第12話:赤ワインは魔力の味

 しまったな。いくら異世界人だとしても、こんなに簡単に男の人をウチに上げてしまうなんて、危機感なさすぎだわ。


 …まあ、だからって恋愛感情なんてないからいいんだけど。


 クルトさんだって、わたしみたいな胡散臭い異世界人をどうこうする気はないだろうし。


 子供のように好奇心丸出しでキョロキョロするクルトをキッチンに案内しながら、ミヤコはこっそりため息をついた。


 最近ため息の出し過ぎで、幸せがすごい逃げてる気がする。


「へえ。すごい。太陽光のようなランプだね。炎ほど熱もないが、暖かい。どんな魔石を使ってるんだ?」

「魔石?」

「違うのか?僕の店では、炎の魔力を封じた魔道具と、光源茸という発光性のキノコを使っているのだけど」

「ああ…。ええと、わたしの世界には魔法はないって言いましたよね。だから魔道具とか、魔石とかは存在しないんですよ。これは文明の利器で、電気と言います」

「電気…」

「火力とか水力とか、核電力とか、自然の力を利用して電気を起こしているんです。科学者じゃないから詳しく説明できないんですけど…。まあ、だから魔力とかなくても普通に生活できるようにいろいろ工夫がなされてるんですよ。水もガスも電気もほぼ全ての家庭に供給されています」

「うーん。よくわからないが、素晴らしい国王の下で、皆が守られて生活できているということか。確かに結界も貼られていないようだし」


 いや、国王もいないし、結界もないんですけどね。防犯装置はありますがね。


 突っ込みどころは満載だったが、いちいち説明するのも難しいと思ったミヤコはしれっと笑みでごまかして「はあ、まあ」とか言って、食事の支度を始めた。


「ええと、手始めにスパークリングワインでも飲みますか?」


 ミヤコは早めに作っておいた牛肉のカルパッチョに、イチジクとバルサミコビネガーを合わせたとろみのあるドレッシングを振り、ロケットサラダで彩った大皿と、スライスしたトマトに黒胡椒をパラパラと落とし、その上にモッツァレラチーズのスライスをのせて、バジルで飾り付けたものをテーブルに置いた。


 箸よりはフォークの方がいいだろうと思い、取り皿とフォークをクルトの前に置く。


 クルトの目がまん丸になり、出されたものを凝視する。

 見たことのないものばかりなのか、鮮やかな赤と白と緑のコントラストにごくりと喉を鳴らす。


「すごい、綺麗だ。これが食べ物だなんて思えない」

「ふふ。口に合うといいんですけど。このドレッシングは私の手作りなんです」


 そういうと、ミヤコは細身のシャンパングラスにバラ色のスパークリングワインを注ぎ、クルトに差し出した。


「ひとまず、再会に乾杯」

「美しい食事に乾杯」


 カチンとグラスを傾け乾杯をすると、クルトはそっとワインに口をつけ「うおっ」と小さく唸り、カルパッチョを食べては「むむっ」と目を見開き、トマトとモッツァレラのサラダに至っては口元を手で覆い「なんだ、これは!」と言って幾つも口に運んでいた。


 驚愕のオンパレードだわ。

 見てて楽しい。


 ミヤコは、百面相をするクルトを暖かい目で見つめメインディッシュの準備に入った。


 ラム肉のフレンチラックには既に胡椒とタイム、ローズマリーなどの香草とガーリックを入れたオリーブオイルでマリネをしてあるので、パン粉を付けて焼くだけだ。オーブンを180度に温め、肉を入れた。20分もあれば出来上がるだろう。


 あとは、ラム肉によく合うカボチャのリゾットをじっくり作るだけ。鍋に湯をかけ、カボチャは1cmほどのダイスに切り外側が柔らかくなる程度に湯掻く。リゾット用のアボーリオライスを水洗いし、バターをたっぷり入れたフライパンに生米を入れ、木べらで混ぜて炒める。


 色よくバターを絡ませたら、コンソメを水溶きしたものをゆっくりフライパンに入れる。茹でたカボチャも入れて、米がスープを含みアルデンテになるまでゆっくり木べらで混ぜ合わせていく。マスカポーネとクリームを少量入れてまろやか味を出すのも忘れない。最後に刻んだパセリと胡椒を振って、パルメザンチーズの薄切りを乗せれば出来上がりだ。


 後ろから覗き込んでミヤの調理を見ていたクルトが、感嘆の声をあげた。


「すごい、ミヤ。これを魔法と言わずしてなんというんだ」


 料理人としてはこれほど嬉しい賞賛はない。何を出してもおお〜!わあ!と喜んでくれるのだから、遠慮せずにどんどん食え、と勧めたくなる。


 リゾットを一口頬張るとクルトは目を瞑り、天を見上げ「生きてて良かった」とまでのたまっていた。ラム肉とリゾットの際に、ミヤコは赤ワインのピノノワールを出して二人は舌鼓を打った。


「ミヤ、このワインは魔力回復の飲み物だ」

「ははは。単なるお酒ですよ。美味しいのは認めますが」

「このクリーミィなリゾットは体力回復を促しているし、この肉は…素晴らしく美味い」

「赤肉は体の治癒力を高めるんですよ。筋肉の疲労回復にもなります。あと、リゾットは穀物ですからね。腹持ちがいいし、カボチャに含まれるビタミンと相まって体力回復に繋がるのかしら」


「先ほどのスパークリングは、先日試した「チューハイ」とよく似ているが、解毒効果が高いようだ。状態異常にも効くかもしれないな」

「飲み過ぎは悪酔いの元ですからね。回復薬としてはあまりお勧めできないようにも思いますが。あと、子供に飲ませないでくださいね。癖になると怖いので」

「ああ、それは僕の作る薬と同じだな。飲みすぎは逆に毒になる」

「そうですね。アル中になります」


 それからクルトとミヤコは、ああでもない、こうでもないと食事について意見を交換し、ワインを楽しんだあと、ハーブ園が見たいと言ったクルトを連れて縁側に行った。


「寒くないですか?」


 そろそろ冬になろうとしている秋の夜は気温が落ちて、ぶるっと体を震わせるくらい寒い。だがクルトは酒を飲んだせいか、体が温まっているから大丈夫だと言った。縁側にあったサンダルはクルトには小さすぎたため、脱いでいた靴を持ってきて外に出ると、クルトはハッと息を飲んだ。


「ミヤ」

「はい」

「君は……この世界に魔法はないと言ったが」

「はい」

「…精霊はいるんだな」

「…はい?」


 クルトはハーブの植えてあるあたりまで行くと、ミヤを振り返り両手を広げると、ほらと言って笑う。


「クルトさん…、手が…」


 クルトが何かを呟くと、広げた両手にキラキラと光の粒がまとわりつく。蛍のような淡い光だったがチカチカするわけではなく、一定した光量を持ってクルトの差し出した手のひらの上を浮遊している。


 クルトは優しげに精霊が両の手に戯れるのを見ている。


 ミヤコにはただ光の粒が見えるだけであったが、それが精霊なのであろうことは言わずとも理解できた。クルトの容貌と相まって、幻想的な世界を作り出す客人にミヤコはぼんやりとその様子を眺める。


「小さな精霊だが…。優しい。暖かい、いい精霊のようだよ。ミヤを慕っているんだね」

「えぇ…?」


 しばらくすると、クルトの手から光が遠のいて、見えなくなってしまった。


「どんなマジックですか、今の」

「今のは魔法じゃなくて、召喚だよ。ちょっと呼び寄せてみただけだ。でもこれでわかった。君の作るハーブには精霊が付いている。精霊が力を貸しているんだ」


 精霊付きのハーブ園。


 ファンシーだな。


 ワア、ステキ。


 頭がお花畑になりそうだ。


 ミヤコが我に返り、クシャンとくしゃみをすると、クルトが中に入ろうと促した。居間に戻ると、ミヤコはスパイスを入れたホットワインを作りソファに座り込んだ。


「それで先日の話なんだが」


 クルトはワインを一口飲んで微笑むと、グラスをテーブルに置いてから自分自身の両手の指を絡ませ、その手をワイングラスの前に置いた。自然と身体は前のめりになり、密談をするような姿勢になる。


「はい?」

「聖女の仕事の話だよ」


 あ。


 そういえば、そんなこと言ってたっけ。


「ちょっと問題があってね」


 そりゃ、まあそうだろう。


「国王と聖女が君に会いたいというんだよ」

「遠慮します」


 ミヤコは青ざめて、ワインを吹き出しそうになった。


 ムリムリムリ、と首を横に大仰に降りワインを飲み込む。異世界の国の問題に首をつっこむのは絶対よくない。食堂に首を突っ込んだのだってすでに後悔の元になってるし、こうしてクルトを招き入れたのもしまったと思うほどだ。国王なんて、聖女なんて絶対ムリ。天皇陛下とバチカンの教皇に会え、と言われているようなものだろう。ミヤコは一般市民なのだ。


「ムリにとは言わないが、一度…」

「ダメです。ムリです。もう、あの扉は開かずの扉にしますよ。二度とそちらには伺いません」

「えっ。そ、それは!」


 慌てたのはクルトの方だった。


 今の今までなんとなく気を許して話せるようになったし、少しは警戒を解いてくれたのだと思っていたのだから、ミヤコの頑なな拒否反応にあたふたしてしまう。


「わ、わかった。国王と聖女には僕の方から話をつけておく。だから。お願いだから、僕まで拒否しないでほしい」


 クルトは慌てて、ミヤコの両手をつかんだ。ミヤコはまだワイングラスを手にしていたので、うおっと零さないように慌ててグラスを握りしめるが、クルトは気にせず両手にぎゅっと力を込め、真正面からミヤコの目を見つめた。


 新緑の瞳にミヤコの狼狽えた顔が映る。


「ク、クルトさん」

「君の力が必要なんだ」


 だから、やめてくれ、このイケメン。

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