嵐の前に

「ダイキ、雨が降ってきた」


 黒い雲が、ボクたちの上空を覆い尽くす。


「少し休んだ方がいい。ダイキも」

「オッケー。雨が降るんじゃ、いつ休めるかわからないもんね」


 ひどくなる前に、ボクたちは給水スポットへ。


 仕切り直しとばかりに、後続車も次々とピットに入っていった。車両タイプの魔王は、雨に備えてタイヤ交換をしている。ドラゴンは、熱くなった身体を冷やしていた。


 もちろん、ボクらもオンコの手を借りてタイヤを付け替えている。


 その間に、軽めの昼食を。エィハスが用意してくれた唐揚げを食べることに。


「ダイキ、平気か?」

 チサちゃんとボクのために、ゴハンをよそってくれた。


「うん。唐揚げありがと、エィハス」

 エィハスの唐揚げをつまみながら、ボクは緊張をほぐす。


 チサちゃんも、ここぞとばかりにバクバクと唐揚げを詰め込む。


「今のうちに回復してくださいねーっ!」


 ヘバリ気味のチサちゃんを元気づけようと、オルガが水と風の魔法でエアコンの代わりを務めた。


 太陽が近い天空ステージに、涼風が漂う。


「ありがとう、オルガ。生き返るぅ」

「ダイキさんも、しっかり回復してくださいませ」


 ボクは、いつのまにか手が震えていた。


 自覚はなかったけど、結構大変なバトルだったみたい。


 残り一周とは言え、長丁場になる。

 ましてや雨が迫っているのだ。

 僅かなミスが、命取りとなる。

 トップ集団だからって、うかうかしていられない。


「おお、あんたは。できたてのシェイクをどうぞ」


 ボクたちの前に、トロピカルなシェイクが二つ用意された。


「おじさん! 店員さん!」


 ピット近くのパラソルにいたのは、いつぞやの巨大フルーツを運ぶおじさんである。

 隣には、ドライブスルーにいた店員のオバサンが。たしか、オジサンの娘だって言っていたっけ。


「どうにか、最終レースに間に合ったよ。ありがとうよ、若いの」

「いえ。よかったです。シェイクもおいしいですね」


 またこうやって、最高のシェイクに出会えるなんて。


「気に入っていただけて何よりだ。しっかりやるんだぞ」

「応援ありがとうございます」


 満足したチサちゃんを連れて、ボクはレースに復帰した。


『ラスト一周だ! オサナイダイキが天使LOコンビに追いついたぜ! だが油断するな、ガラス窓に空いて気が付き始めているぜ。嵐の予感がするなあ!』

 ゼーゼマンも、異変に気づいてアナウンスをする。


 天候は次第に悪化し始め、視界を奪うほどの暴風雨となった。ワイパーですら、追いつけない。


 ビチャビチャという不吉な音に耐えながら、チサちゃんがボクの手を握ってきた。


 それだけで、ボクにパワーが漲ってくる。


「雨か。じゃが……負けん!」

「うん。ボクだって!」


 台風が来たって止まるものか。ボクはコースを突っ切る。

 幸い、スキル極フリのおかげで運転技術に問題はない。


「それにしても、この嵐はなんだ⁉」


 異常事態をモロに食らっているのは、セーラさんだ。

 彼女だけ、嵐をまともに浴びている。

 立っているのが不思議なくらいだった。


「えげつないのう!」

 後続が、もう見えない。


「ダイキ、この嵐、様子が変」


 言われてみれば、そうだった。


 ボクたちにだけ、雨風が降り注いでいる。


 他のレーサーたちは、近づきたくても近づけないという有様だ。


「これ、結界かも」

「結界だって?」


 妙なことを、チサちゃんが言い出す。


「わたしたちチームを二組だけにするための」



 どうして、そんなことをする必要が?



「わああ!」


 ボクの乗るハチシャクが、大きくコースアウトした。

 ドライブテクを駆使して、壁への激突は避けた。


「もしかすると、これは」

「そうじゃのう……うお⁉」


 水たまりに足を取られて、ハメルカバーまでもがスリップする。防音壁に、身体を乗り上げた。


「しまった!」

 なんと、セーラさんが風に吹き飛ばされてしまう。防音壁に飛び出した。


「セーラ⁉」

 ハメルカバーモードを解除して、ソーが防音壁へと急ぐ。


「無事だ!」

 セーラさんはどうにか、壁のヘリにつかまっている状態だ。


「今、助けに行く!」

 ボクは車を止めて、嵐の中へ。


 ククちゃんとヨアンさんには悪いけど、こうなったらレースどころではない。

 ライバルと言えど、谷底に落ちそうな相手を見捨てるわけには。


「うごっ⁉」


 ソーが、セーラさんの手を掴んだ。しかし、自分も落ちそうになっている。


「ふたりともつかまって!」

 防音壁をよじ登り、ボクは二人の手を取った。


「ぐおおおお!」

 力を込めて、二人を引っ張り上げる。


 そこに、暖かな光が。ボクに強化魔法を送ってくれた人がいる。


「チサちゃん⁉」

 あろうことか、チサちゃんまでが、セーラさんを助けるために車から出てきた。


「危ないよ! ボクに任せて!」

「違う。わたしは、ダイキを止めに来た」


 ボクの服を、チサちゃんが引っ張ってくる。


「どうして⁉」 

「この嵐の正体が、わかったから」


 どういう、ことだろう。


「そのとおりだ。この場は退け、オサナイ・ダイキ。これは我々の問題なのだ」

 一番危ない状態のセーラさんまでが、ボクを止めようとする。


「この嵐の正体はなんです⁉」




「ハメルカバーだ!」




 この嵐は、神様が引き起こしているだって⁉

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