もうひとりの【亜神】

「本物の神が、レースの邪魔をしている」


 なぜだろう? ハメルカバーなら、セーラさんたちの味方であるはずだ。


「どうしてです? 手を貸してくれないんですか?」


「我々が不甲斐ないから、レース自体をなかったことにしようとしている」


 いくらなんでも理不尽過ぎる。


「セーラの言う通りじゃ! この嵐は、ハメルカバー自体が引き起こしとる! 仲介役を通さなんだら、止まらんのじゃ!」


 嵐はどんどん強くなり、ソーまでが吹き飛ばされそうになった。


 このままじゃ、レースどころじゃない。危険な状態だ。


 そんなとき、意外な人物が道路に入り込む。


「やめろ……ハメルカバーッ!」

 なんと、フルーツ屋のオジサンだ。上空にいるであろうハメルカバーに怒鳴る。


 それにしても、ハメルカバーを知っている風な口調だけど?


「オジサン、危険ですよ⁉」


 ボクが呼びかけても、オジサンは逃げる気配はない。

 普通なら出走妨害だ。けど、オジサンはお構いなしに道路の中央へ。


「メッセンジャーが告げる! 不正行為をやめよ! 神自らが、レースに泥を塗るとは、何事か⁉」


 ハメルカバーと地上とを結ぶ連絡係がいると、ボクらは聞かされていた。


「ひょっとして、オジサンがハメルカバーのメッセンジャーですか?」


「左様。しかし、まったく聞く耳を持たん!」


 オジサンが、そうだったんだ。


 いくらオジサンが指示を出したとしても、嵐が止む気配がない。それどころか、勢いは増すばかり。


「天が怒り狂っておる! 思い通りに行かぬから、荒れておるんじゃ!」


 いよいよ、レース会場にまで被害が及ぶ。道路が剥がれ落ちそうになった。


「やはり、【亜神 ニブラエリス】がおらねば」

 ニブラエリスって、まさか……。



「ヨアンさんのお母さんって?」



「そうじゃ。ワシらハメルカバーおよびそのしもべが負けた相手は、亜神『オーシャ・ニブラエリス』じゃけん!」


 えっ⁉ オーシャさんって、亜神だったの⁉


「ニブラエリスは、恐ろしい亜神だった。我々は力を失ったが、相手も深手を負い、記憶を失った。普通の人間として生活していたのを発見したときは、驚かされたよ」


 だから、オーシャさんって人間だったんだ。


「セイレーンさえ怯えさせる最強の歌姫と言われていたね。私が音楽を始めたのも、彼女に憧れていたからなんだ」


 敵さえ魅了する、すごい歌の化身だったんだね。


「オジサン危ない!」


 会場の道路が吹き飛んで、オジサンがバランスを崩した。


 チサちゃんは、その悲惨な状況さえひっくり返す。

 魔法の杖を道路にかざし、崩落を防いだ。


「危ないから下がって! チサちゃん!」


「下がらない! せっかくみんな、楽しく遊んでいるのに、神様になんか邪魔をさせない!」

 これまでにない必死な形相で、チサちゃんは踏ん張る。


 それでも、レース会場に立つヤシの木が根本から引っこ抜けた。その一本が、ボクとチサちゃんに襲いかかる。


「いいかげんにしなさい!」

 どこからともなくマミちゃんが現れ、ヤシの木を蹴り飛ばす。

「神だかなんだか知らないけど! チサをいじめるヤツは、アタシが容赦しないわ!」


「マミちゃん!」


「ダイキ、チサ。助けに来たわ!」


 マミちゃんは、バイクを置いてきている。

 わざわざ嵐の吹き荒れる中を、乗り物を使わずに進んできたんだ。


「おおおお!」

 ネウロータくんまで、水の魔法を駆使して道を整備し始める。


「お前らも手伝え!」


 他の魔王たちに向かって、ネウロータくんが呼びかけた。


「もう今は、ケンカレースどころじゃない! 力を合わせなきゃ、街全体にまで被害が及ぶぞ!」


 そうだ。嵐の被害は、レース会場だけじゃない。他の街にまで及んでいた。ダスカマダ全体が、黒い雲に覆われている。



 どうすればいい? どうすれば、嵐を止められるんだ。



「あれ、ヨアンさん」



 何を思ったのか、ヨアンさんがフルーツオジサンのもとに。


 オジサンは、懐からマイクを取り出す。


 マイクを受け取ったヨアンさんが、大きく息を吸い込んだ。




「ゴミみてぇな作戦カマシてんじゃねえぞ、このクソ野郎ッ!」




 普段の様子からは想像もつかないような汚い言葉が、ヨアンさんの口から吐き出された。デスメタルボイスとなって。 


「下手に出てりゃあ、いい気になりやがって! テメエ、あたしらがいなきゃ、この世界を思い通りにできるなんて思ってんじゃねえだろうな⁉ 降りてくる根性もねえくせによぉ!」


 心なしか、罵倒の後、雨が少し和らいだ気がする。


「こっちが手加減してんのがわからねえのか⁉ こっちはな、テメエが泣いて頼むから、参加して差し上げてねえんだよ! ありがたく思えねえなら、本気でテメエを潰しに行っても構わねえんだな⁉ ああっ⁉」


 ブワッと、一瞬で青空が広がった。


 世界を水没させるような悪天候が過ぎ去って、会場から歓声が上がる。


 一方、ヨアンさんは一仕事終えたかのように、マイクをメッセンジャーオジサンに返した。何事もなかったかのように、観客席へ戻る。


「お見事です。ヨアン様」

 ククちゃんが、席に戻ったヨアンさんにかしずいた。


 いつもの表情になって、ヨアンさんはククチャンに抱きつく。



「怖かったぁ」



 ボクらはズッコケた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る