海への憧れ

 そんな暮らしが続き、もうすぐ、夏が近づこうとしていた。


 窓の側にセミがいたので、偃月刀スコップで追い払う。この世界にも、セミがいるのか。


「ダイキ、こんな企画を考えた」

 チサちゃんが、ボクに紙切れをよこした。


『観光地を作ろう! プロジェクト』と書かれている。


「もうゴマトマ鉱山の温泉街化で、済ませちゃったよね?」


 パーティの一人、オンコたちドワーフが統治するゴマトマ鉱山は、今は温泉街と変貌を遂げた。地域を観光地と化し、収益を得ようという作戦からだ。これで、民に重い税を課さなくて済む。


 エィハスの実家である食堂のから揚げ、ゼーゼマンの絶妙な調合によってさらに美味しくなったポージュースも、売り上げは好調だ。


 ボクたちも手伝いに行ったけど、活気があってよかった。温泉宿が並び、人々が癒やされて帰って行く。その姿を見て、ボクもうれしくなった。 


「それはそれ。次の手を考えたい」

「名産も、ポージュースでよくない?」


 実際、ポージュースは改良に改良を重ね、人気商品となった。さすがはゼーゼマンだ。ポージュース目当てにチサちゃんの世界を訪れる人も、後を絶たない。


「丸ごとカボチャプリンだって、好評じゃないか」

 特大カボチャを器にしたプリンを、ゴマトマで販売し始めた。これが売れに売れている。


「現状維持も大事、しかし同時に、現状維持は衰退の始まりでもある」

 やけに哲学的な言葉が、チサちゃんの口から発せられた。

 難しい言葉を知っているね。


「チサちゃんが言わんとしていることは分かるよ。でも、急激な発展だって、出血に等しいダメージを伴うよ。無理をしなくても」


 今までの経営はとにかくご新規さんを増やすスタイルがウケた。

 これからは、同じフォロワーが支えているだけで収益が見込める「場末のスナック的な集客スタイル」が強いらしい。

 最近、何かの本に載っていたけど。


「それはわたしも、同意見。ただ、もうすぐ本格的に暑くなる季節。何かデートスポット的な場所は欲しい」


 そっか。ゴマトマは温泉街だものね。

 暑くなったらきついかも。


「夏も冬も制して、盤石な仕組み化としたい」


 年中収益が見込めるのは最強だよね。

 チサちゃん的には、いつでも潤沢の状態がいいらしい。


「温水プール、って案はどう?」

「既に始まっている。それなりの集客は見込める予定。変化を求めないリピーターはそっちでいいかも」


 問題は、新規顧客の獲得か。


「ダイキの世界は、暑いときは何をする?」

「海に行くかなぁ?」


 ボクぐらいの歳になると、さすがに一人で行ったりはしなかったけど。

 サーフィンやダイビングが趣味なら行くかも知れない。

 が、ボクはそこまでアクティブにはなれなかった。


 一人プールなどもハードルが高い。


 それに、海に行くことはあっても、友人の付き添いくらいである。もっとも、ボクは子どもたちのお守り役に呼ばれるんだけどね。

「海……楽しそう」

 ワクワクが、チサちゃんの背中から伝わってくる。

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