第2章 召喚教団の脅威

脱走、謎の“イタリア人”

 “召喚教皇”の招集に応じた、“五曜司祭”たちに告げられた事実――

 それは、送り出した2人の教団員が、“銀色の召喚士”と呼ばれる男に敗れたという結果であった。

 司祭たちは、一様に落ち込んでいる。あるいは、そんなそぶりを見せていた。


 ――ただ1人、“劫火司祭”アレクシスを除いて。


「ハハハハハッ! やっぱ、俺の言った通りになったな!」


「ぐっ……!」


 アレクシスの言葉に反応したのは、今回の作戦の立案者である“流水司祭”エレインである。

 苦虫を噛み潰したような表情を一瞬だけ見せると、すぐに余裕を取り戻したように振舞いだすエレイン。


「だ、だが……有効な手段であることは証明されたはず! そうでしょう、“召喚教皇”様っ!」


「……」


 エレインは“召喚教皇”に問うが、返事は無い。

 ただ黙って、彼女ら“五曜司祭”たちを見下すのみである。

 その態度が“否定ではない”と決めつけたエレインは、言い訳を重ねるように言葉を続けた。


「そうだ! 今度は3人……いや、5人送り出せば――!」


「……エレインッ!」


 しかし、そんな彼女の言い分を阻む声が響く。

 物音1つが反響する薄暗い空間の中で、その怒声はエレインの度肝を抜いた。


 ――いや、エレインだけではない。

 その声の主以外で動じていないのは、“召喚教皇”ただ1人のみである。

 声を発していたのは、“大地司祭”イワンであった。その表情は、怒りに歪んでいる。


「貴様が送り出したのは、俺の部下たちだ……! この落とし前、どうつけるつもりなのだ!」


「だが、敵の“戦力”を計ることは出来た。この次は失敗しない。それでいいだろう?」


「それを“アイツら”の前で言えるのか! 貴様はっ!」


 エレインはあくまでも冷静に答えたのだが、そんな態度がイワンの怒りの炎に油を注ぐ形となった。

 イワンはさらに激しさを増し、エレインを責め立てる。椅子から立ち上がって、詰め寄る。


 そんな彼を諫めたのは、その場にいる誰もが意外に思う人物であった。


「よせよ、何も解決しねえぜ」


 そう、先ほどまで散々にエレインを煽り立てていた、アレクシスである。

 そこには、ついさっきまでの人を見下した態度はない。哀れむような真顔と、諭すような声音がそれを物語っていた。


「だがこの女は――!」


「第一、アンタにだって責任はある。この俺の“忠告”を無視して、エレインなんぞに人を貸しちまったんだからな」


 そう、確かにアレクシスは、「失敗する」と断言していたのだ。

 それは、“五曜司祭”全員に対する忠告でもあった。

 イワンはそうとは受け取っていなかったのだが、そんな彼にも己の浅はかさを悔いることは出来ていた。


「……貴様の“忠告”とやらはともかく、俺にも落ち度があるのは確かなのかもしれんな」


 冷静になったイワンは、自席へと戻る。

 ドスンと体重をかけて椅子に座ると、頭を抱えて顔をしかめるイワン。

 ひとしきりの後悔を見せた彼は、再び顔を上げて告げる。


「だが、次はない。エレイン……いや、誰であってもだ。次からはもっと綿密な計画を立てない限り、俺は――」


「……もうよい!」


 「力を貸さない」――

 イワンが宣言しようとしたそのとき、それを遮る声があった。

 暗闇の中で良く響くその声は、彼らを高みから見下している存在――すなわち、“召喚教皇”のものである。


「もう、その件で話し合う必要などないのだ。“五曜司祭”たちよ……」


「どういうことなのです、“召喚教皇”様。では、我らをここに集めた理由とは……?」


 エレインは問う。

 “五曜司祭”の中で、最も召喚教皇への忠誠心が厚いと自負している彼女は、この場にいる者を代表するような気持ちで質問する。


「既に、“暴風司祭”ソウジは、知っておろう……」


 召喚教皇の、フードの下に隠れた瞳が、ソウジを睨んだ。

 そのソウジは、歯ぎしりでもしているのではないかというほどに、強く食いしばって険しい顔をしていた。


 そして召喚教皇は大きく腕を広げ、事の“重大さ”を訴える。


「そう! 我が教団から、多くの“脱走者”が出た!」


「な、なんとっ!?」


 エレインは――いや、エレイン“だけ”が、驚愕の声を上げた。

 アレクシスとイワンは表情を変えずに沈黙し、ソウジは悔しそうに呻いていて、“轟雷司祭”ルチアは居眠りを始めていた。

 そんな中でのエレインの反応は、非常にわざとらしく見えるものになっていた。


「多くの“召喚杖”が流出した! 回収は困難であろう!」


「で、では――!」


「こうなれば、“計画”の発動を前倒しにするほかあるまい! もはや、“銀色の召喚士”などに構っている場合ではない!」


 “計画”――

 それは、召喚教団が“目的”を果たすための道程であり、教団自体の“存在意義”でもある。

 その内容は五曜司祭ですら知らず、把握しているのは召喚教皇ただ1人であった。


 エレイン以外の五曜司祭たちも、その言葉にだけは興味を隠せない。

 関心のなさそうなアレクシスやイワンも視線を移していたし、舟を漕いでいたルチアも目を半開きにしていた。

 全員が耳を傾けたことを悟った“召喚教皇”は、口元に笑みを浮かべる。


「近いうちに仔細を語ろう! “五曜司祭”たちよ、そのつもりでいるのだぞ!」


 それだけを言い残すと、“召喚教皇”は闇へと消えた。

 緊張から生まれる一瞬の沈黙が、“解散”の旨を告げていた。


「……ん。おわった? じゃ、ルチアもどる」


「俺も失礼するが……これだけは言っておく。今回のこと、俺は決して許したわけではないからな」


「ふん。そういうことは召喚教皇様の役に立ってから言うのだな」


 ルチア、イワン、エレインの3人は、一言だけ発するとそれぞれ去っていく。

 アレクシスは動かない。彼にはまだ、この場でやっておきたいことが残っていた。


「……では私も――」


「おっと――ソウジ、アンタは待ってもらおうか」


「何ですか? 私は忙しいのですよ」


 アレクシスの声掛けに対して、ソウジは鬱陶しそうな強い語調で返す。

 それはアレクシスにとって、普段の温厚なソウジの物腰からは、あまり想像できなかった態度であった。

 その様子を“ただ事ではない”と感じたアレクシスは、思わず本来の目的を忘れて問いかけていた。


「へえ、なんかあったのかよ」


「ええ……脱走者たちを率いていたのは、“あの男”なのです」


「ああ……あの“イタリア人ウォップ”ね。そりゃ、アイツにご執心なアンタにとっちゃ一大事か……」


 ソウジのいう“男”の存在を、アレクシスは知っている。

 その“男”はアレクシスの興味を惹く人物ではあったが、詳しいことまでは知らなかった。

 知っているのは、顔と名前と国籍と――


 そして、暴風司祭ソウジと、何らかの“因縁”があるという事だけである。


「邪魔して悪かったな。俺の用事は今度頼むわ」


「ええ……そうしていただけると助かります」


 アレクシスは用事を諦めて立ち去った。

 背後からは、ソウジの悔しそうな唸り声が響いている。


(しかし……あのイタリア人ウォップけちまったか……)


 その“男”の脱退を、アレクシスは残念に思っていた。

 話したことこそなかったのだが、アレクシスは確かに興味を抱いていたし、“友達”にすらなりたいと考えていたのだ。

 だが――


(“アイツ”程じゃないが、こりゃ面白そうだぜ……!)


 アレクシスは、それ以上に“喜んで”いた。


 教団の中でも上位の力を持つソウジに、辛酸をなめさせるほどの相手――

 そんな新たなる“強敵”の出現に、アレクシスは胸の高揚を抑えることは出来なかった。

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