第2話・ラブリー美少年に押し倒されましたデュフフ

 なんか中学生に通せんぼされました。

「勇者殿、お命頂戴仕ちょうだいつかまつります」

 わたしたちが通う判田はんた市立第一学校は過疎化かそかによる統廃合で、敷地と設備の広さから、数年前から中高一貫校になっています。

 その中等部の黒いセーラー服を着たポニーテールの女生徒、わたしより身長が高いのに年下の女の子は、公道のドまん中で唐草からくさ模様の防具袋を放り出し、袋に入ったままの竹刀しないをわたしに向けました。

 ネトゲをしていると時おり感じる、たぶん殺気がメラメラと立ちのぼっています。

「ご安心を。苦しまぬよう一撃で仕留しとめます」

 とっても安心できない台詞せりふを真顔でほざきやがるJCジョシチューガクセー

 このあたりは区画整理中で、JC剣士がかくれていた空き家をのぞけば、道路とペンペン草しか存在しない元・ご町内。

 出会ったのがJCではなく熊さんだったなら、間違いなくタダでは済まないシチュエーションです。

「あのーすみません人違いですよ?」

 ネトゲの対戦相手以外にうらまれた記憶がないので、無駄とは思いますが一応確認を取ってみました。

 周りに誰もいませんし、運動オンチなわたしがスポーツマンから逃げきれる訳もないので、ここはどうにか話し合いで解決したいところです。

「……【姫様】がお前だと言った」

「へっ?」

「我らは勇者を倒して転生させねばならぬのだ」

 大変です! JC剣士さんは厨二病でした!

 ただでさえ話のみ合わないアレな人が○○○○に刃物的な感じです!

「はわわわわわわわわ……」

 足が勝手に逃げ出そうとするのを必死にこらえて通学カバンを盾にして、とにかく時間をかせごうと、わたしはよく回る自慢の舌で必死に説得を試みます。

「見たところ剣道部さんですね? 真緒姉まおねえに見られたら殺されますよ?」

「はっ……⁉ 貴様なにを……くっ!」

 いまでこそ生徒会長さんな真緒姉ですが、ご就任までは剣道部で副部長をしていました。

 しかも肩書きの上に【鬼の】がつくやつです。

 いまも【鬼の生徒会長】と呼ばれてますが。

 公道で素人に剣を向けたと知られたら、怒られるどころでは済みません。

「どうやらいているようですね」

 きっとお稽古けいこで散々しぼられたのでしょう。

 真緒姉への畏怖いふと恐怖が体にみついているご様子。

「しかも唐草模様の防具袋……さては作原さくはら道場のお弟子さんですね?」

 通常の剣道部員なら、黒い袋を使っているはず。

 きっと真緒姉の妹弟子に違いありません。

「ううっ……ぐぬぅ!」

 イケます! この手はイケそうです!

「もうすぐ真緒姉がやって来ますよ? さっさと逃げ出した方が身のためですよ?」

 これはハッタリではありませんし、道場で朝練してからここに来たのなら、JC剣士さんも真緒姉の登校時間くらい知っているはず。

 風上にいるJC剣士さんから、シャンプーの香りがただよって来ました。

 女物の臭いです! シャンプー使いきったのはきっとこの子です!

「……そうか、時間稼ぎか」

 しまった気取けどられました!

「ならば師範しはんが来る前に速攻でケリをつけてやる。お覚悟!」

「わひゃ~~~~っ‼」

 超絶おっかないので逃げ出しました。

 通学路から外れてちょっと走ればドブ川があるので、最悪でも骨折覚悟で飛び込めばワンチャンあるかもしれません。

 幸か不幸か水はほとんど流れていませんが、その代わり水草はボウボウでヘドロがグチャグチャなので、足から飛び降りれば転落死や溺死できしの心配だけはありません。

「逃げるな勇者! せめて尋常じんじょうに勝負しろ!」

 どこの世界の尋常ですか!

「勇者勇者って、わたしファンタジー系のゲームはやらないんですよ!」

 FPSや弾幕シューティングならやってますが、RPG(ロケット弾発射器ではない方)やMMOはプレイしない派なのです。

 我ながら腐っているので乙女ゲーもやりません。

 BLGは……まだ16歳なのでナイショです。

「あっ!」

 ドブ川にかかった小さな橋を目前にしてコケました。

 プヨプヨのお腹と運動不足な大根足がうらめしくなります。

「いたたたたたたたた……」

 こんな時こそえ落ち(対戦中に回線カットして逃げ出す下賤げせんな行為)したいところですが、それはわたしの主義に反します。

 どんな切断厨でも現実リアルからは抜けられませんし。

「タヒねや勇者――――っ!」

 JC剣士は中学生が禁じられている突き技をり出しました。

「ダメ――――ッ‼」

 その時、わたしとJCの間に割り込む影が。

 どうやら川沿いに違法投棄されたゴミ山に隠れていたようです。

「ああっ!」

「うひゃっ♡」

 割って入ったのは、それはそれは可愛らしい男子中学生でした。

 わたしの代わりに突きを背中にくらって、その勢いでわたしを押し倒します。

「ららららっきー! ……じゃない!」

 かばってくれたのは大変ありがたいのですが、わたしはイケメンさんや美少年さんに押し倒されるより、イケメンさんや美少年さんが、イケメンさんや美少年さんを押し倒すところを、壁や天井になってながめたい派なのです。

「なっ……姫様なにを⁉」

「姫ってこの子が⁉」

 男の子なのにお姫様。

 すっごくおいしいですごちそうさまです。

かいちゃんは僕がおさえるから、いまのうちに!」

 美少年改めお姫様は、JC剣士改め厨二殺人鬼さんに抱きついて、わたしに逃げろと言いました。

 竹刀で突かれた背中が痛むでしょうに、なかなか根性見せてくれます。

 お礼にわたしを押し倒した時、お顔がお胸にはさまったのは勘弁かんべんしてあげましょう。

 ……いま現在、お姫様のお顔が厨二殺人鬼さんのお胸にくっついているのは、まあ見なかった事にしておきます。

「それ死亡フラグですよ? それに……」

 足首をくじいて走れません。

 その代わり……。

「あとはここをタップするだけで、いつでも真緒姉にSOSを送れます」

 押し倒されている間にスマホを取り出して、メールを書いたのです。

 文面は『タスケテ……コロ』。

 日頃ひごろの行いが悪いのか、【た】と入力するだけで出ちゃいました。

 もちろん位置情報つきです。

「さすがにもう家を出ている頃合ころあいだと思うんですよね」

「むぅ……ぐっ!」

 ま行とが行が多いですねJC厨二殺人鬼海さん。

「おにぃはともかく、真緒姉の進撃速度は縮地しゅくちですからね。早く尻尾をマキマキしてトンズラしないと、途中で追いつかれちゃいますよ?」

「……卑怯ひきょうな!」

 素手の素人相手に尋常勝負とのたまう厨二殺人鬼に言われたくはありません。

「40秒で支度しな」

「覚えていろ!」

 JC剣士改め厨二殺人鬼改め海さんは、お姫様に引かれて逃げ出しました。

「覚えてたら、あの子死んじゃいますよ」

 正確には真緒姉に殺されます。

 割とマジで。

「お兄になんて言えばいいんでしょうね……」

 お二人に知られると本当に殺人事件が発生するので、挫いた足を引きずって、遠回りで学校に行くハメに。

 あまりのスローペースで遅刻しそうだったので、担任の先生にスマホで連絡したら、保健の先生が車を出して病院に連れて行ってくれました。

 お兄と真緒姉にはメールで『転んだから病院行く』と伝えただけで、厨二海さんとお姫様の件は教えていません殺されちゃいますから。

 剥離はくり骨折の疑いアリでレントゲン撮影とかされましたが、中度の捻挫ねんざで全治数週間と診断されました。

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