合体、勝利の刻印“ジークルーン”

 聖依の仕掛けた“罠”は多大な衝撃をもたらした。

 吹き飛ばされたレナートは地に這いつくばり、聖依を見上げている。


「くっ、やるな……! だが『バスター・マイン』の衝撃で、使い魔は攻撃を行えない! そして――!」


 そしてレナートは立ち上がった。

 それも、ただで起きることはない。

 『バスター・マイン』で被った損失を取り戻すため、杖を掲げる。


反応呪文リアクション・スペル『ハーフ・フォース・キャプチャー』!」



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


ハーフ・フォース・キャプチャー


レベル1

反応呪文


効果

 常時:自分使い魔が消滅したときに発動可能。その使い魔のレベルの半分だけ自分召喚力を回復する。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



「『マシン・ウォリアー』のレベルの半分だけ、俺は“召喚力”を得る!」


「ここで反応呪文リアクション・スペルか……!」


 空気中に残留していた『マシン・ウォリアー』の残滓が、レナートの体内に取り込まれていく。

 その様子を聖依は――いや、呪文の発動者であるレナートでさえも捉えることは出来なかったが、ベリンダだけにはそれが視えていた。


(あれは……! ほとんど回復していないように見えますが……)


 彼女の目には、赤い色の召喚力が映っていた。しかし、レナートの纏う召喚力は、そんなには増えていない。

 マシン・ウォリアーのレベルの半分は“2”で、更に『ハーフ・フォース・キャプチャー』のコストは“1”――

 数値で言うならば、差し引き“1”しか増えていないのだから、そのように見えるのも当然である。


 しかしレナートには、その“1”の召喚力でさえも生命線だ。


(こちらが一気に不利になった……! だが“勝ち筋”が見えた今、召喚力は確保しておきたい!)


 そう、レナートは既に1つの“勝ち方”を想定していた。

 そのために、できるだけ多くの召喚力が必要なのだ。


(奴の場の<死神>は、もうすぐ制御者コントローラーに“死”をもたらす! ここを凌ぐだけで、奴は“自滅”する”!)


 そう、あと1回だけ戦闘をしのげば、『13番目の<死神>』は容赦なく聖依に牙を剥くのである。



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


13番目の<死神>


レベル4(ユニーク)

影種・無属性

戦闘力:2000

受動技能

 送還不可:このカードは送還できない。

 不滅:このカードは戦闘の敗北によって消滅しない。但し、このカードが呪文・技能の対象となったターンはこの効果を適用しない。

 反転:終了フェイズ時に発動。相手はデッキからカードを5枚消滅させ、このカードのコントロールを得ることができる。

 啓示<死神>:このカードの召喚から3ターン後の終了フェイズ時に発動。このカードが召喚されている場合、このカードのコントローラはゲームに敗北する。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 レナートの心には“余裕”があった。

 言い換えるならばそれは“慢心”なのだが、根拠のないものではない。

 “勝ち”が目前なのだから、そのような心理が生まれるのも必然と言えるだろう。


「さあ……どう出る?」


 聖依の動向に注目するレナートは、失策を期待して笑みを浮かべる。


 ――しかし、そんなレナートの考えは甘かった。

 聖依が、<死神>のリスクを考えていないはずはないのである。


「こうする! 通常呪文スタンダード・スペル『悪魔契約儀式術』――!」


「なにっ!?」


「『13番目の<死神>』を生贄に捧げ、悪魔種使い魔ファミリアを召喚する!」


 <死神>の足元に、魔法陣が現れた。

 その円陣は召喚陣とは全く違う紋様で、神聖な印象の召喚陣とは裏腹に、禍々しさを感じさせる“歪さ”を持っていた。



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


悪魔契約儀式術


レベル3

通常呪文


効果

 自分フェイズ時:(コスト:自分使い魔1体消滅)レベル6以下の悪魔種使い魔を1体自分のデッキから召喚する。この効果によって召喚された使い魔の技能は無効化され、コストにした使い魔のレベル分のターン後の自分フェイズ開始時に消滅する。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 円の中に閉じ込められた<死神>が、もだえ苦しみながら消滅していく。

 やがて<死神>が完全に消滅すると、“悪魔”が浮かび上がり、顕現した。


「そしてその効果により――出でよ! 『生贄を求めるエビル・デーモン』!」


 その悪魔を一言で表すならば、“邪悪”。

 命を弄ぶことに抵抗などないと、一目でわかる凶悪な顔つき。生を奪うことなど容易いとばかりに主張する、手足の鋭い爪。

 そして、それを証明するかのように、悪魔は嗤う。その意図は、誰にも分らない。


『グフフフフフフフ……!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


生贄を求めるエビル・デーモン


レベル6

悪魔種・雷属性

戦闘力:2500

受動技能(『悪魔契約儀式術』により無効化)

 魂屠りの雷撃サンダー・ブレーク:この使い魔が相手使い魔と戦闘を行った時、戦闘終了時に自分のデッキからカードを1枚消滅させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 エビルデーモンの姿を認めたベリンダは歓喜する。

 真剣に勝負を見守っていたしかめっ面が、思わず笑みを浮かべる。


(エビル・デーモンです! イグナイトに次ぐ、聖依の強力使い魔!)


 そして対照的にレナートは、笑顔の“仮面”を剥がされて、内心が露出していた。

 想像を超えた展開に驚愕していたし、僅かに混乱してすらいた。


(エビル・デーモンだと!? レベル6の中でも最高クラスの戦闘力を持つ使い魔ファミリア! ……いや、驚くべきはそこじゃない!)


 彼は聖依の採った戦術の素晴らしさを正しく理解している。

 その全貌を把握したからこそ、驚嘆以外の感情が湧かないのであった。


(アイツ……<死神>の敗北技能スキルを回避しつつ、更に高レベルな使い魔ファミリアを召喚し、しかもそのエビル・デーモンのデメリット技能スキルをも封じている!)


 レナートは心の中で褒め称える。

 本来的である聖依に対して、彼は賛辞すら送りたい心境であった。


(――とんでもなく高度な“技術プレイング”だ! ソウジごときの手先とは思えん……!)


 聖依の力量を正しく見抜いたレナートは、1つの疑問に直面した。

 それは、聖依が本当にレナートの思っているような立場の人間なのかというものである。

 しかしレナートは、その考えを振り切った。


(だが、こうなった以上もう後には退けんし、奴が敵でない保証もない! ……勝つしかないか!)


 “勝ち筋”の1つを失ったレナートだが、元々彼は<死神>にそこまで期待はしていない。

 防がれたのならば、初めから想定していた方法で決着をつけに行くだけである。

 そのための“ピース”を、レナートは召喚する。


「『モジュール・ツェット』召喚!」


 地に、黄色い4重の召喚陣が現れる。

 その中から、『モジュール・ユプシロン』に似た、鉄板の張り合わせで作られたような、角のある球体状の物体が現れる。

 しかし、ユプシロンとは微妙に姿形は異なっていた。ユプシロンは横長だが、そのモジュールは縦長であった。



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


モジュール・ツェット


レベル4

無命種・雷属性

戦闘力:1200

能動技能

 反重力ショット:このカードのレベル以下の相手使い魔1体の受動技能をターン終了時まで無効化する。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――


 召喚された『モジュール・ツェット』は、着地する。

 後ろ側に倒れて、地に横たわる。

 音はほとんど発しない。駆動音のみが、地を伝って僅かに響いていた。


『ヴィィィ…………』


 そしてレナートは、すかさずその能力を発揮させる。


「更に、『モジュール・ツェット』の技能スキル発動!」


 『モジュール・ツェット』の両脇が開き、2つの“穴”が露出した。

 その穴が唸りを上げ輝くと、次の瞬間には超高速で“何か”が発射されていた。

 それは不定形なエネルギーの塊であり、目標ターゲットに向かって飛んでいく――


 そしてその1射を浴びたのは、『魂葬黒鴉』であった。

 しかし、わずかによろめくのみで、苦しむ様子はない。

 だが――


「『反重力ショット』の波動を受けた『魂葬黒鴉』は、1ターンだけ自らの身に染みた技能スキルを忘れる!」


『クアアアアァァァ……!』


 黒鴉の挙動は、おかしくなっていた。

 舟をこいでいるかのように、頭が前後にふらついているのだ。

 それに気が付いた聖依は、舌打ちした。


「ちっ、バトルだ! エビル・デーモン攻撃!」


「無駄だ! エビル・デーモンがいかに強力でも、ユプシロンの防御は崩せない!」


 エビル・デーモンが、ユプシロンに迫った。

 その魔手がユプシロンのボディをつかもうとしたその時――エビル・デーモンは弾き飛ばされる。

 起き上がったエビル・デーモンは、悔しそうに吼えた。


『ヴァァァァァァッ!』


 そして聖依もまた、歯噛みしていた。

 だが息をつく間もなく、レナートの逆襲が始まる。


「――そして反撃の一手! ツェットの攻撃!」


 『モジュール・ツェット』の中央が開いた。

 出現した穴が輝きを増し、光が収束していく。

 その銃口の向く先は――遥か彼方を見据えて呆けている、黒鴉であった。


「地に落ちた『魂葬黒鴉』を駆除しろ!」


「くっ……!」


 光線が発射された。

 一筋の流れ星のようにも見えるその銃撃は、目標をめがけて真っ直ぐに飛んでいく。

 黒鴉はさすがにその攻撃には反応したのだが、飛び立つ様子はない。


『クァッ!』


 気合を入れるように一声だけ鳴くと、黒鴉は一歩前へと“跳躍”した。

 ……当然、そんな動きでツエットの光線を避けられるはずもなく――

 それどころか、自分から当たりにすら行っているような、そんな間抜けな格好を晒していた。


 胸を撃ち抜かれた黒鴉は、息絶える。

 そして、光の粒となって消滅したのであった。


「『魂葬黒鴉』滅殺! そして、もう俺の“勝ち”だ……!」


「ど、どういうことなのですかっ!?」


 レナートの勝利宣言の意味を理解できぬベリンダは、思わず問いかける。

 そんな彼女に対してレナートは、“行動”をもってその意味を示そうとしていた。


「『モジュール・イクス』召喚! この意味、貴様ならわかるだろう!」


 レナートは杖を掲げる。

 その先端にある、3枚の“花弁”のような飾りのうちの2枚には、すでに黄色い光が灯っていた。

 そして、最後の1枚も、黄色く染まる。


 地に、黄色い3重の召喚陣が現れて、新たな使い魔が姿を現した。

 他の2体を二回りほど小さくしたような、そんな珍妙な物体であった。

 頭頂部にはプロペラがついていて、その浮力でその場に佇んでいた。


 ――それこそが、レナートの“切り札”を構成する、最後の“モジュール”の姿である。



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


モジュール・イクス


レベル3

無命種・雷属性

戦闘力:0

能動技能

 合体コマンド:このカードと自分の場の『モジュール・ユプシロン』、『モジュール・ツェット』を重ね合わせ、その上に条件に合致する合成使い魔をデッキから合成召喚する。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 聖依は絶望的な気分を味わっていた。

 彼には既に、この先の展開が予想できていたのだ。


「遂に来てしまったか……!」


「3体の“モジュール”がそろったとき、何が起きるのか……そちらのお嬢さんにも見せてやる! イクスの技能スキル発動!」


 レナートの召喚した“モジュール”たちが、一斉に動き出す。

 地に倒れていた『モジュール・ツェット』は起き上がり、召喚直後の直立した縦長の物体に――

 その上に、『モジュール・ユプシロン』が移動し、更にその上には『モジュール・イクス』が位置取っている。


「こ、これは一体……! 何が始まるのです!?」


 3体の“モジュール”がゆっくりと接近し、接着する。

 鉄と鉄のぶつかるガキンという音が、空気を震わせて響く。


 組み合わさった“それ”は、まるで腕のない不細工な人形であった。

 表情もなければ模様も装飾もない。粘土を丸めてくっつけたような、そんな面白みのないオブジェであった。


 ――しかし、それで終わりではない。


「3つの躰が集う時、究極の乙女が姿を現す!」


 “それ”は独楽こまのように回転を始めると、旋風が僅かな土ぼこりを舞い上げる。

 外装が剥がれ落ち、あるいは変形して“鎧”や“翼”となっていく。

 装甲の中に隠されていた腕や足が露わになり、“人間”のような部位が次第に構築されていく。


「――その名は“勝利の刻印”! 出でよ、『電動神姫ヴォルキュリアジークルーン』!」


 そして激しい回転が収まると――

 そこには、美しき機械の戦乙女が立っていた。


『…………』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


電動神姫ヴォルキュリアジークルーン


レベル12(合成/ユニーク/オーバーリミット)

無命種・雷属性

条件

 『モジュール・イクス』

+『モジュール・ユプシロン』

+『モジュール・ツェット』

戦闘力:2300

受動技能

 反重力フィールド:このカードが戦闘を行う対峙ステップ時、対戦相手の戦闘力を戦闘終了時まで半減させる。

 誘引性電磁力:このカードが場に存在する限り、自分は迎撃を行うことができず、相手はこのカード以外への攻撃を行えない。また、相手が指令権を放棄した場合、そのターンの間、自分は相手の使い魔をこのカードへ攻撃させることができる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 ジークルーンが現れると、一瞬にして場の空気は変わった。

 それは極度の緊張状態が作り出す“修羅場”であり、決着の時が近づいている証拠でもある。

 焦りを押し隠すことができない聖依は、その雰囲気に呑まれつつあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る