緊迫、“死神”の徘徊

 2人の屈強な男たちが、2体の案山子と対峙している。

 それは傍から見れば滑稽な様子ではあったが、この場にいる者たちは至って真剣である。

 レナート・ヴァレンティーノは、そんな緊張の中で次なる手を披露してみせた。


「来い、『モジュール・ユプシロン』!」


 地に現れる紋様は、黄色い4重の召喚陣。

 その中から、鉄板を張り合わせて作られたような、角のある歪な球体状の物体が現れる。

 その物体は、反応を示さない。ただ、底部からの噴射で、その場に浮かび上がっているのみである。


『コオォォォォォォッ……』



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モジュール・ユプシロン


レベル4

無命種・雷属性

戦闘力:500

受動技能

 反発磁場:このカードが迎撃を行う場合、戦闘を即座に終了させることができる。


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 『モジュール・ユプシロン』が召喚されたその瞬間――聖依の脳裏に様々な予測が浮かび上がる。

 その無数の思考は、聖依に取るべき選択肢を迷わせていた。


(あれは……“モジュール”カードの1体じゃないか。タイミング的に防御の要(かなめ)にするつもりで出しただけか? それとも――)


 いくつもの“可能性”の中で、聖依が最も恐れているものがある。

 それは彼を確かに窮地に追いやることのできる戦術であり、成立してしまうことを考えると身震いするほどの、強大な“力”であった。


(まさか、モジュールの“3体合体”を狙っている……!?)


 ――そう、“モジュール”のカードは、3枚そろうことでその真価を発揮する。

 今はレベル相応の使い魔だが、他の2体が現れた時……その瞬間こそ、聖依を追い詰めるほどの強力使い魔となって牙を剥くのだ。

 聖依はその強大な使い魔の姿を想像すると、戦慄した。


(いや、まだ判断はできない! あまり使いたくはないけど……ここは“あのカード”で様子を見る!)


 未知数の相手を前に、聖依は今まで使用をためらっていたカードの使用を決意する。

 それは聖依にとっては苦渋の決断であった。それほどまでに、彼にすら“御しがたい”カードであったのである。


「『13番目の<死神>』を召喚! こいつは強いぞっ!」


 地に、銀色の召喚陣が現れる。

 4重の円陣は、ユプシロンと同じレベル4の使い魔であることを示している。


 ――しかし、召喚された使い魔の“存在感”は圧倒的に違っていた。

 一見ただの置物のようにしか見えないユプシロンに対して、その“存在”は明らかに威圧的な雰囲気を放っている。

 その得体のしれない存在を前にして、後ろに控えているベリンダは……いや、召喚者である聖依すらも、恐怖した。


「な、なんなのですか……これはっ!」


「僕の使い魔だ! ……そのはずだっ!」


 そして“それ”は、唸った。


『ヴォォォォォォッ……』



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13番目の<死神>


レベル4(ユニーク)

影種・無属性

戦闘力:2000

受動技能

 送還不可:このカードは送還できない。

 不滅:このカードは戦闘の敗北によって消滅しない。但し、このカードが呪文・技能の対象となったターンはこの効果を適用しない。

 反転:終了フェイズ時に発動。相手はデッキからカードを5枚消滅させ、このカードのコントロールを得ることができる。

 啓示<死神>:このカードの召喚から3ターン後の終了フェイズ時に発動。このカードが召喚されている場合、このカードのコントローラはゲームに敗北する。


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 レナートは悟った。

 それは“死”だと。物体をかたどって顕現した、本能的恐怖の化身なのだと。

 鋭く光る大鎌を持ち、ボロボロのローブに身を包んだ足のない<死神>は、じっとレナートを見つめていた。レナートには、それが不気味で仕方がなかった。


 その正体を看破しても尚、レナートは恐怖を捨てることができない。

 それに加えて“驚愕”の感情まで加わるのだから、冷静さを保ち切れるわけなどなかった。


(あれは“アルカナ・シリーズ”の1体、『13番目の<死神>』! イベントで配布されたきり1度も再版されていない、なかなかの“レアカード”!)


 レナートは『13番目の<死神>』の“価値”を理解していた。

 その価値とは、カードとしての強さだけではない。希少価値――すなわち、オークションやカードショップで取引される場合の、金銭的な額を彼は把握しているのだ。

 その価格……日本円にして“万”にも届く額が設定されている。


 ――とても、カードゲームに興味のない人間が買うような代物ではないのである。

 たとえプレイヤーだとしても、おいそれと出せる額ではない。

 そんなカードを持っている意味を、レナートは彼なりの解釈で判断していた。


(こいつ……やはりただ者ではない! こんな奴を送り込んでくるとは、ソウジも相当に本気らしいな!)


 そんなレナートの思考など知らずに、聖依は次の手を打つ。


「そして『狂乱剣闘士グラディエーター』の技能スキル発動! 『マッド・マックス』!」



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狂乱きょうらん剣闘士グラディエーター


レベル1

霊長種・地属性

戦闘力:100

能動技能

 マッド・マックス:(コスト:自分デッキから2枚までの任意の枚数消滅)コストとして消滅させたカードの枚数×1000このカードの戦闘力に加える。また、このカードが戦闘を行った場合、戦闘終了後にこのカードを消滅させる。この効果はターン終了時まで適用される。


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「――デッキを1枚消費して、戦闘力を1000上げる!」


『ウォォォォッ!』


 聖依が技能スキルの使用を宣言すると、剣闘士グラディエーターが雄たけびを上げた。

 空気を震撼させるような狂気の声は、レナートの心臓にまで響く。

 これから振るわれるであろう“暴威”を、否が応でも認識させられる。



 『狂乱きょうらん剣闘士グラディエーター』 戦闘力:100 → 1100



 聖依の行動が終わったことを、レナートは直感的に認識した。

 そしてすかさず、宣言をする。


「……バトル! 案山子で攻撃!」


奴隷スレイヴッ!」


 案山子が体の向きを変えてクロスボウの照準を合わせると、奴隷スレイヴがその前に立ちはだかった。


 ――矢が、発射される。しかし、その矢が何かに突き刺さることはない。

 奴隷スレイヴの持つ鉄の盾に弾かれて、地に転がって、そして消滅するのみである。


『フンッ!』


 勝ち誇ったように奴隷スレイヴが鼻を鳴らすと、聖依もまた得意げに言い放った。


「『盾持ち奴隷スレイヴ』は1回だけ攻撃を耐える!」


「やはりそう来るか!」


「そして反撃だ! いけよ『狂乱剣闘士グラディエーター』!」


「『モジュール・ユプシロン』を盾にする!」


 血と錆のこびりついた青銅の剣を構えて、剣闘士グラディエーターは躍り出た。

 それを迎え撃つのは、正体のわからぬ謎の鉄板の球体――

 古き者と新しき物の闘いが幕を上げたかと思うと、その闘争劇は即座に中断された。


 ユプシロンの表面に青白い電流がほとばしった次の瞬間――剣闘士グラディエーターの躰は、押しのけられるようにして吹き飛んでいたのだ。

 まるで「戦う資格など無い」と言わんばかりに、見えない何かによって“拒絶”されたのである。

 剣闘士グラディエーターは全身から血を吹き出し、そのまま力尽きて消滅した。


「ユプシロンは1回だけ戦闘を拒否できる! だが、戦闘を行った事実は残り、剣闘士グラディエーターは消滅!」


「ちっ!」


「そしてすかさず、もう1体の案山子で攻撃!」


「返り討ちにしろ、<死神>!」


 レナートの命令を受けた案山子は、矢を発射した。

 しかしそれは、<死神>には通用しない。矢は、死神に触れると急速に錆び、朽ち果てたのである。

 そしてその次の瞬間――案山子の目の前から、<死神>は消えていた。


『ヴォォォォォォッ……』


 呻き声は、案山子の背後から聞こえていたのである。

 『案山子の射手』は、それに反応することはない。ただ黙って、自らの死を待っているのみ――

 そして、死神の大鎌は木偶を切り裂いた。


「『案山子の射手』撃破!」


 この結果を予測できていたレナートは、涼しい顔をしていた。

 しかしその心中では、肝を冷やしていたのである。


(当然そうなるだろうな! だが、<死神>を足止めしなければ、ユプシロンは奴の“餌食”になっていた……!)


 そう、レナートの狙いは、ユプシロンを“守る”ことだ。そのために、案山子に無謀な特攻をさせたのだ。

 当然、聖依だってその狙いは見抜いていた。しかし、対抗できる使い魔が<死神>以外にいなかったので、仕方なく<死神>を迎撃に回したのである。

 結果として<死神>は、ユプシロンを攻撃することができなくなってしまった。


 だが、その意味を理解できていないベリンダには、使い魔たちの闘いはただただ激しいものにしか見えていなかった。


(まだ始まったばかりだというのに、凄まじい攻防です! 条件は対等なのに、セイとここまで渡り合うなんて……!)


 これまで聖依が闘った相手は、何かしらの面で聖依よりも“有利”であった。

 ケインや子々津は、“惑星ジェイド”という世界での“闘い方”を知っていた。丑尾と寅丸は、“人数差”と“連携力”で聖依を圧倒した。

 だが、それらの相手と比べて、レナートには聖依に勝る圧倒的な“優位性アドバンテージ”は無い。ただ単純な“実力”のみで、拮抗しているのである。


 互いの大まかな力量を見抜いた2人は、称え合う。


「アンタ、なかなかやるじゃないか」


「そっちこそな。……だが、いいのか?」


「さて、何のことかな?」


 レナートの曖昧な質問に対して、とぼけるように答える聖依。

 そんな聖依に対して、レナートは行動で示して見せる。


「――こういうことだっ! 俺の下へ“来い”っ!」


 レナートが杖を掲げたその瞬間――

 確かに、場に“変化”が生じていた。

 その“変化”を感じ取ったベリンダは、絶望する。


「あっ……ああっ……!」


 レナートの召喚杖――その先端の花弁のような飾りのうちの1枚には、新たに“銀色”の光が灯っている。

 同時に、聖依の召喚杖からは輝きが1つ失われていた。


 しかしベリンダは、そんな些細な変容に気が付いたわけではない。

 彼女が視たものは、誰でも一目で気が付く程度の、とても“わかりやすい”ものであった。

 そう――


「<死神>がレナートの方へ行ってしまいましたぁぁぁぁっ!」


 聖依の使い魔であったはずの『13番目の<死神>』が、レナートの『モジュール・ユプシロン』と肩を並べていたのだ。

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