第28話

気がつけば、俺たちは集まって過ごすことが多くなっていた。


それまでは、居住地は自由に選択できた。


スクール内部の寮のようなところでもよかったし、個室でもよかった。


スクール近くの小さな部屋でもよかったし、ショッピングモールの広く豪華な部屋でも、好きなだけキャンプベースに伝えれば提供された。


思い思いの形態で過ごしていたはずの人間同士が、今は意味もなく、何となく1箇所に集まって時間を過ごしている。


夜がこんなに暗くて、さみしいものだとは思わなかった。


朝はとてもまぶしくて、日の光がこれほど暖かいなんて、知らなかった。


俺たちは全員、同じ時期に連れてこられたクローンだ。


何となく見知った顔の隣の奴と、にっこりと笑って食事を分け合う。


もう『成人』認定のための試験を受ける必要も、人類の次の進化のための挑戦も、学習も、俺たちには要らない。


暴動が起きるかとも思ったけど、それで何かが変わるわけでもないことを、知っている。


前回のエリア閉鎖は14年前、新型のウイルスがまん延し、人口が1/4にまで減ったところで閉鎖が決まった。


ウイルスは採取保管され、生き残った人間のサンプルがとられた。


その情報は今の俺たちに、ちゃんと生かされている。


俺たちの存在は、決して無駄にされることはない。


俺たちはここで、感情のコントロールを学んでいた。


怒りや暴力では何も解決しないのだから、ある意味で俺たちの学習は、正解だったのかもしれない。


こうやって残された今でも、穏やかで平和な時間を過ごしている。


「することがなくなったら、急に退屈になったわね」


カズコが言った。


「ねぇ、みんなでピクニックにでも行かない?」


課題として行かなければいけない義務があった時には、あれほど面倒くさがっていたのに、俺たちはすぐに快く同意した。


自分たちの食べる分だけ自分の背に負って歩き出す。


車がないから、そう遠くまでは出かけられない。


地図と、風向きを頼りに歩いていると、じんわりと背に汗をかく。


スクールのすぐ近くにある、海岸の絶壁にやってきた。


いつも窓から見ていたその風景に、足を運んだのは初めてだった。


「実際に歩いてみると、遠いと思ってたのが、案外近かったわね」


カズコは、軽く息を弾ませていた。


そこに着いても、ニールは相変わらず工作を続けていたけれども、それはスクールに反発するためのチートプログラムなんかではなくて、レオンや俺、ルーシーたちのために、気晴らしで作ったドローンだった。


それはとても簡単な作りで、まるで子どもの工作かおもちゃみたいな飛行機で、キャンビーなんかにも接続出来ないから、自分たちの操縦技術で飛ばさなければならなかった。


レオンがすぐに落下させて、カズコとニールはそれを見て笑った。


俺は何とか操縦出来たことにほっとして、意外と上手く操るルーシーに感心した。


「大人になったら、なにをしてみたかった?」


ふいに、カズコが聞いた。


「別に、大人とか子どもとか、関係ないだろ。いつだってなんだって、好きなことだけやってるよ」


ニールは呆れたように答える。


「俺たちは、どこにいても自由なんだから」


「レオンは?」


「俺も。別に困ることなんてないよ。どこにいたって、俺自身であることに、変わりはないからね」


強く風が吹く。


夕焼けの空に浮かぶ黒い雲の塊が、速いスピードで動いている。


「嵐が来るかな」


「ヘラルドは?」


俺はいま、見慣れたその風景を、強化ガラス越しではなく、肌で感じていた。


「俺は、この海の向こうを見てみたかったな、あの空の星にも、行ってみたい」


水平線にせまる影が、夜の足音を忍ばせる空に、一番星が輝いている。


「衛星画像でいつでも見られたじゃない。今はもう、見れないけど」


「そうだね、そうだけど」


「どこへ行っても、こここと変わらないよ」


「うん」


レオンの言う通りだ。


だけど、もしかしたら、違う景色が見られたかもしれない。


その可能背は、なかったのかな。


ルーシーが、隣に並んだ。


「ルーシーは?」


「私は、みんなと、一緒、いたい」


彼女が微笑む。


そのことになぜか、俺の胸が痛んだ。


彼女は、今のこの状況を、どれだけ理解しているのだろうか。


俺たちは、もしかしたら彼女を、次の未来に送らなくてはならない義務が、あったのかもしれない。


過去から未来に来たであろう君を、次の未来に送り届けるということ。


だけど、俺たちはまだ、その自分たちに課せられた課題を乗り越えられないでいる。


次の進化の大躍進まで、間に合わないかもしれない。


その変化を迎えるためには、地球の寿命じゃ短すぎるんだ。


ここにはもう、そんな手段も方法も残っていない。


君は、ここではなく、違うエリアへ、あるいはもっと違う場所へ、行き着いた方がよかったんだ。


「ルーシー」


彼女の長い髪を、指先ですくい上げる。


風が冷たく変わった。


「嵐がくる。帰るぞ」


俺が次の言葉を発するよりも先に、ニールがそう言って立ち上がった。


彼はもう、キャンビーからの警告がなくても、嵐を予感することが出来る。


ルーシーはオリジナルだ。


多分だけど、クローンではない。


だからこそ、ロボットたちはオリジナルに反応して、完全に動きを止めたんだ。


俺以外のみんなも、口には出さないけれど、そのことに気づいている。


きっとルーシーのコピーもとられている。


それは間違いない。


だけど、彼女は推定で300年前の人間だ。


人類の次の大躍進、サルからヒトに進化したように、原核生物から原生生物が生まれたように、次の進化を待ち望む俺たちにとって、ルーシーは退化であり逆進であり、不要な因子だった。


だからこそ、オリジナルのままでここに放置されたに違いない。


彼女はニールの言葉に従って、素直にリュックサックを背負った。


彼女に背負わされた運命が、どれほど過酷なものか、想像が出来ない。


一列に並んで、日の落ちた夜道をスクールに向かって歩く。


あれほど整備され、ゴミ一つ落ちていなかった道路には、今や名前も知らない草がぼうぼうに生えている。


何かをしなければならない、だけど、何をしていいのかが分からない。


俺だけじゃない、みんな同じ気持ちのはずだ。


このままで、本当にいいのか、俺たちは、このままで、本当によかったのか。


「なぁ!」


俺は、前を歩く4人の背中に向かって叫んだ。


「俺は、本当はもうちょっと、生きたい、の、かもしれない。俺は、出来ればここを、きっと、多分、出て行きたい、ん、だと思う」


ふり向いたみんなの顔は、夜の暗さのせいで、よくは見えなかった。


「それは、言っちゃダメなことだったのかな」


俺が足を止めたら、みんなの足も止まった。


「……ヘラルドは、死にたくなくなったのね」


カズコの声が聞こえる。


「判断するのは、俺たちじゃなくて、キャンプベースだ」


ニールの声は、とても落ち着いていた。


「人はいずれ死ぬ。俺たちが死んだって、誰かが生き残る。いつまでも生きていられる不死の人間なんて、いないんだ」


「そうだよヘラルド」


レオンが続ける。


「俺たちは、生きて生まれてきたことを、感謝しなくっちゃ」


再び歩き始めた行列は、無言のままで、あっという間にスクールに到着した。


「じゃあ」と挨拶をして、いつものように自分の部屋に戻る。


最近、レオンはニールの部屋に入り浸っているようだった。


二人で作曲をしているらしく、レオンの歌声と、ニールの組み立てる音楽が、開いたドアの隙間から漏れ聞こえる。


整理が、片付けが始まるのが、怖いわけじゃない。


クローンとして生まれ、社会に貢献出来たことも、誇りに思っている。


それは本当だ。


だけど……。


俺は、ため息をつく。


結果は、受け入れるしかない。


こうやって新しい街が作られ、俺自身も作られ、同じようにして、以前この土地に住んでいた人間の片付けが終わったところに、今の俺がいるんだ。


それが循環していくことに、一体なんの不満を持てというのだろう。


ニールとレオンの、軽やかな笑い声が聞こえる。


彼らの作った音楽は、ここで作られた音楽として記録に残され、ひっそりと受け継がれていくのだろう。


それは、俺自身の存在も同じことだ。


俺は考えるのをやめ、ベッドにもぐった。

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