第9話 オレンジと唐揚げ

 肩車をチサちゃんが要求してきたので、ボクは従う。


 チサちゃんの小さな手には、オレンジを摘むようのハサミが握られていた。


 身を傷つけないように、チサちゃんは慎重にツルを切る。


「はい」

 肩車の上から、チサちゃんはボクにオレンジをくれた。


 ありがたい。

 朝食だけでは、少しお腹が物足りないと思っていたところだ。


「いいの? ボクの生まれは愛媛だからね。おミカンにはちょっとうるさいよ?」



「エ・ヒ・メ?」



 どうやら、チサちゃんのデータベースにエヒメという言葉はないらしい。


 ちょっとガッカリだな。

 今度機会があれば連れて行ってやろう。


「多分、人間が食べても美味しい。実際売れている。どうぞ」

「遠慮なく、いただきます」


 ボクはオレンジにかぶりついた。


 甘い。その直後にスッキリした酸味がくる。

 まごうことなきオレンジだ。


 こんなにも完成度の高いオレンジがあったなんて。

 愛媛産とも引けを取らない。


 ボクは目をつむって、味をじっくりと確かめた。

「すごくおいしい!」


「ありがと」


「ひょっとして、この作業を見越してた?」


 程よい空腹状態で、ボクに摘みたてのオレンジを味見してもらおうと。

 だとしたら、気配りのできる素晴らしい上司だ。


「ありがとう、チサちゃん。おいしかった」


「気に入ってもらえて、よかった」

 チサちゃんも満足そうだ。


「あのー、こちらの方は?」

 農民が、チサちゃんに質問をしてきた。


「ダイキ。わたしの玉座」

 チサちゃんは、何の説明もなく農家の人にそう説明する。


「お、ほおおおおお!」


 桑を落としたぞ、おじいちゃん。そんなにショックだったの?


「あの、すいません」

 いつもの卑屈癖が出る。

「自分はここにいちゃいけないんだ」と、ボクはいつも考えてしまうのだ。


「玉座様のお出ましだ!」


 農民の皆さんが、なぜかボクにひざまずいた。

 チサちゃんに敬意を表するなら分かるんだけど。


「これでようやく、魔王サマのマナが安定するぞ!」


 またマナの話だ。


 村人からの待遇はすさまじく、お昼までご馳走になってしまった。


 昼食は、シメたてのニワトリを使った唐揚げである。


 チサちゃんの目が輝いていた。

 だから唐揚げに目がなかったのか。

 好物なんだな。


 なんだか悪いなと思いつつ、村の恵みを堪能する。


 もちろん、チサちゃんを膝上に乗せて。


「すいません、質問なんですが」

 手をあげて、ボクは農民たちに問いかけた。


「マナって自然発生しているのですよね? 世界を作り出す力なら、自然と取り込めるのでは?」


「そうはいかないのです」

 農家の一人が、首を振る。

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