第5話・お兄を殴りましたね⁉

「さてと、そろそろ行きましょうか」

 わたしは平らげたお弁当を片づけて杖を取り、パイプ椅子いすから立ち上がります。

「……どこへ?」

 巻き毛ちゃん改め鳴道小路なるみちこみちちゃんは、キョトンとした可愛いお顔でわたしを見ました。

かいさんのいるところですよ。お姫様と一緒に探していたんでしょ?」

 小路ちゃんは隠しておきたかったようですが、お姫様の正体は、どう考えても朝に見た美少年お姫様でしょう。

 そして海さんはいま……。

「……ええ、そうです。学校に入ったところまでは姫が確認しているのですが……その後の消息がわからないんです。授業にも出ていません」

「1時間目から?」

「はい……どこかに隠れていると思います……」

 海さんは作原さくはら道場の門下生なので、わたしと真緒姉まおねえの関係を知っているはず。

 そして真緒姉の恐ろしさも。

 わたしの暗殺に失敗し、真緒姉の捜索と追撃を恐れて逃げ出したのでしょう。

 しかも学校に入ってしまったので、警備員さんたちのいる校門からの脱出はもちろん、カギのかかった裏門には忍び返しがあるので、乗りえるのはまず不可能。

 そうなると下校時刻まで校内に潜伏せんぷくするしかない訳で……。

「……わたしの話を信じてくれるんですか?」

「異世界云々うんぬんなら信じてませんよ。でもお三方さんかたの共同幻想、あるいは共通認識なのはわかりました」

 わたしは旧図書館予備倉庫兼文芸部室の扉を開けて、小路ちゃんが出るのを待ってから、しっかりとカギをかけました。

 そして迷いなく廊下ろうかを歩き、旧校舎の階段を上ります。

「海の居場所がわかるんですか……?」

 小路ちゃんと美少年お姫様は、限られた休み時間のみとはいえ、海さんの捜索に半日かけています。

「わたしは真緒姉になにも話してませんけど、あの人がぎつけない訳がありませんからね」

 わたしが関わる問題なら、の話ですけど。

「逃げきるのも、まあ無理でしょう」

 おにぃ参謀さんぼうについてますからね。

「見つからなければ校内放送で呼び出しをかけるでしょうから、もう捕まっていると考えるのが自然です」

 お兄と真緒姉限定の自然ですが。

「小路ちゃん、この旧校舎が生徒になんて呼ばれてるか、ご存知ですか?」

「……真緒の校しゃ……」

 判田はんた市立第一学校の旧校舎には、使われている部屋が2つしかありません。

 そのうち文芸部室の存在はあまり知られていないので、ほとんどの生徒が、ここを生徒会専用校舎だと思っています。

 そして最近ついた二つ名が【真緒の校しゃ】。

 お兄をかたわらに悪人づらの生徒会役員たちをしたがえて、文系体育会系を問わず配下につけ、文字通り学校のすべてを支配し君臨くんりんする魔王、それが真緒姉でした。

 数か月前まで派閥はばつ争いの激しかった校内を武力で制圧、統一して生徒会長の座につき、お兄の明晰めいせきな頭脳で統率し、いまは文化祭に向けて各部活をまとめ上げています。

 その本拠地たる旧校舎こそ、真緒の校しゃ。

 なんで校舎の【舎】が平仮名ひらがな表記なのかは聞かないでください。

「真緒姉は体育会系部活に顔がきますからね。体育倉庫なんかに隠れたら一発で見つかっちゃいますよ」

 海さんが所属する剣道部も捜索に参加しているでしょうから、どこにも逃げ場はありません。

「そうそう、わたしが真緒姉にチクッたんじゃありませんよ? 道端みちばたに防具袋を放り出す海さんが悪いんですからね?」

 防具袋には名札なふだがかけてありますし、中身のたれにはでかでかと苗字が刺繍ししゅうされています。

 道場師範の真緒姉なら、一目で誰のものか見わけがつくでしょう。

「あっ……」

 通学路で防具袋を発見したお兄と真緒姉が中等部に行って不在を知り、お兄が海さんの登校を確認して捜索、保護して連行尋問じんもんしたら、わたしの暗殺計画を海さんがゲロッて逮捕監禁、という流れが見えちゃいました。

「……ごめんなさい、手伝います」

 小路ちゃんが、わたしの杖をついていない方の腕を取って補助してくれます。

 ――なんでみなさん杖つきの介助法をご存知なのでしょう?

「ここです」

 生徒会室の前に来ました。

 扉から黒いオーラがれ出している、それはそれは怪しげなお部屋です。

「なんだか騒がしいですね……」

 叫び声と悲鳴とドンガラガッシャーンな騒音が盛沢山もりだくさん

「予想通りです。たのもー‼」

 扉をガラリと開けました。

「まゆちゃん⁉」

「ふぁむふぃ⁉」

 そこにはお兄と真緒姉と、どこから持って来たのか麻縄あさなわでグルグル巻きにされた海さんが。

 ――そして、お兄のほおれ上がっていました。

「お兄をなぐりましたね⁉」

 怒りでわたしの髪が逆立ちます。

「まゆちゃん……ち、違うんだこれは」

 きっと海さんの暗殺計画を聞いて激昂げっこうした真緒姉を止めようとしたお兄を、なにかの拍子ひょうしで殴りつけたのでしょう。

 お兄のイケメンフェイスはすっかりふくれ、明日明後日あさってには青アザ確定かくていです。

「真緒姉‼」

 わたしは憤怒ふんぬ形相ぎょうそうで真緒姉をにらみつけました。

 お兄とはいえ、わたしはイケメンを傷つける者を決して許しません。

「ごめんなさいわたしがやりました」

 真緒姉は瞬時に上履うわばきを脱ぎ捨て、土下座してから五体投地。

「おねがいですきらいにならないでください」

 旧式のPタイル床が涙でドボドボれまくります。

「お兄がついていながら、なんで暴力沙汰ざたに……いえ無理ですねごめんなさい」

 逆上した暴力ゴリラを止められる霊長類なんて地球上に存在しません。

「ふえふえふぉふぁいひふひふぁほふ」

 くれぐれも内密に頼む、とでも言っているのでしょう。

 わたしの命を狙って怪我させた張本人とはいえ、女の子をかばって怪我するなんて、お兄は心の中までイケメンさんです。

 ついでに真緒姉を社会的に庇っていますが、あれは女子ではなく暴走ゴリラなので別枠べつわくにしときましょう。

「わかってますよ。先生がたには適当に口裏合わせて誤魔化しましょう……って、あららん?」

 グルグル巻きな海さんの後ろに、これまたグルグル巻きにされた坊ちゃんりの男子中学生を発見しました。

「お姫様もいらしたんですね」

 顔を涙でグシャグシャにした可愛いお姫様超絶ラブリー。

 あと拘束こうそく美少年最高です。

「ふぇいほふぁいひふひふぉひほんふぇはわふはらほうふぉふひふぁ」

 お兄は『生徒会室に飛び込んで騒ぐから一緒に拘束した』とでも言っているのでしょう。

 おそらく海さんを庇おうとするお姫様を海さんが庇って、それをお兄が庇って殴られた、といったところでしょうか?

「それで、わたしを襲った理由は聞き出したんですか?」

 あの厨二なお話をまともに聞く必要はないとは思いますが、聞かないと原因究明ができません。

「ふぉふぁんふぁは……」

「お兄は無理してしゃべらなくていいですよ。真緒姉、きをつけ!」

「はいっ‼」

 瞬時に立ち上がりました。

「報告!」

「理解不能な理由でまゆちゃんの殺害を計画、失敗して校内に潜伏せんぷくしていたところを捕縛ほばく尋問いたしました!」

「一応聞いたみたいですね。わたしも小路ちゃんから聞いています」

 果てしなく厨二な理由ですが、この手のトラブルは嫌いじゃありません。

 海さんが作原道場を破門され剣道部から放逐ほうちくされたら、うちの部で妄想小説を書かせるのもアリかもしれません。

「凄い……師範が奴隷どれいのようだ……」

 海さんは目を丸くしています。

 普段はお兄が真緒姉に従って、わたしがお兄に頭が上がらず、真緒姉はわたしにメロメロの三竦さんすくみ状態なのですが、お兄はお顔を腫らして喋れないので、いまこの瞬間だけはわたしの天下。

「……先輩、これを……」

 どこから取り出したのか、小路ちゃんは瞬間冷却パックをパンと叩いて、タオル地のハンカチでくるんで渡しました。

「ふふぁんふぁ」

「用意いいですね小路ちゃん」

「……海の暗殺計画がうまく行くとは思えませんでしたが、怪我人は出ると思ったんです……竹刀で人を殺せる訳がありませんから」

「真緒姉なら一撃ですよ?」

 アレに殴られて立っていられるお兄が頑丈がんじょうなだけです。

 キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン。

「あらら、お昼休みが終わっちゃいますね」

 午後の授業を受けに行かないと。

 いまのは予鈴ですが、杖つきのわたしは歩行速度がナメクジ級なので、すぐにでも出立しないと間に合いません。

「では、海さんたちの拘束はこのままに、真緒姉が見張りで、わたしたちは教室に戻りましょう」

「……いいんですか⁉」

「海さんなら大丈夫ですよ。あとで傷一つでもついてたら真緒姉と絶縁しますから」

「ひいっ!」

「ではお願いしますね、真緒姉」

「アイアイ・マァム! しっかり見張ります!」

 海さんたちの前で直立不動の真緒姉。

「……この学校、力関係がよくわからなくなってきました」

「そうそう小路ちゃん、協力者とはいえ一応あなたも共犯者あつかいですから、放課後になったら、またここに来てくださいね」

「……わかりました」

 そして開けっぱなしの扉をくぐると……。

「あららん?」

 廊下には筋肉モリモリさんたちがいらっしゃいました。

 いえ、筋肉さんの間には文科系らしきヒョロヒョロさんも混ざっています

 先頭にいらっしゃるのは、確かラグビー部の部長さん。

「もしかして聞いちゃいました?」

 真緒姉に逆らう生徒がいるとは思えませんが、暴力事件が表沙汰おもてざたになったら大変です。

「勇者が現れたと聞きました」

 ラグビー部長さんがワケノワカラナイ事を抜かしやがります。

「我々部活連は……いえ魔王軍幹部連は、勇者との再戦を希望しております!」

 大変です!

 厨二は海さんたち3人だけではありませんでした!

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