第19話・ようやくまともな勝負ができそうですデュフフ

「やっと終わりましたね小路こみちちゃん」

 7面まで進んだところで『ああこれもう止まらねえな』と思ったのですが、小路ちゃんは空気を読む子なので、わたしのために適当なところでやめてくれました。

 ――単調なゲームにきただけかもしれません。

「すまん伊和いわ! あとは頼む!」

 プロレス部長さんの完璧超人さんは瞬殺されました。

 これで選手はわたしと大石先輩を残すのみ。

『次の挑戦者は~、高等部3年~、元興行レスリング研究会マネージャー、大石伊和~!』

「「「おお――――っ‼」」

 大石先輩は先ほどの前世姉弟恋愛ネタでつかみはバッチリ、すっかり会場の人気者になっていました。

 しかも経験豊富なゲーマーと来れば、期待されない方が無理というものです。

「先輩は丸顔さんですか」

 モデルは元アメフト選手で元教師で昭和を飾った偉大なプロレスラーさんで、別名は【浮沈艦】あるいは【ブレーキの壊れたダンプカー】。

 それがなんであんな可愛らしい丸顔になっちゃったんでしょう?

「結構強いですね」

 合理的でワンパターンなスタイルの小路ちゃんと違って、テンポに緩急をつけたり派手な技を多用したりと、先輩はせる展開を好むようです。

鳴道なるみち選手より少し遅いが1面クリア~! これは強い~っ!』

 いままでとは打って変わって大盛況。

 ゲーマーはギャラリーにウケてなんぼの商売なのです。

「さて、そろそろですかね」

 2面が始まって、先輩の丸顔さんは豹変しました。

 殴って蹴ってドロップキックの連続技で、相手のヌルテカ温泉饅頭さんは、たちまちダウンしました。

 それを無理矢理起こし、ピヨってる間にコーナーポストによじ登ります。

『ダイビングニードロップ~っ! 本大会初の大技だ~っ!』

 き立つ会場。

 これは裏サイトの生中継も視聴数を伸ばせそうです。

「ああ失敗ですね」

 ダウンしたヌルテカさんはもう限界なので、先輩はフォールを決めて1本先取しました。

 そして始まる1本目。

『ここでまたダイビングニードロップ! 大石選手は派手好きだ~っ!』

 また失敗ですか。

 次に期待しましょう。

『おおっと、大石選手、再度コーナーポストに登った~っ!』

 先輩の丸顔さんはポストの上からまた……。

 ――次の瞬間、実況用の大型液晶モニターにタイトル画面がうつし出されました。

『……なんだぁ?』

 司会担当のパソコン部長さんは、ただおろおろするばかり。

「えっ? バグ?」

「いや電源か?」

「基盤に問題があるんじゃ……」

 会場は突然のプレイ中断で混乱しています。

「繭美、なにが起こったかわかるか?」

 おにぃは筐体の故障とは思わずバグと判断、わたしに行けんを求めます。

「知ってますよ。マイクください」

 お兄のマイクを受け取り、(小指を立てて)司会さんに代わって事態の説明を始めます。

『え~と……これはブランチャーバグによるトラブルです。ダイビングニードロップ……当時はブランチャーと呼ばれていましたが、このゲームで多用すると、たまに……いえ、ちょくちょくバグが出て、タイトル画面に戻ってしまう事があるのです』

 大石先輩が狙っていたのは、このバグです。

『ネットの攻略サイトには記載されていないので、大石先輩は知らなかったようですね』

 わたしは古いサイトで、たまたま中年ゲーマーさんたちが書き込んでいたのを読む機械がありましたが、まさか先輩がご存知とは思いませんでした。

「では……この勝負、勇者勢の勝ちだな」

 真緒姉まおねえの裁定が下ります。

「「「……………………」」」

 ギャラリーのみなさんは、ただただ茫然ぼうぜんとするばかり。

 そりゃそうですよね。

 これから盛り上がるかと思った矢先、いきなりバグで試合中断終了では、そうそう納得できるものではありませんから。

『みなさん、提案があります』

 わたしはマイクで魔王軍幹部連の方々に話しかけます。

『中途半端な決着なんて、わたしは望んでいません。ルールはルールなのでプロレス研との勝負はこれで終わりとしますが、余った時間で、わたしと大石先輩で個人的な勝負をしたいと思います』

「まゆちゃん、一体なにを……?」

 突然の提案に狼狽する真緒姉を制し、わたしは強引に話を進めます。

『聞けば次の勝負に使う筐体はレストア済みだそうで。そのゲーム機で大石先輩とポイント制で競う、と言うのはどうでしょうか?』

「「「おおおお――――――――っ‼」」」

 いままで散々単調なゲームを見せられ続けたギャラリーさんたちは、毛色の違うゲームが見れると大騒ぎ。

『お兄、準備をお願いします』

「う……うむ、わかった。電子研、頼むぞ」

「力仕事になるかもしれん。大岩、手伝ってやってくれ」

 真緒姉も支援の指示を出し、タイマン勝負の支度が始まりました。

「……真緒、お前、大石にわざとやらせたな?」

 お兄はヤラセを見抜いていたようです。

「はい。ゲームがあまりにも中継向けではないので、次に使う筐体を見た時に決めました」

 それに、いくらわたしでも未経験のゲームで活躍できるとは思えませんから。

 短時間の練習であそこまでの腕前になった小路ちゃんは、ぶっちゃけ凄いと思いますが、いかんせん身もふたもギャラリー受けもしないプレイスタイルなので、彼女をMVPにする訳には行かなかったのです。

 ゲームの大会出場者は、ただ強いだけではいけません。

 観客を沸かせられる人がいないと、イベントではなく、ただの競技に終わってしまい、ギャラリーの存在価値が失われてしまうからです。

 高校生には限りなく知名度の低いレトロゲームなら、なおさら面白いプレイを心掛けなくてはいけません。

 わたしと大石先輩は、あのプロレスゲームでは無理と判断しました。

 そこで2人でしめし合わせてバグを発生させ試合を中断、別のゲームで無理矢理にでも大会を盛り上げよう、というお話になったのです。

「そうか……八百長は好かんが、確かにあのままではイベントが失敗に終わるところだった」

「あのゲームなら、わたしも先輩もやり込んでますし、そこそこ盛り上がると思うんです」

「お前が持ってるゲームなら、どちらにせよ次のイベントには使えんな」

 いくら反射神経に優れた競技かるた研究部でも、40~50分くらい練習した程度で、わたしに勝てる訳がありませんからね。

 というか、シューティング系のレトロゲームは素人さんには無理でしょう。

「そもそもレトロゲームで勝負ってところに無理があるんですよ」

「練習してもか?」

「あの手のゲームって、マニアが何時間何十時間もプレイして、ようやく一周できるかどうかって難易度なんです。今回のプロレスゲーはコツさえ掴めば小路ちゃんみたいにいくらでもクリアできますが、シューティングは間違いなく瞬殺でしょうね」

 せいぜい2面か3面ってところです。

「そこまで難しいのか……」

「お店に百円玉をかせがせるための機械ですから」

 某有名侵略者ゲームの全盛期は、もうけた百円玉を運ぶのにトラックが使われたそうです。

 それでも名人級まで上達できるのは、県内に数人いるかどうか。

 シューティングの道はけわしく果てしないのです。

「ところでお兄、電子研のお手伝いはしなくていいんですか?」

 次の筐体はレストア済みとはいえ、古い機械なので、次も正常に動くとは限らず、電子研のみなさんによる厳重な動作チェックを受けています。

 その結果によっては、わたしと大石先輩の勝負は後日延期になる可能性もありました。

「いまの俺では邪魔にしかならん。特にブラウン管は高電圧で、下手に触るとタヒ者を出しかねんそうだ」

「レトロ筐体って、おっかないんですね」

「いままで電源を入れなかったのは正解だった」

 お兄が慎重で助かりました。

「では、わたしはチームメイトの様子でも見に行くとしますか」

 店内を見回して、かいさんや紫焔しえんを探します。

 あと功労者の小路ちゃんをねぎらってあげないと。

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