拮抗、“強者”たちのせめぎ合い

 聖依とレナートが冷静に睨み合っている中、ベリンダは平静を保つことができないでいた。

 それもそのはずである。この中で状況を理解できていないのは、彼女だけなのだから。


「どうしてそう落ち着いていられるのですか! <死神>が、<死神>がっ!」


 聖依が召喚したはずの使い魔『13番目の<死神>』が、何故かレナートに従っている――

 そのような不可解な現象について、何故か自分一人だけが理由を知らないとなれば、慌ててしまうのが人間心理というものである。

 故にベリンダは問う。しかし、言葉にはできていない。


「ベリンダさん。面倒だから説明は省くけど……“想定内”のことだ」


「だろうな。この“リスク”を把握しないで<死神>を召喚するなど、馬鹿のやることだ」


 ベリンダを置いてけぼりにして、遊闘ゲームは続行される。

 レナートはそんな中で、一瞬前の出来事を思い出していた。


(それにしても驚いた。まさか、<死神>の方から俺に“語り掛けて来る”とはな……)


 使い魔たちの戦闘が終わった時、レナートは“何者か”の声を聞いた。

 それはとてもおぞましい声で、背筋を凍り付かせるような、恐怖をかきたてる呻きであった。

 レナートは、その声が発した言葉を理解してはいない。しかし、それが<死神>からの“誘い”であったことだけは、覚えていた。


 ――そしてレナートは、その“誘い”に乗った。

 デッキのカード5枚と引き換えにして、<死神>を味方に引き入れる“契約”を交わしたのだ。

 尤もその契約にはそう長く続く保証などない。レナートはそれも承知の上で、“代償”を支払っている。


「だがこれで、俺の使い魔ファミリアは3体! そして貴様は1体だけ! これが“想定内”だというのなら、一体どうするつもりだ!」


「こうするのさ! 『魂葬黒鴉』召喚!」


 指を差して指摘するレナートに対して、聖依は行動で答えて見せる。

 地に現れたのは、緑色の4重円陣。それは、風属性・レベル4を意味している。

 その中から、鴉の使い魔が姿を現し――そして、けたたましく鳴いた。


『クアァァァァァッ!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


魂葬黒鴉


レベル4

鳥種・風属性

戦闘力:1000

受動技能

 飛行:技能『飛行』を持たない使い魔を迎撃する場合、対峙ステップ時に対戦相手の戦闘力を半減させる。

能動技能

 冥界送り:(コスト:自分デッキから6枚までの任意の枚数消滅)場に存在する支払ったコストの枚数と同じレベルの使い魔を消滅させ、その後このカードを消滅させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 “聖依の答え”たる『魂葬黒鴉』を認めたレナートは、1つの考えに至る。


「飛行能力で、次のターンまで時間を稼ぐつもりか。悪くない手だ」


「なるほど! 空を飛べる黒鴉には、<死神>といえども手は出せないのですね!」


 ベリンダは微妙に間違った解釈をしていたが、聖依はそれを正そうとはしなかった。

 同時に、レナートの想像を肯定するつもりもない。

 なぜならば、聖依の考えはそこで終わるものではないからである。


(それだけじゃない……隙さえあれば、黒鴉の技能スキルでモジュールのカードを消滅させてやる!)


 そう、『魂葬黒鴉』は“防御”の一手であるとともに、“反撃”の布石でもあるのだ。

 レナートはそんな考えを何となく見抜いてはいたのだが、確証は持てないので無難な手を取ることに決めた。


「なら、まずは様子見といかせてもらおう! 『案山子の射手』!」


「迎え撃て、『魂葬黒鴉』!」


 案山子がクロスボウの先を向けると、瞬間黒鴉は飛び立った。

 なおも照準を合わせようと体を動かす案山子を、大空に羽ばたいて翻弄する黒鴉。

 狙いは定まらぬまま時間は流れ、徐々に距離は狭められていき――


『クアァァァァァッ!』


 そして最後には、鴉の寧猛な足爪が案山子の腕を引き裂いていた。

 案山子はその勢いで押し倒され、衝撃でバラバラに破壊され、消滅していく。


「『案山子の射手』撃破!」


「黒鴉で返り討ちにされたか……だが、これでもうそちらから攻撃を仕掛けることはできまい」


 大空に飛び立った黒鴉には、即座に追撃を行える余裕などない。

 聖依が命令を出せる使い魔は、戦闘能力を持たない『盾持ち奴隷スレイヴ』のみしか残っていないのである。


「……その通りだ。僕は“指令権を放棄”する。好きに仕掛けてくるといい」


「そうかっ! ならば、遠慮なく攻めさせてもらう!」


 聖依は、敵の動きに身を委ねることにした。

 “指令権の放棄”とは、つまりはそういうことである。


 エレメンタルサモナーというカードゲームでは、攻撃側プレイヤーが使い魔で攻撃を行い、攻撃を受ける側のプレイヤーが使い魔でそれを迎撃する。攻撃側と迎撃側を入れ替えて、その流れを1ターン中に何度も繰り返す。

 使い魔に対して攻撃・迎撃を行わせることのできる権利を“指令権”と呼び、ターン中に1度のみ行使することができるのである。

 そして“放棄”とは、このターンでの攻撃・迎撃の一切を行えなくなることであり、相手は自由に使い魔を選択して攻撃できるようになる。


(普通ならリスキーなだけだけど、この場合は最善手だ。まあ、攻撃しても結果は同じだけど……)


 この場合レナートが攻撃できるのは『盾持ち奴隷スレイヴ』のみである。彼の場には、『魂葬黒鴉』を倒せる使い魔はいないのだから。

 それを理解している聖依は、“手を出さない”ことに決めた。


「『13番目の<死神>』で、『盾持ち奴隷スレイヴ』を攻撃!」


 <死神>がレナートの前から消える。

 次の瞬間、その姿は奴隷スレイヴの後ろへと移動していた。鎌が振り下ろされる。

 奴隷スレイヴは幸いにもその動きに反応することができ、咄嗟に盾で切っ先を弾いた。


 再び死神は消え、レナートの下へと帰る。


「奴隷(スレイヴ)は1回だけ戦闘で消滅しない!」


「知っている! 『モジュール・ユプシロン』で更に追撃!」


 すかさず、次の攻撃が始まった。これまで置物の様相を呈していたユプシロンが、遂に動き出す。

 歪な球状の底部から響く噴射音が更に激しくなり、熱風をあたりにまき散らして進撃する。

 その向かう先は、防御の衝撃で地に膝をついている『盾持ち奴隷スレイヴ』であった。


 ――奴隷スレイヴが反応したころには、もう遅い。

 奴隷スレイヴは既に影に落としこまれていて、頭上には既にユプシロンが位置取っていた。

 噴射炎が、容赦なく奴隷スレイヴを焼く。ユプシロンが去ったころには、男が燃えながら消滅していく、凄惨な光景のみが繰り広げられていた。


「『盾持ち奴隷スレイヴ』焼殺!」


「ちっ……!」


「そして更に、速攻呪文スピード・スペル『破滅の超速追撃クイック・ドロー』を発動――!」



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


破滅の超速追撃クイック・ドロー


レベル3

速攻呪文


効果

 戦闘フェイズ(指令ステップ)時:このターン戦闘を行った自分使い魔を選択して発動。対象の使い魔の戦闘力を100アップし、攻撃を行わせる。(攻撃時に敵の場に使い魔が存在しない場合、攻撃を行わない。)その後、対象となった使い魔が技能『速攻』を持っていない場合、その使い魔を消滅させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



「俺は<死神>でもう1度攻撃を行う! 戦闘力もアップ!」


 <死神>を、赤い瘴気が包み込む。

 その躰がぎこちなく動き出して、<死神>はまるで操縦の下手な吊り人形のように、あちらこちらへと動き出した。

 そして<死神>は、聖依の方へと迫る。


 しかしそれに対して、聖依は“待った”をかけた。


「それはさせない! 対抗呪文アンチ・スペル低位呪文無効化ロー・スペル・ジャマー』――!」



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


低位呪文無効化ロー・スペル・ジャマー


レベル1

対抗呪文


効果

 随時:相手がレベル3以下の呪文を発動した時に発動可能。その効果を無効にし、消滅させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



超速追撃クイック・ドローは無効化させてもらう!」


 <死神>を包み込んでいた瘴気が消える。

 激しく動いていた躰も、操り手がいなくなったかのようにぴたりと止まり、<死神>は沈黙していた。


「ちっ……!」


 嫌そうに舌打ちして見せたレナートだが、聖依にはその仕草が本心からのものだとは思えない。

 思わず眉をひそめる聖依だったが、彼なりにその理由は推察できている。


(……こうなることは予測しているはず! アイツの狙いはおそらく――!)


 そしてレナートもまた、自身の“演技”が見抜かれていることに気が付いてはいた。

 しかしそれは、彼にとってさほど問題にはならない。

 “真の目的”は達成しているのだから、内心ではほくそ笑んでいるばかりである。


(そう……これでいい。なにせ、厄介な対抗呪文アンチ・スペルを“消耗”させるのが狙いだからな!)


 2人の召喚士は表情という“仮面”で心を隠し、互いの腹の内にある“策略”を探りあっていた。

 睨み合いながらも僅かな笑みを浮かべる召喚士たちの様子は、ベリンダからすればとても異様な光景である。

 思わず彼女は、息を呑んでいた。


(わからない……。いったい何なのですか、この間は……この、“緊迫感”は!)


 彼女自身は気が付いていなかったが、ベリンダが抱いているのは“恐怖”だ。

 『少しでも物音を立てれば“殺される”』――そう錯覚させるほどの、本能的な恐れを感じ取っていたのである。


 ――そう、“使い魔”ではなく、“召喚士”自身から。


 そんなベリンダを置き去りにしているとも知らず、聖依とレナートはますます彼らだけの“世界”へとのめり込んでいく。

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