陥穽、炸裂する“罠”

 2人の召喚士が睨み合っていたその時、聖依の脳裏に声のような“何か”が響いた。

 それは冷静に聞くとただの雑音ノイズなのだが、聖依には意味があるもののように思えていた。


《我を求めよ……》


 まるでそうささやかれているような錯覚が、聖依の心に響いていた。


(何だこの声……まさか!?)


 そう、それは<死神>の声だ。

 聖依が召喚し、レナートが奪い取った『13番目の<死神>』が、再び聖依の下に戻ろうとしているのだ。

 そんな声を受け取っている様子に、レナートは勘づく。微妙な視線と表情の変化を、彼は見逃さない。


「貴様にも聞こえたようだな。あのおぞましい<死神>の声が!」


「その通りだ。そして当然、僕はこの声に従う! 戻ってこい、『13番目の<死神>』!」


『ヴォォォ……』


 聖依の呼びかけに応え、呻き声と共に<死神>は舞い戻る。

 代償としてデッキのカードが5枚消滅し、杖の重みが減る。

 それを手の感触で確かめた聖依は、自身を“生”へと縛り付ける重力さえもが、何故だか軽くなったような錯覚を覚えていた。


 そんな聖依の内心など知るわけもないベリンダは、<死神>の帰還を歓喜する。


(<死神>がセイの下へと戻ってきました! これで使い魔の数は2体と1体……形勢逆転です!)


 数の上ではレナートが不利になったのだが、彼は動じない。

 それどころか、余裕を崩さずに次なる使い魔を召喚して見せる。


「<死神>を戻したか……だが、“勢い”は俺の方にある! 『マシン・ウォリアー』召喚!」


 地に、黄色の4重円陣が現れる。

 その中から現れるのは、モスグリーンの装甲に包まれた機械の人形――

 黒い金属製の剣を持つその機械戦士は、直立したまま、僅かに音を鳴らすのみであった。


『ピピピ……ピピピッ……ピロピロピロピロ……』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


マシン・ウォリアー


レベル4

無命種・雷属性

戦闘力:1900

受動技能

 弱点[火]:このカードが火属性の使い魔と戦闘を行う場合、戦闘終了時までこのカードの戦闘力を半減させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



「マシン・ウォリアー……レベル4の中ではトップクラスの戦闘力を持つカードか!」


「<死神>には及ばないがな! だが、こうすればその化け物とも戦える――!」


 レナートは杖を構えると、次なる一手を繰り出した。

 『マシン・ウォリアー』が、淡い光に包まれる。


強化呪文エンハンス・スペル『セーフティック・オーバークロック』!」



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


セーフティック・オーバークロック


レベル1

強化呪文


効果

 自分フェイズ時:雷属性・無命種の使い魔1体の戦闘力を、その使い魔のレベル×200アップさせる。対象の使い魔が同ターン中に2回以上戦闘を行った場合、ターン終了時にその使い魔を消滅させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



「――『マシン・ウォリアー』を強化する!」


『ピピピピピピッ! ピロピロピロピロ……ピピピピピピッ!』


 呪文を受けた『マシン・ウォリアー』は、微動だにしなかった。

 しかし、単眼のカメラ・アイでは赤いランプが激しく点滅していたし、全身からモーター音をとめどなく響かせていた。

 その変化を証明するように、深緑の機械戦士は“構え”を取る。先ほどまでの直立不動とは違う、“人間らしい”ポーズをとって見せたのだ。



 『マシン・ウォリアー』   戦闘力:1900 → 2700



 それを見た聖依は、危機感を覚えていた。


(黒鴉の技能スキルでどちらかだけでも葬るか……? いや、もうデッキに余裕なんてない!)


 聖依のデッキは現在“7”枚。

 これまでに召喚した使い魔が6体で、使用した呪文は1枚。剣闘士グラディエーター技能スキルコストで1枚使っていて、さらに死神を取り戻したコストで5枚支払っているのだから、計13枚ものカードを消費してしまっている。

 そこで黒鴉の技能を使い、4枚ものデッキを消費しようものならば、残りは僅か3枚となってしまうのである。



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


魂葬黒鴉


レベル4

鳥種・風属性

戦闘力:1000

受動技能

 飛行:技能『飛行』を持たない使い魔を迎撃する場合、対峙ステップ時に対戦相手の戦闘力を半減させる。

能動技能

 冥界送り:(コスト:自分デッキから6枚までの任意の枚数消滅)場に存在する支払ったコストの枚数と同じレベルの使い魔を消滅させ、その後このカードを消滅させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 発動して決着がつけられるのであれば、それでも良かった。

 しかし依然として、勝負は拮抗――いや、聖依の方が僅かに圧されているのだから、彼としては踏み切ることができない。

 結局聖依は、『魂葬黒鴉』の技能を使うことを諦めた。


「僕は……“設置物オブジェクト”をセットする!」


 ――そして代わりに、別の手を採ることとしたのだ。


 地に3重の召喚陣が現れる。色は黒色――しかし、その中から“何か”が現れることはない。

 聖依は普通の使い魔ではなく、“設置物オブジェクト”と呼ばれる種類の使い魔を召喚したのである。

 “設置物オブジェクト”は意思を持たず、命令することは出来ないが、召喚時にその正体を“秘匿”することができる。


「あ、あれは一体……?」


 万物に宿る“召喚力”を見ることができるベリンダにも、その正体はわからない。

 どこに存在するのかさえ、認知することができない。

 聖依たちと同じように、地面に召喚陣が現れた“だけ”にしか見えていないのである。


 当然、レナートも設置されたカードは知りえない。

 しかし、彼なりに推理することは出来ていた。


(レベル3の“設置物オブジェクト”だと!? この状況で出すということは……“罠”か!)


 “設置物オブジェクト”カードは、一応は使い魔という扱いである。

 しかしその性質は大きく異なり、属性は持たず、指令権を行使できない為に攻撃・迎撃をさせることは出来ない。

 そして最も大きな特徴として、“裏側表示”で相手に秘匿したまま召喚することができるのである。


 設置物オブジェクトの持つ効果や使い方は様々だが、その中には裏側で出せる性質を利用した、“罠”と呼ばれる種類の設置物オブジェクトがある。

 レナートは、聖依が出した設置物オブジェクトがそういった類のものであると予想した。


「さあ、来ないのか?」


「見え透いた挑発だな! 仕掛けられているカードの、おおよその検討はつくぞ!」


「ならどうする! 僕が攻めるのを待っているつもりか!」


「ぐっ……!」


 “罠”の中でも代表的なのが、攻撃に反応して作動するタイプのカードである。

 レナートはそんな攻撃反応型のカードが仕掛けられていると考えていたが、それでも彼は躊躇わざるを得なかった。


(攻撃しないということは、“指令権の放棄”になる! そうすれば、あの2体の使い魔から集中攻撃を受けて、『モジュール・ユプシロン』は消滅してしまう!)


 そう、攻撃をスキップするということは、使い魔に一切の命令を出さないということである。

 命令を出すタイミングを失ってしまえば、混乱した使い魔たちは命令に従えず、思うように動くことは出来ないのだ。

 それを知っているレナートには、聖依の思惑に乗る以外の選択肢は残されていなかった。


(――それは避けなければならない! ……攻める!)


 決意すると、レナートは命令を出す。

 仕掛けられているであろう“罠”を突破するため、あえて踏みに行くのである。


「『マシン・ウォリアー』攻撃!」


「セットしていた設置物オブジェクトを発動!」


 聖依が宣言した瞬間、『マシン・ウォリアー』の足元に円盤状の“何か”が出現した。

 鋼鉄の足が、現れた設置物オブジェクトを踏む。

 それを見たレナートは、確信した。やはり“罠”であったと。


 そしてその正体を、聖依は告げた。


「――『バスター・マイン』が、足元で炸裂する!」



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


バスター・マイン


レベル3(設置物)

戦闘力:3000

受動技能

 地雷:戦闘フェイズ時、そのターンで初めての攻撃宣言を相手が行った場合、このカードで迎撃を行うことができる。この効果を使用した戦闘終了後に、戦闘フェイズを終了させる。

 自壊:このカードが迎撃を行った場合、戦闘終了後にこのカードを消滅させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 円盤状の物体――『バスター・マイン』が、爆発を起こした。

 衝撃は『マシン・ウォリアー』を破壊し、他の使い魔を怯ませて、召喚士や観覧者ギャラリーにまで影響を及ぼす。

 聖依は襲い来る衝撃波を堪え、ベリンダは咄嗟に伏せて耐え、レナートは吹き飛ばされる。


「きゃあぁぁぁぁっ!」


「やはりかぁっ! ぐおおおおぉっ!」


 そして、その爆心地に残った『マシン・ウォリアー』は満身創痍であった。

 装甲は無惨に吹き飛び、脚は爆散し、カメラ・アイにはヒビが入っていた。

 力なく唸るように、機械戦士は断末魔を上げる。


『ピピッ……ピピ……ピ…………』


 そして『マシン・ウォリアー』は朽ち果てて、消滅したのであった。


「『マシン・ウォリアー』……爆殺!」


 誰もが竦んでいる中で、聖依は得意げに言い放つ。


 ――しかし聖依は忘れていた。

 この“罠”が、結局はその場しのぎの手段に過ぎないことを……

 そしてそのしわ寄せは、後になって聖依に襲い掛かるのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る