第3話:トンカツと甘味噌
「ミヤ、ちょっと見ないうちに垢抜けたなあ!」
夕食時になって、従兄弟の
ツヤのある黒髪のショートボブはミヤコの顎の辺りから斜め上にカットされていて、はっきりした顔立ちのミヤコをよりシャープに見せていた。ストレッチタイプの黒ジーパンにたっぷりしたアイボリーのざっくり編んだハイネックセーターを着込んだミヤコを見て、淳は嬉しそうに声をあげた。
仕事帰りでスーツにネクタイの淳がネクタイの結びに人差し指を入れて緩めながらミヤコの頭をグシャグシャにして、ぎゅっとミヤコを抱きしめる。
「ちょっと、淳兄さん!子供じゃないんだから、もう。会ってなかったのだってほんの1年半くらいでしょ。そんなに変わってないよ」
「いやいや、お前は俺ン中ではまだまだ小学生みたいなもんだかんらなあ。いや、綺麗になったんじゃないの、マジでさ」
淳は首を傾けてミヤコの顔を覗き込む。ミヤコの身長が160cm弱なのに対し、淳は180cmほど。くっきりした目鼻立ちは叔父の哲也によく似ているが、口元は叔母の和子に似て唇が厚く愛情深さが前面に現れている。
学生時代にラグビーをしていたのもあって、ガタイはかなりいい。
イケメンの従兄弟の抱擁に、怒ったように睨むミヤコはちょっとドキドキしていた。ミヤコの初恋相手なのだ。淳はミヤコより3つ年上で、すでに結婚もしているし、今更浮いた気持ちは全然ないが、イケメンの笑顔は心臓に悪い。両腕を突っぱねて、体を離す。
「淳兄さんも、相変わらず男前ですこと。」
「おう。俺はいいぞー。イケメンの上、高収入だからなあ。ミヤの一人や二人余裕で養ってやるわ」
「問題発言だよ!私は自給自足で金がかからないと思ってるんでしょう。甘いわ。そんなこと言ってると、美樹さんにしばかれるんだからね」
『淳兄ちゃんのお嫁さんになる』と張り切っていた小学6年生の頃。従兄弟同士は血が近すぎて、結婚できないんじゃない?と言われ愕然とした。
どうしてわたしは従兄弟なんだ、と嘆いたところでどうしようもなく。
後になって従兄弟はギリギリ結婚できるとわかったのだが、中学に入ると1学年上の弓道部の先輩に恋をして、淳への想いはあっけなくドブに捨てた。
それ以来、淳はことあるごとにミヤコを刺激する。「あの頃のミヤコは可愛かった」とか「もっと熱烈に愛を告白してくれれば受け入れたのに」とか。そんなことを言いながらも、淳は営業先の受付嬢だった美樹さんをお嫁さんにして、ちゃっかり囲ってしまっているのだが。
***
「開かずの扉?」
叔母の作ったサクサク衣のトンカツを頬張りながら、ミヤコは思い出したように哲也に聞いた。廊下の突き当たりのあの扉だ。もらった家の鍵は扉に合わず、開けることはできなかった。
「気が付かなかったわねえ。廊下の突き当たりってクローゼットじゃなかったかしら」
叔母がミヤコにトンカツの甘味噌を追加で落とす。ミヤコは叔母の作った甘味噌が子供の頃から大好きで、ナス田楽にも炊きたてのご飯にですら、あればこの味噌をつけて食べた。今日はそんなミヤコのために多めに作ってくれたのだろう。山盛りの千切りキャベツも定番だ。伯母曰く、「お義母さんの秘伝の味噌だから特別なのよ」という。
今度、作り方を教えてもらわなければ。
「クローゼットって言ってもね、扉の高さが普通のドアの半分くらいなんだよ。だからもしかしたら昔おばあちゃんが言ってた防空壕の入り口かなあと思って」
「防空壕の入り口が壁にあったら家が吹っ飛んだ時、中が丸見えになっちまうじゃないか。防空壕の役割果たさないぞ、そらア」
ビールをキュウっと煽りながら、哲也がガハハと笑う。
「防空壕の入り口は家の中じゃなくて、物入れの方だろ。俺、子供の頃入ったことあるぞ」
淳もウンウン、と頷きながら口を挟む。
「ばあちゃんのことだから何かしらの理由があってわざと小さく作ってあるんじゃねえの?ばあちゃんの部屋探したら、鍵が見つかるかもよ」
「ああ、そうだな。お袋は何でもしまいこむ癖があったからな。仏壇の引き出しとか探してみろ」
叔父もそう言って、ビールもう一本、と叔母に注文した。
その後、話題は亡くなった祖母に移り、祖母の家は改装を重ね、いつミヤコが帰ってきても大丈夫なように手入れをしていたのだと叔父が言った。
「帰ってくること前提になってるし〜」
「あんな甲斐性なしの男じゃ、お前は無理だと思ってたからな。思ったよりも長く続いたと思うが」
お前の家なんだから、娘から金は取れねえ、と頼もしいことを言った叔父だったが、ミヤコは社会人としてのけじめをつけたいと言って、来月から管理料を払うことで同意し、今月は身の振りを考え、とにかく職につくということでお開きになった。
淳は実家から100mほど離れたアパートに美樹と住んでいて、美樹は妊娠6ヶ月だということだった。ちょっとだけ挨拶に、ということで淳についていき、コンビニでお土産のプリンと自宅用の桃のチューハイを6缶とつまみのさきいかを買った。
美樹は左右にゆったりと髪を編み込み、妊婦ながらのほっこりとした笑顔でミヤコの帰省を喜んでくれた。お腹はぽっこりと張り出して「女の子なのよ」と嬉しそうに笑ってお腹を撫でた。淳もメロメロの様子でお腹にちゅっちゅとキスを落とし、「パパでしゅよ〜」と鼻の下を伸ばし、思わずミヤコが引く場面もあった。
帰り際に美樹から「必要だったら、いつでもいい人紹介するからね!」と、ぐっと両手に力を込めて握られ、そのあとで「あっくんの会社の人がミヤちゃんに夢中だったのを、あっくんに殴られて泣く泣く諦めたのよ!」と爆弾発言を落として、淳に口を塞がれていた。
「淳兄さんのせいで私の青春は色褪せていたのね!」と苦笑しながら、ミヤコは淳の家を早々に出た。
幸せそうな淳と美樹を見て、もし聡と結婚していたらと、ミヤコはちょっと考えた。
「妊婦姿のわたしは考えられないな」
苦笑しながら頭を振って、ミヤコはいそいそと住み慣れた祖母の家へ帰って行った。
家に戻ったミヤコは桃の酎ハイを持って仏壇の前に座った。
帰省してからすぐに線香はあげたが、お供えはまだだったので、酎ハイをカンごと仏壇に置いてプルトップをプシュッと開けた。もう一つの缶も開け「かんぱ〜い」と酎ハイを合せてから、ぐびっと飲み込んだ。「甘いわ」と眉を寄せて位牌をじっと見つめ、ぼんやりと思考を巡らす。
「これ、新製品なんだってさ」
おばあちゃん、桃好きだったでしょ。でもさすがにコンビニで桃は売ってないからさ。今日はこれで勘弁してね。おばあちゃんお酒好きだったしね。今度は美味しいワインを探してくるよ。
お酒としてはミヤコにはちょっと甘すぎたが、喉越しのいい桃のチューハイを半分ほど飲み下した時、そういえば、と思い出して仏壇に供えられた引き出しを開けてみた。そこでハンカチに包まれた黒い鍵を見つけた。シンプルな歯型の鍵で、特に秘密めいた感じではなかったが、大事にハンカチに包まれているのが気になる。ミヤコはクルクルと鍵を回し鍵を見つめ、伺いを立てるように祖母の遺影を見上げた。
「鍵を閉めなきゃいけないほど、大事なものしまってたの?玄関の鍵すら閉めなかったおばあちゃんが?まさか扉の向こうは金庫、なんてことはないでしょうね」
線香が燃え尽きるまでミヤコは仏壇の前で祖母に話しかけていたが、線香が消えると、腰を上げて、廊下の扉まで突き進んだ。
「これで開かなかったら、家探しだよ、おばあちゃん。」
そう言って、ミヤコはふっと鼻で笑う。祖母とはよく宝探しをした。その宝は、色とりどりのおはじきをブリキ缶に入れたものだったり、500円玉大のビー玉だったりした。祖母が子供の頃遊んだものだったらしく、祖母にとっては「宝物」だったのだ。
ミヤコは祖母とする宝探しが大好きだった。うまく見つけられればそれはミヤコのものになったし、見つけられなくても、その宝に関する昔話を聞くのも楽しみだったから。
「おばあちゃんの頭の中は、宝ものだらけだね」というと、とても嬉しそうに笑っていたのを思い出す。
ミヤコは鍵を扉の鍵穴に差し込んだ。ごくりと思わず喉を鳴らす。
「どんな宝が入っているのやら…」
鍵を回すとカチリと音がして、ドアがギギ、と開いた。
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