バタ足の速度で

「一番水着選びに手間取っていたじゃん。あんまりノリノリじゃなかったクセにさ」


 そのまま海の家で、遅め昼食に。


 チサちゃんとボク、エィハスは軽く麺類で済ませた。

 不思議そうな顔をして、チサちゃんは麺をすすっている。


「どうしたの?」

「あんまりおいしくないのに、箸が止まらない」


 だよね。海の家の料理って、クセになるんだ。


 ゼーゼマンは海に入らないというので、ホタテとエールで一杯引っかける。


「よい薬草になりそうな海鮮があれば、見つけてきて欲しいのである。育毛剤ならなおよし」

 彼はこのまま、くつろぐという。貴重品を見てくれるから、いいか。


 一番食べていたのは、新しい物好きのオンコだった。元々ドワーフな彼女は、持ち前の健啖家ップリを発揮している。店の全メニューを制覇する勢いで、デザートのかき氷まで平らげた。


「お腹壊さない?」

「平気平気。これくらいドワーフにとっては日常だよ」




 少し休んでから、本格的に海へ。




 ボクはチサちゃんを抱きしめながら、海水に浸かる。


「冷たくて気持ちいい」


 チサちゃんは楽しそうだ。


 ボクが両腕を掴んで、チサちゃんはバタ足の練習をしている。バランスを確認しながら、ゆっくりと進む。



 エィハスとオンコは競争を始めた。

 冒険者ということもあり、スピードがシャレにならない。


 うらやましそうに、チサちゃんが二人を眺めている。


「あんな風に泳いでみたい?」

「うんっ。きっと楽しい」


 力強い返答がきた。


 これから先は、海の探検もする。泳ぐスキルは必要だ。

 なにより、チサちゃんの目には憧れの色が見える。


「腕を緩めようか?」


 ボクは、手だけを握って、チサちゃんを放す。


 一瞬、チサちゃんは溺れそうになったが、海に浮くことができた。


「大丈夫?」

「わたしは平気。続きする」


「OK。バタ足をやってみて」

 バシャバシャと、チサちゃんが足で水をかく。


「スキルでも、泳ぎって習得できるんだよね?」


 冒険者カードには、水泳や潜行のスキルが追加されていた。


「『泳ぐ』という感覚をちゃんと覚えないと、身についたことにはならない」


 そうか、免許があるからといって、運転が得意とも限らないもんね。


 ボクも黒龍拳という技を持っているけど、戦闘やケンカは怖い。

 だから、自分からはふっかけなかった。

 

 それと同じかも知れない。感覚が大事なのだろう。


 未知のスキルだろうと、チサちゃんは積極的に覚えようとする。


 まず土地に馴染むところから始める辺り、エラい。


 夕方が迫る辺りには、手を放しても泳げるようになっていた。


 エィハスとオンコのように、速く泳ぐことはできないけど。



 いいんだ。ボクたちはゆっくり行こう。

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