第1章:東の魔の森編
第2話:レトロな家と開かずの扉
「おお、ミヤコ、よう帰ってきたな!」
「哲也叔父さん、ご無沙汰してます」
聡と暮らしたアパートは早々に解約手続きを済ませ、ミヤコはあらかたの荷物はさっさと引っ越し業者に頼み、先に田舎へ送ってしまった。叔父には、別れ話が出たその日のうちに連絡を取り、詳細を述べるとすぐに帰って来いと気前よく言われた。不動産会社を経営する叔父は、祖母の家をどうこうするわけでもなくミヤコがいつでも帰ってこれるようにと、掃除だけはマメにしていたらしい。
ありがたい。
叔父は聡にも一度会っていたが、あまりいい顔はしなかった。
「チャラチャラしたあんな男で本当にいいのか。無理だと思ったらすぐにでも帰ってこい」
従兄弟である
聡にはベッドとテレビを譲り(ベッドとテレビは大きいので引越しの見積もりが跳ね上がってしまうというのと、マットレスに聡の匂いが付いていたのが気に入らなかったためだ)聡が自分で購入した業務用のどでかいエスプレッソマシンと、衣類をまとめた段ボール箱三つ分をこの期に及んでうだうだ言う聡とともに掃き出した。
結婚を辞退して、他の女に走った元彼に慈善事業をするつもりは全くない。夢に羽ばたく25歳の乙女の時間は短いのだ。そう考えて、ふと思ってたより落ち込んでいない自分にミヤコはちょっと驚いた。
両親が離婚してから祖母の家でお世話になる間、叔父夫婦にはお世話になっていて実の親よりも親近感があった。従兄弟の淳とお嫁さんの美樹も、歳が近いこともあって友達のように仲良くしてくれている。
「いやあ、ミヤちゃん大変だったねえ。でもほら、結婚前にわかってよかったじゃない。あんたが戻ってきてくれて嬉しいよ」
和子叔母さんもカラカラと笑いながら、迎え入れてくれた。
「まあ、わたしに見る目がなかったということで」
ミヤコもあはは、と笑って頭をかいた。
「まあゆっくりしてさ、こっちでもいい出会いがあるかもしれないしね」
「うーん、恋愛も結婚も今はいいかなって思ってるから。そういえば、おばあちゃんの畑まだ残ってます?」
2、3日分の衣服の入ったスーツケースと手荷物を祖母の家の玄関先に置いて、ミヤコは叔父夫妻に向き直って聞いた。
「うん、そうね。野菜はもう育ててないけど、南瓜とかジャガイモは勝手に生えてる感じよ。ハーブの方はどうかしらねえ。叔母さんハーブと雑草の違いがわからんのよねえ。ああ、でもミントとローズマリーは多分雑草並みに育ってると思うわ。あとパセリもすごいことになってる」
「ああ、じゃあまずは庭の手入れが必要かな」
「まあ、ミヤちゃんの好きなようにいじってみて。あとお義母さんの仏壇開いてるから、お線香でも上げてちょうだい。よかったら夕飯は食べに来て」
「ありがとう。お世話になります」
叔父さん夫妻は、そう言って自分たちの家に戻っていった。
懐かしい祖母の家は、昭和初期の造りが入っている年期の入った家だ。
古家独特の据えた匂いと蚊取り線香の匂いがする。
玄関とは別に勝手口があり、そこから入るとまずは土間だ。
読んで字のごとく、床は土で現代風のキッチンを増築するまではそこが台所だった。
練炭火鉢と、もう使用していないカマドがあり、底の深い流し台があるだけの台所。
昔の人はお湯もなくガスもなく、フウフウと竹筒を使って火を起こし、お米を炊いていたのだから、今考えると食事を作るのも一苦労だっただろう。
流し台の蛇口をひねると、ひゃっと手を引っ込めたくなるほどの冷たい井戸水がチョロチョロと流れ出た。
その横に新しく建てつけたフローリングの台所がある。普通にガス台があり、電子レンジも冷蔵庫も新しいキッチンに収められていた。もちろんシンクもあって水道水の水が通っている。
土間には畑仕事で使ったであろう長靴、竹ぼうきや熊手、鍬などの道具が立てかけてあり、もう何十年も使われてはいない羽釜には水が張られ、水草の合間から金魚が泳いでいるのが見えた。
「おばあちゃんのもったいないお化けがここにもあったか」
ふふっと笑いが溢れる。
祖母は、『本来の用途が失われても、使い道がある限り活用すべし』といろいろ生活に工夫を取り入れていた。昔の羽釜など、分厚い鉄でできていてずっと水を入れておけば錆びてしまうのではないかと思ったが、そこは祖母のことだ何かしら工夫をして錆びないようにしてあるのだろうか。
金魚は叔父夫婦が面倒を見ているのだろうか、それともボウフラを食べて自生しているのか、どちらにしろ健康そうに見える。
土間からキッチンに上がると、続きには追焚き式だがハイテクの風呂場があった。以前に脱衣所の床板が腐って抜けて、改築の際バスタブも取り替えた。脱衣所には洗濯機もあり、すぐに生活をするのに困ることはなさそうだ。
もしかすると、貸家にするつもりだったのかもしれない。叔父は不動産を経営しているので、その辺は計算に入れていてもおかしくないだろう。いくらミヤコ名義の家だとしても、管理をしているのは叔父の哲也。これからここに住むのだとしたら管理費くらいは払うべきだろうか。
夕飯時におじさんに話してみよう。
手作り製品のオンラインショップ販売だけでは心許ないし、パートでもいいから仕事も探さなくちゃいけないな。
風呂場のドアを閉めると、ミヤコは居間の方へ向かった。10畳の居間には縁側が備え付けられていて、大窓から射す光が優しい。居間の真ん中には綺麗に掃除された囲炉裏があった。
「うわあ。まだあったよ、これ。今時囲炉裏のある家って、すごいレトロじゃない」
誰も住んでいなかったのだから、当然囲炉裏は使っておらず炭も灰も残ってはいなかった。子供の頃はここにコタツを置いて掘りごたつとして使っていたが、以外とホコリやゴミが落ち、掃除が大変なので祖母はここに火鉢を置いて、時々手作りの切り餅を焼いていた。
「ああ、おばあちゃんの豆もち食べたいなあ」
初冬の日差しも窓越しには暖かい。ミヤコはほっこり縁側に座り、ボンヤリと庭を眺めた。雑草と野菜とハーブが好き勝手放題に広がっている畑を見て、はあとため息をつく。
明日は庭掃除だな。
よいしょっと声をあげて、ミヤコは持ってきた荷物を玄関から持ち込み、以前の自分の部屋に入れた。学生の時に使っていた机とタンスはそのまま、布団はよく干されているらしく、ふかふかと押し入れに収納されていた。
その後、トイレがウォシュレットになってることと祖母の部屋が書斎のようになっていることを確認してふと、廊下の突き当たりに通常のドアの半分くらいの高さの小さな扉があるのが目に入った。
「あれ?あんなところにドアなんてあったっけ」
ミヤコが不思議に思ってドアを開けようとノブを握ったが、鍵がかかっているようだった。
そういえば昔、おばあちゃんが防空壕があるとか言ってたのはここかな。
ミヤコの中では、防空壕は床にドアがあって地下に部屋があるイメージがあったため、まさかこんな風に壁にある扉になっているとは思いもよらなかった。昔からここにあったんだろうかと、記憶を辿るが思い出せない。祖母はよく、防空壕は地下にあるから味噌や漬物の保存に良いと言って薫製肉や魚の干物を作っていたが、そういえば見たことがなかった。
気になったものの、鍵がかかっていては中も覗けない。これも叔父に確認しなければ、とミヤコは扉を後にした。
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