餞別、“また会う時”のために

 敗北を認めたレナートが、杖を収めようとしたその時――


「待った!」


 聖依の声が、こだました。

 レナートは、怪訝にその真意を問う。


「“敗け”を認めようというのに、お前はそれを止めるのか」


「いいから、そのままじっとしていてくれ」


「何……? 何のつもりか知らんが……まあいい、“敗者”らしく“勝者”の言うことには従おう」


 レナートは杖を構えたまま待つ。

 聖依はそんなレナートに睨みを利かせながらも、ただ何もせずに立っていた。


「何をするのですか? セイ」


「とにかく待っていればわかる」


 ベリンダが恐る恐る近づいて小声で確認しても、聖依はたった一言のみで押し切る。

 聖依は左腕にはめた“腕輪”を目の前に持ってくると、ただただそれを見つめていた。

 誰もが無言でそれを見守っていると――


 やがて、“腕輪”に銀色の光が灯されていき、一面の半分以上が埋め尽くされた。

 ここにきて聖依は、ようやく行動を開始する。


「……戻れ、フローゼン!」


『御意……』


 レナートに敗北をもたらした『獄氷の騎士フローゼン』が、地に現れた召喚陣の中へと沈んでいき、送還される。


 そうして“腕輪”の輝きが最大にまで達すると、聖依は新たな使い魔を召喚した。

 それは彼のデッキにただ1枚だけ遺されていた、最後の“切り札”――


「――そして来い! 『転生神リンネ』!」


 そう、幼き少女の姿をした、生と死をつかさどる女神であった。

 び出されたリンネは、呆れたように頭を振っている。


『やれやれ……便利に使ってくれますね、セイ』


 リンネが腕を大きく広げると、色とりどりの大小さまざまな光の球が現れる。

 それはまるで、星々を映し出すプラネタリウムのようでありながらも、昼の日差しをものともしない美しい煌めきを持っていた。


 そんな神秘的にも思える光景は、レナートの目には映っていない。

 彼は聖依の召喚した『転生神リンネ』の存在に驚愕していて、それ以外のことを考えることは出来なかった。


(『転生神リンネ』だと!? “この世界”で召喚できるということは――あれは“オリジナル”なのか!?)


 やがてその光のほとんどは互いの杖へと帰属していき、場には数体の大きな光のみが残った。

 光は顕現し、使い魔へと変化して行く。その中には、聖依を苦しめた『電動神姫ヴォルキュリアジークルーン』の姿もあった。

 その姿を認めたベリンダは闘いの中で覚えた“危機感”を思い出し、不可解な行動をとった聖依へと苦言を呈する。


「何をやっているのですか、セイ! わざわざリンネを召喚しなくても――」


「なるほどな……やはり俺は、重大な“勘違い”をしていたらしい」


「……えっ?」


 ベリンダがレナートの言葉に気を取られていると、当のレナートは優しくベリンダに話しかけた。


「お嬢さん。そっちの男がリンネを召喚したのは、カードを“復活”させるためだ」


「“復活”? ……あっ!」


「そうだ。この先カードが無いんじゃ、お互いに厳しいだろうからな」


 レナートの声からは、“敵意”が失われていた。

 ベリンダもそれを感じ取り、素直に彼の言葉に耳を傾ける。

 納得したベリンダは恥ずかしそうに黙り込み、聖依はその隙をついてレナートに問う。


「それで……“勘違い”っていうのは何なんだ?」


 レナートはジークルーンをはじめとして、次々と使い魔たちを送還させていった。

 それを受けて聖依も、召喚されている使い魔たちをデッキに戻し始める。

 そしてレナートは、懺悔した。


「悪いな。俺はお前らのことを“召喚教団”の手先だと思っていた」


「ん……? それじゃあまるで、アンタは教団に追われているみたいじゃないか」


「その通りなんだよ。俺は教団からの“脱走者”だからな」


 聖依は頭を抱えた。

 何となく噛み合っていないと思っていた“違和感”の正体は理解できたが、また不可解な部分が生まれ始めていたのである。

 不満を漏らすように、苦々しい口ぶりで聖依は問う。


「じゃあ、なんでそんなローブをかぶっているんだ……」


「変装だ。これを着ていた方が見つかりにくいだろう」


「……紛らわしすぎる」


「……そうだな、俺も反省したよ。これは脱いでおこう」


 レナートがローブを脱ぎ捨てると、その下に隠れていた服装と体格が露わになる。

 そのたくましい長身は聖依に人種の差を意識させ、それを覆うTシャツとジーンズは、懐かしさを感じさせた。

 そして聖依の口からは、思わず質問が出ていた。


「……ところでアンタ、地球の人間なのか?」


「ああそうか……まともな自己紹介はまだだったな。さっきも名乗ったが、俺はレナート・ヴァレンティーノ。イタリア人だ。大学に通っている」


「僕は鏡聖依……日本の高校生だった。……アンタ、“日本語”上手いな」


「俺はずっと“イタリア語”で喋っているよ。何故か通じるみたいだがな」


 聖依は話している言語に疑問を抱いたが、追及はしなかった。

 この“惑星ジェイド”で常識が通じないのは幾度も体感しているので、聞くだけ無駄だと考えたのだ。

 そしてそんな聖依が話す内容に困っていると、ベリンダが口をはさむ。


「私はベリンダ・ガー……いえ、ベリンダです」


 軽く自己紹介をしたベリンダは、急かすように問いかける。

 詰め寄られたレナートは、少し引き下がっていた。


「教えてください、レナート。今、教団ではどのようなことを企んでいるのですか?」


「すまないが、わからない……。いつもいつも訓練ばかりだったし、それに俺は教団では“下っ端”だったから、“召喚教皇”や“五曜司祭”の動きなんて知るわけもないんだ」


 困惑しながら応えるレナートの言葉に、聖依は衝撃を受けた。

 それは一種の絶望ともいえる感情で、この先繰り広げられるであろう闘いへの危機感を、聖依は意識せざるを得なかった。


「“下っ端”……? アンタほどの召喚士が、教団では“下っ端”なのか!? それに、“召喚教皇”や“五曜司祭”って……!?」


「質問が多いが……まあいい、順番に答えようか」


 レナートは辺りの地面を見渡すと、大きめの石を見つけ、そこに腰掛ける。

 そして一息つくと、彼は静かに語りだした。


「俺が下っ端なのは本当だ。とはいっても、その中では上の方だったがな……」


「信じられないな……」


「そう言ってもらえるのは嬉しいが、教団での上下関係は“実力”だけで決まるものじゃない」


「じゃあ、何で決まるんだ」


 聖依が問いかけると、レナートは真剣な面持ちで答える。


「……召喚できる使い魔ファミリアの、“レベル”で決まるのさ」


「レベル……?」


「正確には溜め込める“召喚力”の量だな。俺は“6”までしか溜められない」


 そう言ってレナートは、腕にはめている腕輪を、右手の指でコツコツと叩いた。

 そして聖依は、今までの敵を振り返る。ケイン、子々津、丑尾、寅丸――彼らの使い魔を思い出すと、聖依はある共通点に気が付いた。


「なるほど……そういえば僕が会った奴らも、大体レベル6どまりだったな」


「それで、“召喚教皇”や“五曜司祭”とはなんなのですか?」


 聖依が納得していると、ベリンダが再び乗り出してきた。

 レナートはそんな押しの強さにも慣れたのか、落ち着いて答えることができていた。


「“召喚教皇”は教団のトップ……そして、“五曜司祭”は“召喚教皇”直属の5人の召喚士たちで、“召喚教皇”の命令を下っ端共に伝える役割を担っている」


「“5人”の召喚士……!」


「そうだ。奴らは教団の召喚士の中でも高い“素養”を持っている。100人以上もいる中から選ばれた、選りすぐりの精鋭だな」


 レナートの話を聞いて、ベリンダは“五曜司祭”の存在を脅威に感じていた。


 しかし――聖依は、そんなことよりも召喚教団の“規模”に驚いていた。

 今まで召喚教団の実態を知る機会などなかった故に、その構成員の数など想像する由もなかったのだ。


「100人!? そんな数まともに相手してたら、絶対に勝てるわけないぞ!」


「そうだな。だが奴らは幸いにも、統制の取れたカルト集団ではない。そのほとんどがわけもわからず協力させられている“地球人”……つまり、烏合の衆だ」


「なるほど……その“五曜司祭”とかいう奴らと、“召喚教皇”とやらさえ倒してしまえば、自然と組織は崩壊するわけか」


「そういうことだ。“召喚教団”は強大なようでいて、実は案外“脆い”」


 召喚教団の意外な弱点を知った聖依だが、それでも懸念は晴れない。

 なぜならば、“敵が多すぎる”という根本の問題は、何1つとして解決していないからである。

 聖依は、自分1人で闘い続けることの“限界”を考え始めていた。


 考え込む聖依を尻目にベリンダは礼を述べる。


「情報提供助かりました。それでレナート……貴方はこれからどうするのですか?」


「俺はこの先にあるという、ジェイド領のイーストとかいう街へ向かっている。そこにいる“権力者”に会うつもりだ」


 レナートの会おうとしている人物が、何者であるかは聖依にも想像できる。

 しかし、彼はその人物に対していい印象をもってはいなかった。


(“権力者”……あのエルメイダ・ジェイドのことか)


 そう。この惑星と同じ家名を持つ支配者――エルメイダ・ジェイドこそが、レナートの目当ての人物だ。

 ベリンダにもそれは理解できていて……だからこそ、彼女は不思議に思っていた。


「陛下がどこの誰とも知れない人間と、会ってくれるとは思えませんが……」


「大丈夫だ。“紹介状”がある」


 そんなベリンダの疑念を晴らす物を、レナートは持っている。

 彼は肩にかけていたナップサックを下ろし、1通の手紙を取りだして見せた。


 そしてその手紙のサインと封蝋は、ベリンダを驚かせる。


「それは……ラピスお姉さまの!」


「ん? 知っているのか? いかにもこれは、ラピス・ラピスラズリ嬢の書いたものだが……」


「どうしてあなたがラピスお姉さまのことを!?」


 思わず声を荒げたベリンダだが、レナートを疑っているわけではない。単純に、レナートとラピスの関係がわからずに、取り乱しただけであった。

 彼女の驚き様を見たレナートは、万が一にも誤解を与えぬよう、丁寧に説明をする。


「教団から脱走した後、匿ってもらっていた。俺と一緒にけ出した奴らは、まだ彼女に世話になっている」


「そ、そうでしたか……」


 ベリンダは安堵する。

 彼女は無意識にラピスの“心配”をしていたのだが、レナートの言葉で無事が確認され、胸をなでおろしていたのである。


 一方で聖依には、新たな疑問が湧いていた。


「アンタ1人じゃなかったのか……?」


「ああ。離脱者は1人でも多い方が、奴らの目も欺けるからな」


「“囮”ってわけか……」


 レナートは、否定も肯定もしない。

 聖依にはそこをあえて追及する意味はなかったので、彼は自分から振った話題から話を逸らすことに決める。


「……レナート。この世界から“抜け出せる”方法があると言ったら、信じるか?」


「内容次第だな。知ってるなら、とりあえず教えてほしい」


 とりあえず聖依は“帰還”の意思の有無を確認しようとした。

 そしてレナートは、聖依の話に一応の興味を示す。


「“敗ければ”元の世界に帰れるんだそうだ……。リンネ、そうだろ?」


『ええ。この“惑星ジェイド”に在るべきでない魂は、この世界での“消滅”を経ることで元の場所へと帰ります。時間もさほど経っていないはずです』


 聖依が召喚したままにしておいたリンネに問いかけると、彼の代わりに説明をする。

 だが、話を聞いたレナートの表情は――


「そうなのか……だが、試す気にはならないな」


 かなり、“難色”を示していた。

 まるで味気のない食事の中から、必死に感想を紡ぎ出そうとしているような――

 そんな、しかめっ面をしていた。


「どうしてだ?」


「単純に信じられん。セイ……お前だって、天国や地獄の存在をあてにはしないだろう?」


「……そりゃそうだ」


 聖依は自分の考えを悔い改める。

 彼は、今までリンネの言うことを“鵜呑み”にしすぎていたと、今更ながらに実感したのだ。

 レナートの言葉は、聖依の目を覚まさせるに十分であった。


(考えてもみれば、信じられる部分がどこにもない話だよな……)


 しかし、レナートの“理由”はそれだけではない。


「それに――俺にはこの世界で、まだ“やるべきこと”が残っている。その後でなら、“最終手段”としては考えてもいいかもしれんがな」


 将来的な“帰還”への望みがレナートにあることを知った聖依は、とりあえずその答えに満足した。

 本来ならば聖依は、レナートの言う“やるべきこと”まで知りたかったのだが、他人の事情に踏み込む勇気など、彼にはなかった。


「そうか……なら戻れ、リンネ」


『あっ――』


 そして“用済み”とばかりに、有無を言わさず『転生神リンネ』を送還させる。

 リンネはあまりにもあっさりと突き返されたことに驚いたのか、変な声を出しながら召喚陣の中へ消えていった。


 レナートは雰囲気から、もう話すことはないと感じ取る。

 手紙をナップサックにしまうと、立ち上がってズボンをはたく。


「さて、俺はそろそろ行こうと思うが……その前に――」


 しまった手紙の代わりに、レナートの手には2枚のカードがあった。

 そのカードが差し出されると、聖依はそれを受け取ってカード名を確認する。

 それは、どこのカードショップにでも置いてあるような、何の変哲もないカードであった。


「このカードは……?」


「話を聞く限りでは、俺たちの目的はある程度一致しているらしい。手を取り合う事もあるかもしれん。だから、“また会う時”を信じて、今はそれを渡しておこう」


「いいのか? こっちからは大したものは何も渡せないが……」


「代わりといっては何だが、いくつか頼みがある」


 レナートは人差し指を立てて、まるで指し示すように聖依に押し付ける。

 それは“1つ目”を現すサインであるとともに、強い念押しの意味も込められていた。


「まず第一に、“五曜司祭”の“ソウジ”という男には近づくな。奴は危険だ」


「“ソウジ”か……わかった、覚えておく」


 続けてレナートは、中指を立てる。

 Vサインのような形になっていたが、聖依にはその形状に、“2番目”を示す以外の意味がないことを理解していた。


「そして同じ“五曜司祭”の“ルチア”……彼女とは絶対に闘わないでほしい。“絶対に”だ」


「何か訳が?」


「……お前が気にするような理由じゃあない。至って個人的な事情によるものだ」


 聖依は棘のある返事にムッとしたが、その感情を面には出さなかった。

 なぜならば、彼にはレナートの眼が“哀しみ”を秘めているように思えたからだ。

 その理由を聖依は、レナートの“目的”に関係するものだと考えていた。


 レナートは、“3本目”の指を立てて続ける。


「そしてこれが最後だが……ラピスラズリの屋敷に、“卯月うづき詩織しおり”という女性がいる。可能ならば彼女に会ってほしい」


「わかった。僕たちの行先はそこだから、ついでに会っておこう」


「そうしてくれると助かる。頼んだぞ」


 ナップサックを背負いなおし、召喚杖を担ぐと、レナートは背を聖依たちに向ける。

 彼は去り際に手を振ると、聖依たちのやってきた方角へと歩いて行った。


「ではな。そのカードが、お前たちの助けになってくれると祈っているぞ」


 離れていく背中を見送る聖依とベリンダ。

 やがて声の届かぬ程に離れると、ベリンダは静かにつぶやく。


「レナート・ヴァレンティーノ……不思議な方でしたね」


「ああ……」


 聖依には1つの予感があった。

 彼にはこの別れが、永遠のものになるとは思えなかったのである。

 レナートの言うように、“再会”の機会が必ず訪れると信じていた。


(今はまだ無理みたいだけど……もし彼が“味方”になってくれるのなら、心強いだろうな)


 そして聖依は、次に会う時こそは強力な“仲間”であってくれることを、心の底から強く願っていた。

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絵札召喚士エレメンタルサモナー ~カードは唯一無二の“力”! カードバトルは“命懸け”! カードゲーマーは異界にて“最強”!~ 葵零一 @blue01_braver

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