安川は、事件があったのが嘘のように穏やかで静まり返った港に来ていた。



佐藤誠の親族によると、妻の三枝子は、五年前に若年性アルツハイマーと診断され、誠が一人で介護をしていたそうだ。


不幸は続くもので、つい最近、今度は誠が末期の肺がんとの宣告を受ける。三枝子はすでに、一人で歩くことができない状態で、会話も、ほぼ出来ないところまで病状が進行していたらしかった。


 しかし、わざわざ自動車免許を取得し、新車を購入してまで、あの様な心中の仕方を選んだのかは、親族に聞いても分からなかった。


安川は、もう少し範囲を広げて調べたほうがいいんじゃないかと言ったのだが、川田は、


「やめとけ!動機はあれで十分だし、たぶん俺たちが踏み込む部分じゃない。何でも暴けばいいってもんじゃないんだよ!」


と言うと、「どっちにしても、バカ野郎なんだよ!」と吐き捨て、「俺は帰るから、後はよろしくな」と言って、缶ビール二本が入ったコンビニ袋を持って刑事部屋を出て行ってしまった。


 安川は、事件関係者に感情移入し過ぎるのがいけないのは分かってはいたが、それにしても川田は冷た過ぎるんじゃないかと思った。


現場で遺体を見た時も、動機が分かった時も、表情一つ変えることがなかった。



 安川は、車が転落したと見られる場所に近付いてみる。


そこには、缶ビールが二本並べて置いてあった。




 愛ゆえに、形の上では二人は殺人者と被害者に別たれてしまった。


何ともやるせない事件だ。


事件が起きる度に、深く心を痛めていたのでは、長く続かないのかもしれないが、そう簡単に割り切れるものでもない。


だからこそ、もっと強くならなければと安川は思った。あの川田刑事のように。




 遠くから、船の汽笛が一つ聞こえてきた。


 安川は目を閉じて祈った。


 どうか二人が同じ場所へ行けますようにと。


 そして、この汽笛が空の向こう側へと届いて、せめてもの鎮魂歌になってくれますようにと。

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