遭遇、その名は“レナート”

 聖依とベリンダは、ローブの男と対峙する。

 その黄色いローブの男もまた、聖依たちの様子に違和感を覚え始めている。

 それでも男は歩み寄ろうとしたのだが、聖依の一声によって静止させられた。


「止まれっ! ……それ以上は近づくな!」


「なんだ一体……ん?」


 ただならぬ気配を感じたローブの男は、状況を鋭く観察する。

 相手の顔、視線の先、足元――

 そして、その手が構えている棒状の物体を認めると、男は無意識に“敵意”を発していた。


(あれは“召喚杖”!? ということは……!)


 男の中で、聖依とベリンダの正体はすでに見当がついている。

 召喚杖を見た一瞬のうちに、男の脳は彼なりの答えを導き出していたのだ。


「なるほど……貴様ら“ソウジ”の手先か!」


「そんな名前のやつは知らない! そういうアンタは召喚教団の人間だな!」


 聞き覚えのない名前に辟易する聖依だが、一歩も引かずに応えて見せる。

 その姿はまるで、誰彼構わずに噛みつく“狂犬”のようであった。


 そしてそんな“狂犬”は、聖依だけではない。

 男もまた、聖依の言葉に対して聞く耳など持とうともしない。


「とぼけるなよ! 俺を追ってくる“召喚士”が、奴の息のかかっていない人間なわけはないだろう!」


 互いが互いに、それぞれを“敵”と認めあい、睨みを利かせ合う。

 ベリンダはそれをそれを不思議そうに見つめていたが、彼女に割って入れる余地などはなかった。


 そして男は、名乗りを上げる。

 おのが敵に、おのれの正当性を示すが如く、名を言って聞かせてみせる。


「――知っているだろうが教えてやる! この俺が“レナート・ヴァレンティーノ”だ!」


 それはその男――レナートにとって、“開戦”の狼煙であった。

 名を示すということが、避けられぬ闘いの合図であると、彼自身は思っているのだ。


 だがそんな事情を知らない聖依には、全く関係のない話である。

 困惑を隠しつつも、それを勝負の申し入れと判断した聖依は、闘争心をさらに湧き上がらせる。


「よくわからないが……とにかく“敵”であることに間違いはないっ!」


「さあ、うだうだと無駄口をたたいてないで、さっさと“遊闘ゲーム”を始めようじゃないか!」


「望むところだっ!」


 レナートが杖を構えると、聖依もまた構える。

 互いの召喚杖の先端にある“花弁”のような板が展開し、煌めく。

 その光こそが、それぞれの闘志を示している。だが――


 向かい合う2人は、沈黙したまま一向に動こうとしなかった。


(……中々動かない! まさか、“先攻”は“不利”だって知っているのか?)


 聖依は推察する。目の前の、レナート・ヴァレンティーノの実力を。

 判断材料は、自身の感じている威圧感と、今この状況で迂闊に動かないことのみであった。

 しかし、レナートの浮かべる不敵な笑みは、聖依を僅かながらに焦らせていたのである。


 “エレメンタルサモナー”というゲームにおいては、基本的に先攻が不利となる。

 ターン中に互いのプレイヤーが交互に使い魔を召喚し、そのあとで戦闘を行わせるルールである以上、敵の動向を見てから後出しができる後攻は圧倒的に有利なのである。

 2ターン目以降は前ターンの戦闘での勝ちの数が多い方が先攻になるため、そこにプレイヤー同士の駆け引きが生まれるのだが、初めのターンだけはそうはいかない。


 ただの“ゲーム”であればジャンケンで決めることなのだが、命を懸けた殺し合いにおいては、そんなことなどできるはずもない。

 結果として、“睨み合い”が始まる。先に動いた方が“不利”になるのだが、だからといって油断しながら相手が動くのを待つわけにもいかない。


(2人とも動きません……一体、何をしているのでしょうか……?)


 聖依とレナートは、ピタリとも動かない。2人の様子はまるで、剣の達人同士の立ち合いようでもあった。

 先に動いた方が、隙を突かれて切られてしまいかねない――そんな、切迫した状況である。

 だが、ベリンダのような傍観者に、その気迫の応酬はわかるはずもなかった。


(……仕方ない、こちらから仕掛けてやる!)


 そして、そんな緊迫の中で先に動いたのは、聖依であった。

 杖をかざし、使い魔を召喚する聖依。


「行くぞ! 『ゴブリンの兵隊』、2体召喚!」


 地に、1重の召喚陣が2つ展開した。

 その中から現れるのは、2体の小人――ボロボロの布切れを纏い、ささくれた棍棒を握った、緑色の小鬼たちであった。

 そしてその口からは、醜い笑い声が漏れていた。


『ギゴゴゴゴゴゴゴ……!』


『ギバババババババ……!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


ゴブリンの兵隊


レベル1

妖精種・地属性

戦闘力:150

受動技能

 援軍要請:この使い魔が戦闘の敗北によって消滅したとき、デッキからレベル1使い魔を召喚することができる。この技能で召喚した使い魔は送還できない。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 ベリンダは、顕現したその姿に驚く。


「あれは丑尾のゴブリンのカード! 大丈夫なのですか!?」


 そう、なまじ見覚えがあったがために、彼女の心には不安が生まれていたのだ。

 聖依は答えない。ベリンダを“安心”させるということは、敵に情報を与えることにつながりかねないからだ。

 故に、視線だけを送る。眼差しだけで、ベリンダの心に訴えかける。


(確かに、これは丑尾のデッキから抜き取ったものだけど……“使い方”さえ間違えなければ心強いカードだ!)


 レナートは、そんな2人の様子など見てはいない。

 彼が見ているのは、“盤面”だけであった。

 召喚されたゴブリンの数を数えて、心の内で感心するレナート。


(なるほど。ゴブリンを“3体”ではなく、“2体”だけ召喚したか……)


 最初に保有しているはずの“3”の召喚力ならば、“3体”召喚できるはずの“レベル1”使い魔たち――

 それを敢えて温存する意味を、レナートは知っている。


(これなら俺が『アロー・レイン』のような広域殲滅呪文を使ったとしても、残している“1”の召喚力で対処されてしまう。……いや、たとえ対処ができないのだとしても、可能性を“匂わされる”だけで、こちらとしては躊躇せざるを得ない)


 それが高度に練られた“戦術”の一端であると見抜いたレナートは、聖依の実力を高く見積もった。


(――この男、“出来る奴”かもしれない!)


 レナートは敵の“格”を仮定して、全力で挑むことを決意した。

 彼には、カードの消耗を気にしなければならない理由がある。

 しかしそれでも、そんなことを気にしていては勝てない相手であると、レナートの本能は理解したのだ。


「ならば俺は、『デコイ・ポッド』と2体の『案山子の射手』を召喚する!」


 地に、1重の召喚陣が3つ現れる。

 そのうちの2つは地面よりも鮮やかな茶色で、残る1つは迸る稲妻を彷彿とさせる黄色の光――

 レナートの使い魔たちが、姿を現す。


『……ピピピッ……ピピッ…………』


『……』


『……ギィ……』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


デコイ・ポッド


レベル1

無命種・雷属性

戦闘力:0

受動技能

 還元:この使い魔が迎撃に出た場合、この使い魔の敗北時に自分の召喚力を1回復する。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


案山子の射手


レベル1

無命種・地属性

戦闘力:1000

受動技能

 無防備:この使い魔が迎撃する時、この使い魔の戦闘力は0になる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 1体は、断続的に無機質な音を電子音を鳴らす、浮遊する球体状の機械。

 残る2体は、手に当たる部分にクロスボウを括りつけられた、軋みを上げている案山子かかし

 聖依はその姿を認めると、ゴブリンのうちの1体に指示を出した。


「行くぞ! 攻撃だ、ゴブリン!」


『ギャギャギャギャギャギャッ!』


 奇声を上げながら、ゴブリンは突撃した。

 その前に、ふよふよと移動する物体が現れ、ゴブリンを阻む。


「『デコイ・ポッド』!」


『ピーピーピー……』


 ゴブリンの前に立ちはだかった『デコイ・ポッド』は、何をするわけでもなく、ゴブリンの棍棒によって叩き落された。

 ドラム缶の腹を突いたような鈍い音が響くと、『デコイ・ポッド』は地に墜落して砕け散る。

 バラバラの電子部品となって、それはやがて細かい光の粒に分解された。


「『デコイ・ポッド』撃破!」


 しかし『デコイ・ポッド』の残滓は、消えなかった。

 レナートの持つ召喚杖へと吸い込まれるようにして取り込まれ、再び彼の“召喚力”となって還元されたのである。


「ふん……わかっているだろうが、それはただの“盾”だ! 『案山子の射手』、攻撃!」


『ギィィィィ……』


 レナートの声に応えて、『案山子の射手』の1体が、木組みの躰をきしませて反応する。

 地に突き刺さった1本足を軸にして、案山子は向きを変える。

 そうしてクロスボウの先をゴブリンに向けると――


 矢が、発射された。


『グギャ――!』


 額に矢が突き刺さったゴブリンは、短い悲鳴を上げて倒れ伏す。

 地には毒々しい青紫色の体液が流れ出ていて、誰の目から見ても助かりそうもない惨状であった。


「『ゴブリンの兵隊』射殺!」


「だがこの瞬間、ゴブリンの技能スキルが発動!」


 ――だが聖依の宣言と共に、『ゴブリンの兵隊』は死力を振り絞って顎を上げる。

 そして、2度3度と口をパクパク開くと――次の瞬間には、鼓膜が破れるのではないかと思うほどの凄まじい悲鳴が木霊していた。


『……グ、グギャギャギャギャギャァァァッ!』


 思わずベリンダは耳を塞ぐが、聖依とレナートは動かない。

 2人の召喚士たちは、その声に攻撃性が無いことを知っているから、動じなかったのである。

 その様子を不思議に思ったベリンダは、喧しい騒音の中で場を冷静に注視した。そして、気付く。


「あっ! ゴブリンの口に“召喚力”が集まっています!」


「そう! ゴブリンは死に際に、仲間の使い魔ファミリアび寄せる断末魔を放つ!」


 ゴブリンが力尽きて消滅し始めると、地に召喚陣が現れた。

 召喚陣は1重の茶色――その中から、屈強な戦士が顕現する。


「――来いよ! 『盾持ち奴隷スレイヴ』!」


『ハアッ!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


盾持ち奴隷スレイブ


レベル1

霊長種・地属性

戦闘力:0

受動技能

 シールド・ガード:このカードは1ターンに1度のみ、戦闘の敗北によって消滅しない。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



(『盾持ち奴隷スレイヴ』! レベル1の代表的な下級盾型使い魔ファミリア!)


 レナートは、その使い魔の力を知っている。

 一見、戦闘能力を持たない無力な低位使い魔――

 だがその実、たった“1”の召喚力で1ターンに2回は確実に攻撃を阻むことができる、かなりの“パワーカード”であると、レナートは認識できている。


 使い捨ての“肉壁”であるゴブリンと、本命の“盾”である奴隷スレイヴ――

 そのコンビネーションは、レナートに脅威を感じさせるに十分な堅牢さを誇っていた。


(なるほど……奴が先攻を選べたのは、この“鉄壁”の布陣を敷けるからだったのか!)


 さながら、ゴブリンは表面を覆う“土壁”。奴隷スレイヴは、その中に敷かれたぶ厚い“鋼板”――

 レナートには既に、目の前が“城壁”にしか見えていなかった。難攻不落で、突けば反撃を喰らう、そんな“城塞”である。

 これ以上に手を出すことをレナートの本能は恐怖していたが、勝つためにはこの陣形を打ち崩していく他は無いのだから、彼は仕方なしに次の指示を出す。


「ちっ! もう1体のゴブリンも射殺しろ!」


『ギギギッ……』


 もう1体の案山子が、生き残っているゴブリンに狙いをつけ、矢を発射する。

 放たれた矢が、ゴブリンを射抜く。1体目のゴブリンと同じように、奇声を発すると屍を晒す。


『ギャギャァァァッ!』


「あっ! ゴブリンが全滅してしまいました!」


「予定調和だ! さあ来い!」


 現れた召喚陣は、またしても茶色い1重であった。

 その中から現れたのは、やはり人型の使い魔である。

 しかし、1体目とは決定的に違うところがあった。それは、先ほど召喚されたのが“盾”の使い魔であるのに対し、こちらは“剣”の使い魔である。


 そして聖依は高らかに、その名を叫んだ。


「――『狂乱剣闘士グラディエーター』!


『フンッ!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


狂乱きょうらん剣闘士グラディエーター


レベル1

霊長種・地属性

戦闘力:100

能動技能

 マッド・マックス:(コスト:自分デッキから2枚までの任意の枚数消滅)コストとして消滅させたカードの枚数×1000このカードの戦闘力に加える。また、このカードが戦闘を行った場合、戦闘終了後にこのカードを消滅させる。この効果はターン終了時まで適用される。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 聖依の場には2体、レナートの場にも2体の使い魔が存在している。

 にもかかわらず、レナートは気圧されていた。


(今度は一瞬だけ強力な戦闘力を付加できる『狂乱剣闘士グラディエーター』だと!)


 ――なぜならば、召喚されたのがレナートの予想とは違う使い魔であったからである。

 彼は、『盾持ち奴隷スレイヴ』を2体並べて強固な守りの陣形を構築するものだと考えていた。

 しかし、実際に召喚されたのはその真逆……攻撃能力に特化した、『狂乱剣闘士グラディエーター』のカードであった。


(だが、2体目の『盾持ち奴隷スレイヴ』を召喚しなかったということは、奴は“反撃”に転じて来るはず! 勝負はここからというわけか!)


 “遊闘ゲーム”はまだ始まったばかり――

 だというのにレナートは、既に“闘争本能”をむき出しにして勝負に臨んでいる。

 そしてそれは、聖依も同じことが言えるのであった。

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