追放、そして“救世”の旅へ

 力尽きた丑尾の肉体が消滅していくことを確認すると、キースは口を開く。


「……終わったのか?」


「いいえ、まだです。“召喚教団”は彼らだけではありません」


「そうだ。こんな奴らを野放しにしていたら、この世界は“無法地帯”と化してしまう」


 聖依の言い分は、確かにキースに伝わっていた。

 だがしかし、それを認めるわけにはいかず、キースは難色を示すように唸る。

 教団との“共存”は彼の主君が決めたものであり、彼自身の考えではないからだ。


「言いたいことはわかるが、それを陛下が――」


「――これは何事か!」


 キースが苦言を呈する、その寸前――

 何人かの供たちに囲まれて、1人の女性がやってきた。

 その女性とは――


「へ、陛下!」


 そう、キースの主君である、エルメイダ・ジェイドその人であった。


「キース、妾に報告せよ。……いや、やはりよい」


 エルメイダはキースに命令したかと思うと、それを撤回して1人で勝手に悩みだす。


 彼女は辺りを眺めた。

 地に落ちた2本の召喚杖と、いくつかの召喚力の“残滓”が、その目に映る。


(この“召喚力”――消滅した使い魔の物と、人間の物か……。だとすれば、答えは1つしかあるまい)


 エルメイダも、ベリンダ同様に“召喚力”を視ることができるのだ。

 彼女の場合は、ベリンダと違って“緑”の力のみを、その目に捉えることができる。

 その力で、人や使い魔が消滅した際の“残滓”を視認しているのであった。


「なるほど……教団の者が現れ、カガミ・セイとベリンダがこれを迎え撃った――といったところか」


「な、なぜわかったのです!」


「妾の目は節穴ではない。その程度、状況からでも把握は出来る」


 エルメイダの的確な推理は、ベリンダを驚かせる。

 しかし、そんなことで状況が変わるわけでもない。

 エルメイダは、“危惧”しているのだから。


「しかし……やってくれたな、“渡世人”。それに、ベリンダよ」


「仕方がないだろ! こうしなきゃ、こっちがやられてた!」


「で、あろうな。だが、それで済ますわけにはいかぬのだ」


 聖依が噛みつくように反論するが、エルメイダは一蹴する。

 彼女は危機感を表には出していないが、状況は一刻を要しているのだ。

 言葉を選んでいる余裕のないエルメイダは、容赦なく告げる。


「野良の召喚士が教団に盾付こうと、それは妾たち“現世人”には係わりなきこと。だが――」


 エルメイダは、ベリンダを睨んだ。

 その眼光は鋭く、“事の重大さ”を誰もが想像し始めた。

 聖依も、その迫力の前には押し黙るしかない。


「我らは召喚教団との“同盟”を望んでいる。最低でも、“縁のない者の犯行”であることと、彼奴らには説明せねばならぬ。さもなくば、我らに“未来”はない」


「つまり――どういうことですか!」


 ベリンダが問う。

 理解をしていないわけではない。エルメイダの話を聞いた上で、その結論を聞いているのだ。

 エルメイダは応える――


「ベリンダ、それにカガミ・セイよ――」


 聖依たちの行い。

 その“罪”の重さと、その“代償”を。


「エルメイダ・ジェイドの名において、そなたたちの“追放”をここに宣言する!」


「なっ――!?」


 聖依は、仰天した。

 自らの命を脅かすものを排除しただけなのに、理不尽な“罰”を受けている――

 そういう認識になってしまったために、聖依の怒りは激しかった。


(ふざけるなよ! 何故、そんな風に言われなければならない! そっちの勝手な都合だろうに!)


 聖依は人々のために戦っているつもりは無かったが、裏切られたような気分を感じていた。


 逆にベリンダはこの結末を、すんなりと受け入れている。

 彼女の中では、既に整理はついていたのだ。

 “人殺し”を行った時点で、覚悟はしていたのだ。


(“追放”――わかってはいましたが……。いや、その程度で済むのなら、ありがたいことです……)


 この措置がエルメイダの“温情”であると、ベリンダは解釈していた。

 聖依とは正反対に、信頼に応えてくれたのだと、恩を感じていたのだ。


 そして、そんな彼らに追い打ちをかけるが如く、エルメイダは告げる。


「今後、この“イースト”に足を踏み入れることは叶わぬと思え!」


 ――その言葉を聞いた瞬間、聖依は怒りを爆発させた。


「待てよ! それは横暴じゃあないのか!」


「口を慎め、カガミ・セイ! ……陛下の決定は絶対だ!」


 キースはそんな聖依を嗜めようとするのだが、彼の心にも“迷い”が生じていた。

 現に、エルメイダの偉大さを説こうとしたその時――確かに口ごもったのだ。


「でも、そんなの――!」


「よいのです!」


 尚も反論を続けようとする聖依を、ベリンダは声で制止する。

 彼女は聖依の手をつかんで引くと、退去を促す。

 聖依は、その顔に浮かび上がりそうな“涙”を見逃さなかった。


「行きましょう、セイ」


「……ここで退いてちゃ、“味方”なんて絶対作れないぞ!」


「此度のことは私が軽率だったのが悪いのです」


 聖依はベリンダのことを思って忠告したのだが、当のベリンダは“自分のせいだ”と言う。

 それ以上責める気になれなかった聖依は、大人しく口をつぐんだ。

 その様子を認めたベリンダは、エルメイダに一例をする。


 ――最後の忠義になると、自らの心に言い聞かせながら。


「陛下にも、ご迷惑をおかけします」


「よい。措置は変えられぬが、無礼は許そう」


「ありがとうございます。では、失礼致します……」


 ベリンダがエルメイダに背を向けて、歩き出す。

 聖依は両者を交互に見ていたが、やがて気まずくなってベリンダについていく。

 エルメイダとキースは、その背中を見守っていた。


「……ちっ!」


 後味の悪さを味わう聖依は、思わず舌打ちをしていた。





 立ち去る聖依たちの背中が離れていくと、キースは突然に切り出す。

 他にいたエルメイダの側近たちはキースに代わって、去り行くベリンダたちの監視についていた。

 キースの声は、エルメイダにのみ届いている。


「陛下。私の“独り言”を聞いてはいただけないでしょうか」


「……申してみよ。妾は“聞き流す”」


「ありがとうございます。では――」


 許諾を得たキースは、静かに語りだす。


「……実のところ、私も教団との同盟には反対です。先ほどの闘いを見て、その思いはさらに深まりました」


 視線の先は、離れ行く聖依とベリンダに向いたままである。

 キースもエルメイダも、互いに視線を合わせることはない。

 キースには後ろめたさがあったし、エルメイダはその言葉を聞き入れるわけにはいかなかったからだ。


「かといって、我らには対抗手段がないことも事実……と思っていました。しかし、ベリンダ嬢は“絵札召喚術”を成功させたのです」


 段々と言葉に感情がこもってきたキースは、エルメイダに向き直っていた。

 “独り言”という体は忘れ去られて、キースの言葉は“具申”へと変わりつつあったのである。

 それが許されることでないからこそ、“独り言”であったというのに。


「ならば、彼女の言葉は信じるに値するのではないでしょうか! あの“召喚杖”を我らも作ることさえできれば――」


「キースよ」


 熱くなったキースを諫めたのは、エルメイダの一言であった。

 そして彼女もまた、キースの“独り言”に答えるように、語りだす。


「これは“独り言”だが……杖があっても“絵札”がそろえられぬのだ」


「あっ……!」


「あれは異界よりの“漂流物”。渡世人と同じく、我らの意思では生み出すことは出来ぬ。だが――」


 キースは、自身の考えに1つの“穴”があったことに気付かされた。

 それは、“遊闘ゲーム”執行中の第三者視点ではあまり意識されない、“絵札カード”の存在である。

 彼らは、それをどのように入手するのかは知りえない。ただ、“異界”から渡ってきたものであることしか、わからないのであった。


 しかし、エルメイダは自身の発言に付け加える。


「それさえどうにかできるのであれば、状況は変わる」


「では――!」


「――が、我らが大々的に動くことは、召喚教団に反逆の意思を示すことに他ならぬ。それでは、事が成る前に潰されてしまう」


 エルメイダは、キースの考えを一蹴した。

 それでもキースは、この問答が無意味であったとは思っていない。

 彼は、自らの主君の慧眼を再認識したのだ。無策で教団との同盟を結ぶ“愚”は犯さないと、確信ができたのだ。


 故に、キースは問う。


「何か、お考えはあるのですか……?」


「期待するしかないであろうな……我らとは“無関係”の“救世主”たちに」


 エルメイダの瞳は、未だ遠く離れていく2人の男女の背中を見つめたままだ。

 その視線の先にあるもの――それこそが、エルメイダの言う“救世主”なのだと、キースは理解した。


(と、言うことはやはり――!)


 彼らに対するこれまでの措置の数々……それが、どうしても必要な“儀礼”だったのだと、キースは思い知らされる。


 そう――エルメイダは、ベリンダや聖依を“枷”から解き放ったのだ。

 “家”や“義務”からベリンダを解放することで、不必要な“庇護”の代わりに“自由”を与えた。

 そして、そんな彼女の下にいる聖依も、そんなしがらみに囚われる必要はなくなったのだ。


「……ベリンダ嬢やカガミ・セイへの仕打ち、いかがなものかと思っていましたが……ようやく私にも、陛下の心が垣間見ました」


 エルメイダの話した真実はキースを震撼させた。

 少しでも主君を疑ったことを恥じるキースだが、エルメイダにそれを気にする様子はない。

 それどころかわずかに微笑んで、不安の晴れぬキースのために言葉を続ける。


「そうであるか。ならばもう1つだけ、“独り言”を言っておく」


 上機嫌に話すエルメイダを、キースは未だかつて見たことがなかった。

 普段の彼女には表情が無かったり、稀に苦しそうに眉間を歪めるだけで、“笑う”ことなどほとんどなかったと、キースは記憶している。

 その姿を目に焼き付けながら、キースは静かに耳を傾けた。


「妾も先ほどまで、ベリンダ・ガーネットには“支配者の資格”がないと思っていたのだがな……」


 エルメイダは一呼吸置くと続ける。


「どうやらアンドレス・ガーネットは、しっかりと“手を打っていた”らしい」


 その言葉を聞いたキースの目には、“希望”の光が灯っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る