旅立、“次なる地”へ

 “召喚教団”を敵に回したことで、“イースト”を追放された聖依とベリンダ。

 行く当てもない聖依は、黙って進むベリンダの後を着いていた。

 その足取りは重く、足元に暗い影を落としている。


「……で、どこへ行くつもりなんだ? 来た道とは違うみたいだけど……」


 ここは、代わり映えのない林道。

 “惑星ジェイド”ではさして珍しくもない、木陰のかかった薄暗い街道であった。

 首都“イースト”のような喧騒はなく、風のざわめきだけが時折響く。


 しかし、そこは確かに“ガーネット邸”から“イースト”へ向かう道とは違うのである。

 不思議に思った聖依は、イーストを発って以来初めての言葉を投げかけていた。

 ベリンダは振り返らず、足も止めずに答える。


「セイ……私たちの目的は、“反教団同盟”の結成です」


「それは何となくわかってるよ」


「そのためにはまず、“五氏族”が結束する必要がありました。しかし――」


 聖依には、ベリンダの表情は見えない。

 しかしその背中から聖依は、“哀しみ”のようなものを感じ取っていた。


「その中で最大の力を持つ“ジェイド家”の助力は、得ることができませんでした」


「……そうだな」


 そのことに関して聖依は山ほど言いたいことがあったのだが、ベリンダの心中を察して、口に出すことはしなかった。


(今思い出すだけでも腹が立ってくる……!)


 行き場のない苛立ちが、聖依の胸にこみあげる。

 エルメイダ・ジェイド――この世界で最高の権力を持つ女の顔を思い出した聖依は、思わず歯噛みをしていた。

 聖依からすれば散々に突き放されるようなことをされて来たのだから、印象がいいわけなどない。


 そんな聖依の気持ちを知ってか知らずか、ベリンダは話を先へと進める。

 次なる目標――“決意”とでも言うべき命題を、聖依の前で掲げて見せる。


「こうなれば、ほかの“五氏族”全ての協力を取り付けるほかありません。それならば、陛下のお心もきっと変わるはず……」


「随分と力技だな。1番偉いのを説得できなかったのに、他はどうにかできる当てでもあるのか?」


「あります。少なくとも、今向かっている先だけは……」


 ベリンダの視線は、遥か先を見据えていた。

 その先にある、今はまだ見えぬ次の目的地へと思いを馳せ、その地を治めている領主のことを思い浮かべるベリンダ。


「この先にある“ラピスラズリ領”を治めているのは、ラピス・ラピスラズリ……私にとって姉のような人なのです。彼女ならば、きっと私の言葉にも耳を傾けてくれるでしょう」


「随分と信用してるんだな」


「はい。以前貴方には、『我が家を追い出されても当てはある』と言いましたが――それこそが、ラピスラズリ領なのです」


 聖依は思い返す。“転生”してから今現在までの軌跡――“惑星ジェイド”で体験した、数々の出来事を。

 この異世界へと送り飛ばされて、ベリンダに頼まれてケインと闘い、そのままベリンダの家であるガーネット邸へと招待され、異世界“惑星ジェイド”の窮状を訴えられる――


 そこまで思い出して、ようやく聖依はベリンダの言葉の意味を理解していた。


(子々津が来たから有耶無耶になってたけど、そういえばそういう話もあったっけ……)


 そう、それはガーネット邸での言葉であった。

 ガーネット家の当主によって退去を命じられた聖依に、確かにベリンダは次の当てを提示しようとしていたのだ。

 それを聞かぬうちに子々津謙太による突然の襲撃があったものだから、聖依の頭はそんな経緯があったことを完全に忘れていた。


「なるほど……それだけ“信用”できるって言うなら、行ってみる価値はあるか」


 聖依はベリンダの判断を受け入れた。


 ――そして、目つきを鋭いものへと変える。

 目の前を――道の先を睨む聖依。


「ところで――どれか1つだけでいい。デッキをくれないか?」


「デ、デッキを……? 何に使うのですか?」


「前をよく見るんだ」


 聖依に促され、ベリンダは目を凝らす。

 人体がわずかに帯びている“召喚力”。その力を“視る”ことのできるベリンダには、聖依よりもわかりやすくくっきりと、前からやってきている人の姿が見えていた。

 今まで見えていなかったのは、これから先のことばかりを考えすぎていて、目の前を見ていなかったからだ。


 その人影は、点のようにしか見えないほどに未だ遠い。

 しかし、特徴的な格好をしていることだけは、遠目でも判別できた。


「あれは――誰かこっちに来ています! まさか、あのローブは……」


「そういうことだ、わかったら早くしてくれ」


「は、はいっ。……どうぞ!」


 ベリンダは、子々津の持っていたもの以外から一本の“召喚杖”を無作為に選び、その中からデッキを取り出して聖依へ手渡す。

 受け取った聖依がデッキを流し見ている横で、ベリンダは焦りを隠せない。


「もしあれが“召喚教団”の刺客なら私も――!」


「いや、僕1人でいい。付け焼刃の連携は、足の引っ張り合いになりやすい」


「イーストでは協力して打ち倒したではありませんか!」


 ベリンダがそそっかしく語り掛ける一方で、聖依は冷静にデッキの中からカードを選び、抜き取っている。


「あんなのは偶然だ。結果的にうまくいったし感謝してるけど、下手をすると僕の作戦を“潰されていた”可能性だってある」


「そんな――!」


 最終的に5枚のカードを選択した聖依は、受け取ったデッキの残りを押し戻すようにベリンダへと返した。

 そして、ウエストポーチから1枚のカードを取り出し、選び出したカードと合わせて計6枚のカードを自らのデッキに加える。

 そして最後に『ソニック・スパロー』のカードを抜き取ってポーチに戻すと、20枚のカード・デッキが完成した。


 その間に合わせデッキの完成度を反芻している傍らで、聖依は2人組の顔を思い出していた。


(それを考えると、丑尾と寅丸の連携はそこそこ上出来だったってわけか……)


 今になって聖依は、かつての敵を評価する。

 それはあくまでも相対的な評価ではあったが、今この状況において聖依は羨ましく思っていた。


 ――だがしかし、目の前の遥か先から近づいてくる男を改めて一睨みしてみると、聖依は考えを改める。


「それに……うまくは言えないけど、あれは“危険”な感じがする……!」


 直感が、“そんなもの”が通用する相手ではないと聖依に理解させる。

 聖依は、“強者”が放つ特有の雰囲気――あるいは、“闘気オーラ”とでも呼ぶべき迫力を、その男が放っていることに気が付いたのだ。

 その直感は、未だ聖依に誤った情報を与えたことはない。


(“アレ”を相手に、ベリンダさんをフォローしながら戦うのは無理だ!)


 前の闘いでは、ベリンダの介入によって勝利を得ることは出来た。

 しかしそれは、明確な勝利への道筋があったからこそであり、聖依がベリンダの心配をする必要のない状況であったからだ。

 大したことのない相手であるならともかく、確実な“強敵”を相手にそのようなことは出来ないと聖依は考える。


 聖依がそんなことを考えている間にも、男は既に声の届く場所まで来ていた。

 黄色いローブの男は手を挙げて、はっきりとした声で聖依たちに話しかける。


「すまない! 道を尋ねたいのだが――!」


 ローブの男は聖依の思っていた以上に気安く声をかけてきたが、聖依は警戒を解かない。

 なぜならば――その男の手にも、確かに“召喚杖”が握られていたからである。

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