勇者ハイティーン

島風あさみ

第1話・夢のような夢を見ましたデュフフ

 そこはきっと最終ステージ。

 玉座にいるのは、おそらく魔王ラスボス

 周囲は溶岩が煮えたぎり、あちこちから噴煙ふんえんが上がっています。

 噴煙があるならステージは煙だらけで真っ暗なはずですが、換気扇でもあるのか、天井の穴に煙が吸い込まれていました便利です。

 マグマステージにはポツポツと島が浮かんでいて、その一つに魔王(推定)さんが。

「待っていた……待ちかねたぞ勇者☆☆☆☆!」

 あっ! いま魔王さんがツノの生えたかぶとを脱ぎました!

 予想通りです! 魔王さんはイケメンさんでした!

 勇者さんは視界に入っていませんが、これはきっとよろいを脱いで、あんな事やこんな事や折ってたたんで裏がえしな展開に違いありません!

「……じゅるり」

 よだれがれました。

「あれ? イケメン魔王さんは……?」

 最終ステージはどこへ行ったのか、ぼやけた視界には見慣れた天井しかうつっていません。

「しまった……また勇者さんのご尊顔そんがんはいしそこねました」

 最近よく見る夢でした。

 魔王さんのイケメンフェイスまでは見れるのですが、いざ決戦というところで、いつも目が覚めてしまうのです。

 仕方ないのでベッドからい出して、壁に飾ったスマホシューティングゲームのポスターをおがみます。

「おヒゲのレッドなイケメン様、今日もイケメンのお恵みあれ」

 しかしおヒゲのおじさまは背中を向けるだけで、大胸筋あふれる胸板を見せてはくれません。

「ああっもうとなりのお姉さん邪魔!」

 別のポスターを買わなきゃダメですね。



「……という夢を見たんですよ」

 とりあえず、おにぃに相談してみました。

「なんだ夢オチか」「夢ですけどオチはありません!」

 お兄の名前は遊佐健司ゆさけんじ

 わたしこと遊佐繭美ゆさまゆみの実兄で、黒縁眼鏡くろぶちめがねで高身長のイケメンお兄さんです。

 成績もいいので、同じ高校に入るのにホント苦労しましたよ。

「おまえは眼鏡をかけて寝るから駄目だ」

 眼鏡は関係ないと思います。

「やだなぁお兄、いくらわたしでも眼鏡で寝たりしませんよ。いまだってかけてませんし」

ひたいの上だ」

「あらまぁ」

 メガネメガネ。

「ところでお兄、今日もレストアですか?」

 朝食のトーストをパクつきながら質問します。

「どうも基盤に問題があるようだ。チェックに時間がかかる」

 お兄は毎日、夜明け前から機械いじりに夢中なのです。

「早く行かないと遅刻しますよ?」

「もう少しでキリがつく。朝の会議には間に合わせる」

 お兄は生徒会で書記をやっています。

 帰宅部とはいえ、お勉強とお仕事の上に機械いじりまでするのは大変でしょうに。

真緒姉まおねえは?」

「朝練で遅れるらしい」

 スマホをのぞいてスケジュールを確認するお兄。

 ご近所で幼馴染おさななじみのお姉さんこと作原さくはら真緒さんは、ご実家の剣道場のお手伝いでおいそがしいのに、派閥はばつ争いの激しい校内を統一し、先日ついに今期生徒会長として君臨くんりんあそばされた強者です。

 わたしは真緒姉が大好きなので『さっさと(お兄と)爆発もといケッコンしろ』と思っていますが、世の中なかなかうまく行かないもので、顔を合わせるたびに口喧嘩くちげんかばっかりしています。

「じゃあモグモグお先に登校しますねガバー」

「食いながらしゃべるな馬鹿」

 トーストを頬張ほおばってサラダをかっ込みながら会話してはいけないそうです。

「はぐもぐごっくん」

 なのでコーヒー入り牛乳で無理矢理流し込みました。



 我が家はお父さんこそ普通のサラリーマンですが、マイホームの一階は、いまは亡きおじぃが経営していたゲームセンターになっています。

 ただし、とっくの昔に閉店しています。

 お兄はこのオンボロゲーセンの設備と機材を修理して、レトロゲーセンとして復活させようと、あれこれ模索もさくしていました。

 店内はお掃除されて(わたしもお手伝いしました)綺麗になっていますが、肝心のゲーム筐体きょうたいは、古びて電源を入れるのも恐ろしい爆弾モドキばかり。

 高校に入ってから電子機器の知識を独学でお勉強したお兄は、テスター片手に配線や基盤のチェックを行う日々を送っています。

 なので妹のわたしをちっとも構ってくれません。

「今日も一人で登校ですか……」

 開きっぱなしの店頭から顔を出すと、ご近所さんはみんな引っ越して綺麗さっぱり整地され、区画整理を待つばかり。

 昔はそれなりににぎわっていた街並まちなみは、しおが引いたように遠くへ行ってしまいました。

 しかし一時は過疎かそで滅亡しかけたご町内も、ご近所の駅近くに大規模ショッピングセンターの建設が始まり、復活のきざしを見せています。

 つまり将来的には、お兄のレトロゲーセンが成功する可能性が残されているのです。

「ま~ゆ~ちゃん!」

「わひゃっ!」

 いきなり抱きつかれました。

「真緒姉⁉」

 お顔を見なくてもわかります。

 真緒姉は、わたしを見ると必ず抱きついてくるのです。

「……また男物のシャンプー使いましたね?」

 朝練を終えてシャワーを浴びたのか、ミント系の香りがプンプンします。

「もうちょっと女子高生らしいスメルを装備すべきだと思います」

 わたしもあまり他人の事は言えませんが、真緒姉のオシャレ感覚は男子並みです。

「切れてたんだ。どうせボディーシャンプーも男子と一緒の使ってるし」

 真緒姉は女の子なのに、お兄に匹敵する高身長でショートカットのヅカ系イケメンJKさんなので、学校では男子より女子に人気があります。

 なのでミントスメルがしても、ちっとも違和感がないのですが……。

「セーラー服でも女子に見えないのは問題アリです」

 グレーの夏服スカートが男子用ズボンへと自動的に脳内変換される、変な特異空間を発生させる女子高生、それが真緒姉なのです。

 お胸がペッタンコなイケメン女子でも美人は美人に違いなく、わたしにも優しくしてくれるので、ぜひお兄のお嫁さんになって、わたしのお義姉ねえさんになって欲しいところです。

「健司は?」

 昔は【健ちゃん】と呼んでいたのですが、中学に入ったあたりから呼び捨てに。

 これは脈があるのか、それとも喧嘩友達から発展の余地がないだけなのか。

 あれこれ刺激して、お兄とくっつけてしまいたいのですが……。

「いつものように基盤をいじってますよ」

 まだ知識しかないので、故障個所がわかっても手を出せないのです。

 ハンダゴテ片手に修理しまくるのは、まだまだ先になりそうですね。

「了解した。ここは私に任せて先に行け」

 死亡フラグみたいな台詞せりふですが、いつもの事です。

 ラブコメみたいで絶対に脈アリだと思うのですが、しかしお二人ともおタヌキさんなので、なかなかすきと尻尾をつかませてくれません。

「ではお先に~」

 そろそろケリをつけないと、受験でデートするおひまもなくなっちゃいますよ?

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