第20話・それでは戦闘開始ですデュフフ

「こんなところにいたんですね」

 店内に姿がないと思って表に出ると、裏側の……正確には自宅側の表門に、紫焔しえんくんの姿がありました。

 普通ならメイド服で屋外に出るのは男子にとって致命的ですが、周囲は過疎かそ化&区画整理で更地さらちになっているので、無関係なご近所さんに見られる心配はありません。

「……なんかいる」

 物陰に複数の気配を感じました。

 おそらくかいさん、そして海さんを店内に連れて行こうと奮闘する小路こみちちゃんです。

真緒姉まおねえカムヒア!」

 女子なのでカムヒアは我ながらひどいと思いますが、わたしの脳内では真緒姉は男子なので全然オッケーなのです。

 パチリを指を鳴らすと、奥からササッと現れた真緒姉が海さんを引きずって、獲物を巣へと連れ去るクリーチャーのように、無音で拉致らちして行きました。

「これでゆっくりお話ができますね」

 わたしは紫焔くんを自宅側の庭へと連れて、縁側えんがわに腰かけます。

「相談事とお見受けしました。海さんの事ですね?」

 紫焔くんを隣に座らせると、なんかお顔が真っ赤になってました。

「海ちゃ……いえ内藤さんですけど、まだ繭美まゆみ先輩を狙ってるみたいなんです」

「ほうほう」

 妙に聞きわけがいいと思ったら、ふところに入ってチャンスをうかがう算段だった模様。

「でも殺気は感じませんでしたよ?」

 武術に縁のないわたしですが、これでもゲーマーなので、画面の向こう側にいる対戦相手の殺気くらいは読めるのです。

「殺す気はもうないみたいですけど……僕と先輩を、その……」

「…………?」

「あのその……くっつけようとしてるみたいで」

「ああ、そっち⁉」

 なるほど、わたしを殺害して勇者を異世界に連れ帰る目的がついえたので、前世姫君の支援くんと前世勇者のわたしを現世でげさせる計画に路線変更したんですね。

 さっき隠れていたのも、わたしと紫焔くんをラブラブさせる計画の一環いっかんに違いありません。

「わたしに殿方とイチャイチャする趣味はありませんよ? 紫焔くんがおにぃとラブラブしてくれるなら大歓迎ですが」

「なんで遊佐ゆさ先輩と⁉」

 ベッドインしたところをこっそりのぞくために決まってるじゃないですか。

「できれば我が家でイチャラブしてください。わたしはドアの陰や天井裏から、じっくりねっとり堪能たんのう……もとい見守ってますから」

「遊佐先輩は男です! 僕も男です!」

 ミニスカメイド姿では、まるで説得力がありません。

「では真緒姉なら……まあ冗談はさておいて、紫焔くんは海さんがお好きなんですよね?」

 それを聞いて、紫焔くんの頭からシュボッと湯気ゆげが立ちました(漫画的表現)。

「……わかりますか?」

「気づいてないのは唐変木とうへんぼくな海さんくらいでしょうね。それで、わたしにどうして欲しいんですか?」

「わかりません」

 それがわかるなら、わたしに相談なんてしないでしょう。

「わたしにも、どうすればいいかなんて……いえ、まあ大丈夫ですよ。いくら海さんでも、文芸部で調教を受けてるうちに、嫌でもご理解いただけるでしょうから」

「……………………??」

 そう、海さんはいずれ知る事になるのです。

 わたしが紫焔くんとイチャイチャする可能性は皆無で、ただひたすら紫焔くんとイケメンさんのイチャラブを望んでいる、という厳然げんぜんたる事実を。

 そして海さんが旧図書室予備倉庫の隠し本棚を見つけて『紫焔くんを文芸部に近づけるのは危険』と察知するのは時間の問題です。

「お話はわかりました。小路ちゃんには裏でわたしが協力を要請しておきますから、紫焔くんはなにもしなくていいですよ」

「なにも? いえ僕も協力しないと……」

「むしろ、なにも知らないフリをしてください。いずれ海さんの方から、わたしと紫焔くんを近づけないように動くと思いますよ」

 わたしはただ、紫焔くんを腐男子化させようとBL本をチラつかせるだけでいいのです。

 海さんにわたしを危険人物と認識させれば、わたしの勝ち。

 もちろん紫焔くんが本当に腐化ふかしてしまう可能性とリスクはありますが……それはそれでむしろ好都合!

「そのうち文芸部から一緒に逃げ出そうとか言い出しますから、その時に告白なりチュ~するなり押し倒すなりしちゃってください」

 これで海さんが男子だったなら『そのうち』なんて悠長ゆうちょうな事は言わず、今日中にでも強制的にベッドインさせるんですけど。

「押し倒す⁉ 僕、そんな事できないよ!」

 海さんの方が強そうですからね。

「力で押すのではありません。ラブラブな雰囲気で押しまくるのです体育倉庫とかで。なんなら文芸部室を使ってくれても構いません」

「……………………‼」

 具体的なイメージが伝わったのか、紫焔くんのほおがみるみる真っ赤に染まります。

「とりあえず予行演習しましょう。ほらわたしコンパクトで練習相手にはうってつけでしょう?」

 弱点であるお腹のたるみが目立たないように、下から覗き込む体制で腕を組み、自慢の豊乳だけを強調してアピールするわたし。

 ついでに両腕でお胸をモフモフはさんで、襟元えりもとからフェロモンを発散させてみたりします。

「……秘儀【屁放へひ乳房にゅうぼう】!」

 お胸の間に空気をはさんで、プゥ~ッと鳴らしてみました。

 年末年始でわたしが得意とする宴会芸です。

 ちなみにウケた試しはありません。

「無理無理無理絶対無理~っ!」

 突如とつじょ降っていた過剰かじょうすぎるエロシチュ(?)に羞恥心が耐えられなくなったのか、紫焔くんは大慌てで逃げ出してしまいました。

 短いメイドスカートをヒラヒラさせながら。

 中の白ブリーフ&ガーターベルトをチラチラさせながら。

 なかなか特殊性癖せいへきをそそる絶景です。

「……まずは1勝」

 ガッツポーズを取るわたし。

「色恋は複雑ですからね。念には念を入れて、まかり間違って紫焔くんがわたしを好きになる可能性から排除して行かないと」

 少女漫画によくあるパターンは御免ですからね。

 海さんとの戦いは、すでに始まっているのですよ。

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