第4話・可愛い後輩をお部屋に連れ込んじゃいましたデュフフ

「ここなら誰にも邪魔されずにお話できますよ」

 わたしが副部長を務める文芸部に割り当てられた、旧図書室予備倉庫。

 要するに部室です。

 文芸部は表向きこそ読書と感想文の作成を活動内容としていますが、その実態は即売会にも顔を出すBL同人誌創作集団です。

 そしていまは9月の下旬。

 この時期、部員のみなさんは個別にキャッキャウフフなBL小説を鋭意執筆中で、部室にはあまり顔を出しません。

 昔はノートパソコンだったのでお昼の部活もあったそうですが、いまはスマホで書けるのでトイレが活動の場と化しています。

 執筆に集中すると、リミット寸前のギリギリさんが来ても個室を開けてくれないので、文芸部の評判は、あまりよくありません。

「唯一来そうなのは読み専部員の理央りおさんですが……」

 扉にカギをかけておきましょう。

「まあ入ってください。お弁当は持ってますよね?」

「……はい。購買で買ってきました」

 小さな保冷ランチバッグから取り出したるは、野菜サンドと200ミリリットルの牛乳パックのみ。

 なかなかの小食ぶりですね巻き毛ちゃん。

 一方、わたしの保冷バックには、男子が使うような大型2段式お弁当箱。

 毎日これだけ食べても大きくなるのはおっぱいだけなんて、世の中は不公平だと思います。

「部屋中本だらけでカビ臭いでしょうが、そこは勘弁かんべんしてくださいね」

 なにせ体育館になる前に存在した旧図書館の倉庫なので、古文書みたいなハードカバー本しか置いてないのです。

 活字と書体も旧式で文字が小さく誰にも読まれず、年に一度の虫干むしぼし以外で触れる機会はありません。

 お部屋のお掃除は毎日してますし、本は夏休み中に干して殺虫剤もいたので、来年の夏まで虫さんたちの襲来はないはず。

 そして虫干しに耐えられなかった本は焚書ふんしょされるので、蔵書は全盛期に比べて半減し、開いた空間は現在、読書または執筆スペースとして活用されています。

「そこどうぞ。食べながら話してください」

 わたしは会議テーブルに杖を立てかけてパイプ椅子いすに腰かけ、お弁当を広げながら巻き毛ちゃんに席をすすめました。

「ゆっくりでいいですよ。そしてどんな厨二っぽいお話でも、最後まで口をはさまないとお約束しましょう」

 わたしの予想では、いまごろかいさんとやらは大変な事になってるでしょうが、事情聴取はじっくり横道にれず地道に聞き出した方が早く終わるはず。

 文芸部員は女子ばっかりですが、中等部の子も多いので、リアル恋愛以外のご相談に乗るのは得意分野なのです。

「……痛み入ります。でもお覚悟を」

 巻き毛ちゃんは向かいの席についてサンドイッチを食べながら、ゆっくりと話し始めました。



 異世界○○○○は、創世期から2つの領域に分かたれていました。

 魔族と呼ばれる人外の種族群が支配する魔界と、人間が統治する国家群です。

 2勢力は巨大な大陸を両断する長大な山脈によって分かたれ、その隙間は魔力障壁によって阻まれていました。

 しかしある日を境に、その障壁が消え去ってしまったのです。

 人間たちには寝耳に水でした。

 魔力障壁が消滅した山脈から魔族たちが怒涛どとうのように押し寄せ、辺境のとある小国を侵略し始めます。

 ある者は山脈を飛び越えて、またある者は山脈を横断するトンネルから。

 でも世界の半分を守る光の女神□□□□は、人間たちをお見捨てにはなりませんでした。

 女神の力をさずかる勇者が現れたのです。

 勇者☆☆☆☆は頼もしい仲間たちと共に戦い、周辺諸国の軍勢をかき集め、せまり来る魔族軍を打ち払いました。

滅亡寸前だった王国から敵勢力を追い出して、戦線を押し進める人類の旗印となったのです。

 しかし魔族たちには切り札がありました。

 魔王△△△△。邪神※※※※の加護を与えられた魔族側の勇者です。

 大昔の預言書には、こう書かれていました。

『魔王ある時に勇者現れ、両者相まみえる』

 2人は決闘する運命にあったのです。

 どちらかが倒れた時、人類と魔族の戦いに決着がつき、その勝者が異世界○○○○の覇権はけんにぎるのです……。



せ字ばっかりですね異世界ファンタジー」

 口を挟まないと約束したのに、ツッコミを入れずにはいられませんでした。

「……エピソード記憶しかないので、向こうの言語や固有名詞はわからないんです……」

 ひょっとして異世界転生モノでしょうか?

 あとプロット段階で名前の設定くらいは決めておくべきでしょう。

 執筆時に変更したっていいんですし。

「約束破ってこめんなさいね。続けてください」



 勇者は旅の途中で魔王軍にさらわれたお姫様を救い出し、婚約にいたりました。

 しかし病弱なお姫様は、過酷な勇者の旅について行けません。

 王都のお城に戻って勇者の勝利と帰還を待つばかり。

 国に帰ってきた傷痍しょうい軍人たちの報告で、その活躍を知るだけの日々でした。

 そしてある日……。

 勇者、帰らず。

 魔王城に入った勇者は、それっきり消息不明になりました。

 魔界から全面撤退した軍の将軍から話を聞いたお姫様は、その場でパッタリと昏倒こんとう

 元々病弱だったせいか、あっという間に虫の息。

 しかしその時、危篤きとく状態のお姫様に耳打ちする者がいました。

 大司教××××××。

 お姫様のお耳にそっとささやきます。

「勇者は倒れ、こことは異なる世界へと旅立たれました。転生した勇者を現世に呼び戻さなければ、我が国に未来はございませぬ」

 呼び戻す、つまり殺害して再び異世界転生させるのです。

 お亡くなり直前のお姫様を暗殺者に仕立てる大司教は、まさに外道。

 しかし単独犯行は難しいので、二人の従者が選ばれました。

 お姫様おつきの護衛騎士、そしてメイドさんです。



「なぜにメイド⁉」

 また約束をたがえてしまいました。

「姫の病気は感染するのです。呪いのたぐいなら司祭の祈りで解除できるのですが……」

「異世界インフルエンザでしょうか? 伝染病なら仕方ないですね」

 なにせ第一次世界大戦を終結させるパワーありましたからねインフルエンザ。

「姫の介護や護衛をしていたせいか、私たちは後を追うように……」

 中世的ファンタジー世界の医療技術は期待できそうもありませんし。

「ツッコミ失礼しました続けてください」

「……いえ、昔話はこれで終わりです」

「ひょっとして海さんの前世が護衛騎士で、巻き毛ちゃんがメイドさんですか?」

「巻き毛……ごめんなさい名乗り忘れていました。私は中等部一年C組の鳴道小路なるみちこみち、前世は姫づきのメイド長をしていました」

 やっぱり前世設定でしたか。

「って事は、海さんは……」

「私のクラスメイトで幼馴染おさななじみの内藤海。前世は姫の護衛騎士です」

「ああそれでわたしを……って、ええっ⁉」

 この文脈だと、わたしの前世設定は……。

「まさかとは思いますが……」

「そうです。遊佐繭美ゆさまゆみ先輩、あなたの前世は勇者です」

「トンデモ設定キタ――――‼」

 前世勇者が真緒姉まおねえだったなら、チート抜きの武力オンリーで無双できたんですけどね。

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