粉砕、手荒なる“強制送還”

 丑尾は、自らの敗北を認めた。

 だがそれは、聖依にとっては何の意味も持たない言葉であり、聞く価値のない“雑音”であった。

 聞き流した聖依は、残る1体の使い魔に命令する。


剣闘士グラディエーター! 寅丸にとどめを刺せ!」


『だああっ!』


 『狂乱きょうらん剣闘士グラディエーター』が、寅丸へと襲い掛かる。

 寅丸を守る使い魔は、もういない。剣闘士グラディエーターの剣の一撃が、その身に降りかかる。

 肉塊を叩く鈍い音と、骨を砕いた破砕音が響く。寅丸は切れ味の悪い剣で殴り倒され、地に伏せた。


「ってえ……これで、終わりかよ……」


 力なく、諦観の言葉をつぶやく寅丸。

 その躰は、もはや闘う意思を見せてはいない。

 虚ろな目で空を仰ぐと、寅丸は自嘲するように笑った。


(まあ好き勝手やったし、殺されもすっか……)


 寅丸が光となって消えていく。

 その姿を、誰もがその目に焼き付けていた。

 そんな視線の中で、寅丸はただ一言だけ遺す。


「――悪くなかったぜ」


 寅丸亮はそれ以降、言葉を発さなかった。

 目を閉じて、ただ“その時”を待っていた。

 そして、しばらくすると――


 彼は、この世界から姿を消していた。


「と、寅丸……!」


 丑尾は、その意外なほどの諦めの早さに絶句していた。

 自身の中にある生への執着が、寅丸の思考を理解させなかったのだ。


 丑尾は、寅丸のように刹那的な生き方をする人間ではない。

 故に、彼には寅丸のような思い切りの良さはなかった。


「次はアンタの番だ。何か言い残すことはあるか!」


「ま、待て! 話し合おうじゃないか!」


「それはもう終わったはずだ!」


 丑尾は足掻く。

 1分1秒でも自らの命を伸ばすべく、懇願する。

 しかし、聖依は聞き入れない。


 咄嗟の機転を利かせ、丑尾は“聖依以外”の人物へと語り掛ける。

 少しでも食いついてきそうな話の種を並べて、反応を期待する。


「お、俺は“教団”の情報を持っているんだぞ! 弱点だって、知っている! だから、そっちの嬢ちゃんでも、そっちのアンタでもいい――!」


 その視線の先はベリンダであり、キースであった。

 聖依の説得が不可能である以上、その周りの人間を口説き落とすことに賭けたのだ。

 丑尾は、みっともなく叫ぶ。本心からの声でもあるその言葉には、真に迫る勢いがあった。


「頼む! もう少しだけ待つようにその男に言ってくれぇ!」


 聖依は、何も言わずにベリンダに視線を移した。

 するとベリンダは、一歩前に出る。

 それを対話の姿勢であると捉えた聖依は、大人しく杖を下げた。


 そして一拍ばかりの間を置くと、ベリンダは言葉を発した。


「……では、まず1つお尋ねします」


「あ、ああ! 何でも聞いてくれ!」


 首の皮1枚で命が繋がりそうだと、歓喜する丑尾。

 しかし異様なほど静かなベリンダの問いかけが、再び彼の心を焦らせて乱す。


「――あなたは、何人の人を手に掛けたのですか?」


(……どういう意味だ? 俺が“殺人者”であるかの確認か? それとも、ほかに何か意味が……!?)


 丑尾はその問いに、どのような言葉を返すべきかがわからない。

 最適解を求める丑尾だが、ベリンダの言葉の真意がわからぬ彼には、“正解”など導き出せるわけもなかった。


(――わからん! 仕方がない、こうなれば少しでも聞こえの良い答えを……)


 そして結局、最後に彼が選んだのは――


「……こ、殺したことなんか無い! 本当だ! 殺せと言われたのも、今回が初めてなんだ!」


 やはり、“嘘”であった。


(このお人好しの嬢ちゃんだけなら、これで言いくるめられるはず……!)


 迫真の演技で、丑尾は訴える。

 丑尾自身も、自らの言うことが本当であるかのように錯覚してしまうほどに、“役”へとのめり込めていた。

 その“役”とは勿論――召喚教団に誑かされ、その一員として利用されてしまった、哀れな“被害者”である。


 だが、ベリンダはそんな丑尾を冷ややかな眼差しで見ていた。


「嘘ですね」


「馬鹿な! 俺は本当のことを――!」


「いいえ、嘘です。貴方は、人を傷つけることに慣れているようでした」


 彼女の中では、丑尾が“被害者”であることなどありえなかったのだ。

 それは絶対不変の真理であり、それを前提として問いかけていたのである。


「そうでなければ……こんな場所におびき寄せて闘うなど、そんな姑息なことは考えられないはずです」


「それは――!」


 ――だというのに、丑尾はつまらない“嘘”で誤魔化そうとした。

 こうなればもはや、話す余地などない。虚飾で塗り固められた男の言い分など、信用できるはずもない。

 ベリンダはこの瞬間、“覚悟”を決めた。


「もう、わかりました。あなたのような方と話すことはありません」


「ま、待ってくれ! 何かの間違い――!」


「語る舌は持たないと言いました!」


 召喚杖の先が、丑尾に向けられる。

 その杖を持つのは、聖依ではない――


 ベリンダだ。

 彼女自身が、自らの召喚した使い魔によって、“引導”を渡そうとしているのだ。

 聖依もキースも、ただ黙ってその様子を見守っていた。


 そしてベリンダは、命令を下す。


「『フレイム・ヴァイパー』! その不埒者を“あるべき場所”へと送り届けなさい!」


『シャァァァァァッ!』


「うわああっ!」


 毒蛇が跳びかかった。

 丑尾は襲い来る『フレイム・ヴァイパー』をよけることは出来ず、その首に巻きついてくるヌメヌメとした感触と、ザラザラとした鱗に撫でまわされる嫌悪感を味わわされていた。


 その先に待ち受ける“運命”を想像し、丑尾は恐怖する。

 蛇の体を両の手でつかみ、引きはがそうと必死に抵抗する。


「やめ――! ギャアアアアアアアアアアッ!」


 ――だがそれは、無駄な努力であった。

 丑尾の命運には、刹那ほども影響していない。

 地に跪き、力を最大限込められるように体勢を取ろうとも、結果は変わらない。


 ヴァイパーの躰に段々と力が籠っていき、やがて丑尾などの力ではどうにもできないほどに首が絞まっていく。

 丑尾は、小さく呻くことしかできない。その呻きさえも、締めつけられる喉からは出せなくなる。

 それでも丑尾は諦めなかった。断続的に与えられる苦痛から逃れるため、失いつつある意識の中で懸命にできることを考え続けた。


「……ッ!」


 ボキッと骨が折れた音が響くと、丑尾の躰から『フレイム・ヴァイパー』がゆっくりと離れていく。

 蛇の巻き跡が残る首は、あらぬ方向へと折れ曲がっていた。

 苦悶の表情を浮かべる丑尾は、力なくつぶやく。


「どうして……俺が……」


 それが、丑尾徹也の最後の言葉であった。

 その意味は誰にもわからない。当人にも、はっきりと理解はできていない。

 ただ1つ言えるのは、楽には逝けなかったということだけである。

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