男どもの嫉妬に満ち満ちたオーラを感じる。吹石の誘いを俺が断るのが許せないという無言の圧力。それに気づいているくせに、吹石は、俺を見つめてにっこりと笑った。ぷっくりとした唇が艶々しているのが見え、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
いやいやいや、ここで騙されてはいけない。こいつらは、今日の俺の外見を面白がっているだけであって、「毛利義臣」を誘っているわけではない。
どう答えようかと頭を働かせていると、ピンポンパンポーン! と軽い音と共に校内放送が流れた。
『二年一組の毛利義臣くん、生徒指導室へ来てください。高塚先生からお話しがあります』
その放送が何度も繰り返され、俺は弁当の蓋を閉めると、席を立った。
呼び出しとはいえ、高塚、ナイスタイミング!
「わり! 呼び出しだから行くわ」
「ざんねーん」
吹石は唇を尖らせながらも、頷いた。これも金髪ピアス効果なのだろうが、女子に甘えられるのは悪くない。
俺は浮き立った気持ちで生徒指導室へ向かった。
が、歩きながら、そもそも呼び出されたからと言って、大人しく言われるままに生徒指導室に行くことはどうなのか? と思い始めた。それは不良のやることじゃないだろう? こういうやり取りは無視して、突っぱねるのが本来の不良だ。
俺は出て行きかけた教室に再度入り直し、机から弁当を持って移動することにした。このまま教室にいたところで、高塚の呼び出しを無視すれば、誰かが俺を迎えに来るのは目に見えている。
俺が移動するのを察知した吹石が、また俺の方に歩いて来た。
「毛利くん、サボるの? 私も一緒に行こっか?」
吹石と一緒に授業をサボったとして、二人で何をすればいい? 俺には想像すら出来ず、俺としては吹石を遠ざける必要性を感じた。
こういう場合、タカならなんて言うだろう? 藍ちゃんがしつこく付いてくると言ったなら? タカがそれを迷惑だと思ったなら……?
「メンドクサイなぁ。慣れ慣れしくすんなよ! 俺はツルむのが嫌いなんだ!」
俺が叫ぶと、吹石もクラスのヤツラも一瞬シン! と静まり、空気が硬直したのを感じた。
やってしまった! そう思いながら弁当を掴んで廊下へと出た瞬間、教室の中で黄色い声が飛ぶのが聞こえてきた。
「きゃー。毛利、いい! ツンがいい!」
「頭も良くて、あんなにカッコいいんなら、私、毛利と付き合ってもいい!」
「何言ってるの? さやか、彼氏いるじゃん!」
「それに昨日までガリ勉くんってバカにしてたじゃない!」
「昨日は昨日。今日は今日よ」
この声を聞く限り、俺の金髪ピアス計画はイイ方向に進んでいるらしい。まぁその後、男どもの「あんなののどこがいいんだよ? お前ら騙されるな! 真面目くんだぞ? 真っ黒な頭のメガネだぞ? 暗くていつも何考えてるか分からないようなヤツだぞ? お前ら、金髪に惑わされるんじゃねぇ!」という声が聞こえてきたところを見ると、ウケているのは女子に限られるようだが。
この学校に入学してから、俺はおもしろくもない毎日を送り続けていた。確実な将来を掴むためには必要なことだと思ってはいたが、一部の生徒を除けば、この学校に通うどの生徒も同じにしか見えなかった。もちろん、昨日までの俺も含めてだ。決まった制服を着崩すなんてこともなく、女子は決まったスカート丈に決まったソックスの長さを保ち、男たちはみんな似たり寄ったりの髪型で、誰が誰なのか分かる必要もないように思えた。
大事なのはテストの点数。それだけだ。
俺は弁当を食べるべく、体育館の裏へと向かった。そこに木々の間からこぼれる陽だまりがあることを知っていたからだ。
昼休み終了の予鈴が鳴る。
俺は生まれて初めて、授業をサボる!
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