第29話

翌朝、目が覚めるとジャンが待っていた。


「整理が始まったらしい」


彼は開口一番、俺にそう告げた。


「エリアの北の端に、整理担当が到着して、順番に南下してくるそうだ」


「どうやって、整理されるの?」


「お前も見たことあるだろ」


ジャンが言った。


「キャンビーから記録をとりだした後で、人体を構成しているタンパク質を融解し、再構成させる装置だ。そこから、新しい人間が産まれる」


「あぁ」


そうだった。


俺も、ジャンも、みんなそこで産まれてきた。


ジャンは、部屋の灯りをつけた。


「電力が元に戻ったの?」


「その、再構成のための装置に、電力が必要なんだとよ。ロボットたちに残されている情報も、転送しなくちゃならないしな」


金属の塊と化していたロボットが、機械たちが、動き出していた。


まるで昔に戻ったみたいだ。


だけどそれは、俺たちの方を向いているのではなく、こちらの指示には、全く反応してくれない。


「これまでは、誰よりも大事にされてたのにな」


俺がそうつぶやくと、ジャンは鼻で笑った。


「今でも、大切にされているさ」


その日が来た時、俺たちは全員、スクールの競技場に呼ばれた。


「数が多いが、転生機の数が限られている。ここでは数日を要するが、予定通り君たちの転生を行うつもりだ。協力を頼む」


やって来たのは、この地区を担当するヴォウェンだった。


ディーノの姿はなく、イヴァもいなかった。


彼は一人で、無数のロボットたちに囲まれて、この業務を行っていた。


わずか数週間前まで、ここは活気にあふれたスポーツの広場だった。


俺たちがハンドリングロボの試合を繰り広げた会場に、今は数十台の転生機が、整然と並べられている。


「大がかりな設置作業に入る。実務は明日からだ」


ヴォウェンが姿を消した。


作業を続けるロボットたちのあいだで、楕円形のカプセルが光る。


培養液に満たされたこのカプセルが、人工子宮といわれる転生装置だ。


産まれて、死んで、またここで産まれ変わる。


俺は、滑らかなその壁面に、そっと手を置いた。


「懐かしいな」


「記憶があるのか?」


ジャンの言葉に、俺は尋ねる。


「何となく、幼い、子どもの時の記憶だ」


彼はじっと、その暖かみのある装置をながめていた。


「怖くない、と言えば、嘘になる」


一部を除き、落とされた照明と、転生のために入れられたスイッチ。


その駆動確認のための表示ランプが、色鮮やかな光の畑のように、ぴかぴかと光っていた。


「だけど、ここに入ることを拒むということは、自分自身の出自も拒むことになる。俺には、そんなことは出来ない」


ジャンの目が、真っ直ぐに前を見つめた。


「俺は、迷わない。怖れても、やめはしない。それだけは、忘れないでいようと思う」


彼が心から、にっこりと笑うのを、初めて見たような気がする。


ジャンは本当に、そう思って笑っていた。


「さぁ、もう休もう。俺たちには、大事な仕事が待ってる。新しく産まれ変わるための、儀式だ」


ジャンが出て行く。


俺も、自分の部屋に戻った。


スクールには、3千人以上の人間が在籍していた。


その一人一人を、転生機にかけ融解し、タンパク質としてとりだし再利用する。


培養液と、その輸送コストのため、小さな子どもから優先して行われていた。


新鮮な細胞の方が、再生利用するのにも、成功率が高くやりやすいというのも、その理由の一つだ。


ルーシーは、子供たちが順番にカプセルに入っていくのを、不思議そうにながめていた。


「あそこに、入って、どうする、の?」


「あそこに入って、産まれ変わるんだ」


「産まれ、変わる?」


彼女の手が、カプセルに触れた。


転生機は、停止することなく可動している。


彼女に対するリミッターも、外されたのかもしれない。


「あんまり、見ない方がいいよ」


徐々に融解していく体は、見ていてあまり気持ちのいいものではない。


カズコが、ぐずる子どもを抱きかかえていた。


「いやだ! このゲームを組み立てるまでは、入らない!」


「大丈夫、あとから出来るから」


「出来ないよ! てゆーか、今やりたいの!」


「後でね、一緒にやろう」


カズコに懐いていたその子は、彼女を見上げた。


「絶対に? 約束守る?」


「うん、守るよ。嘘ついたこと、ないでしょ」


子どもは、しぶしぶ彼女に従った。


「じゃ、終わったら、絶対に約束だよ」


カズコはうなずくと、カプセルのふたを閉めた。


子どもは、満足したように目を閉じる。


暖かく心地よい培養液に満たされて、あの子はきっと、安心して眠りについた。


「あたしも、一緒にゲームしたい!」


ルーシーがそう言うと、カズコは笑った。


「運がよければね、きっと私たちは次の世界でまた巡り会って、一緒に過ごせるわ」


俺に向かって、ルーシーの顔が、明るくぱっとふられた。


彼女にとって、理解や意味が分からない状況に遭遇したときに、説明を求める時の仕草だ。


「なに? カズコの、話、分からないから、教えて」


俺は、長く深い息を吐く。


「そんなこと、自分で考えろよ」


彼女の顔は、まだこっちを見ていた。


「『運が、よければ』の、『運』って、なに?」


「キャンビー!」


俺は、自分のキャンビーを呼び出した。


一部の機能が停止されてはいたが、外部接触以外は、問題なく使える状況だった。


「ルーシーに、『運』の意味を教えてやれ」


説明を始めたキャンビーを、彼女は両腕に抱いた。


俺は、ルーシーに背を向けて歩き始める。


こんな所に、彼女と一緒にはいたくなかった。


俺にこれ以上の説明を求められても、困る。

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