乱入、ベリンダ“参戦”
一瞬だけ逡巡した聖依は、杖をかざす決心をした。
(とりあえず、ブルーの攻撃を受けさせる“囮”が必要だ! エビル・デーモンがやられれば、敵がなだれ込んでくる!)
現状『生贄を求めるエビル・デーモン』を倒せる使い魔は、『グラップラー・ブルー』の他にはいない。
エビル・デーモン1体ならば確実にブルーに屠られるが、他の使い魔に矛先が向くならば凌げる可能性はある。
――尤も、ただの“可能性”だ。
相手が下手を打つことを期待した、愚策中の愚策である。
そんなものに頼らねばならないほどに、聖依には選択肢が残されていなかった。
「来い! 『
聖依の召喚杖が光を発し、地に1重の召喚陣が現れる。
現れるのは、どう見ても頼りない、力の弱そうな体格をした山羊である。
山羊は鳴く。まるで、恐怖に恐怖に打ち震えるように、か弱い声で叫ぶ。
『メエェェェェッ!』
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レベル1
哺乳種・地属性
戦闘力:0
受動技能
高速召喚:召喚されている自分使い魔がいない場合、このカードは戦闘フェイズ中の敵攻撃宣言時に召喚することができる。
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その山羊の顕現を認めた丑尾は、怪訝そうに睨んだ。
(『
『
明らかに状況にそぐわないカードであったし、普段の彼ならば“捨て札”であると判断することもできたのだが、いかんせん警戒心が強すぎた。
(この鏡とかいう男、一体何を考えている……!)
丑尾が杞憂する一方で、聖依は焦燥する。
(こんな状況で出すカードじゃないけど……ほかにもう低レベルの使い魔が残っていない以上は仕方がない!)
そう、ただ切れるカードが不足してきているだけなのだ。そこに深い理由などない。
寅丸は、その兆候を感じ取ることができていた。
(へぇ……もう後がなさそうじゃねえの。ブルーで押してりゃ、あとは勝てそうだな)
寅丸だけではない。
キースにも聖依の窮地は察知できていたし、ベリンダもおぼろげには理解している。
丑尾を除いた全員が、すでに勝負の行方を予想できていた。
(このままでは、セイは敗けてしまう……! どうして“杖”は答えてくれないのですか!? 他に何か手は――!)
ベリンダは自問する。
“無力”な彼女には、答えなど出せない。
ただ嘆き、助けを求めること以外にはできない。
(……お願い、誰か助けて! 『バニッシュ・ウルフ』でも、『バーン』でも――!)
かつての“強敵”たちの姿を思い浮かべるベリンダ。
そして、数々の使い魔たちのイメージを掘り起こした彼女は遂に、“それ”の威容を思い出してしまう。
(この際『フレイム・ヴァイパー』でもいいからっ! 私を……セイを助けて!)
脳裏に浮かぶのは、父親の仇。憎むべき、仇敵の姿。
だがそれさえも、今の彼女には必要な“力”なのであった。
ベリンダは強く願う。
そうしている間にも、“
そう、寅丸が攻撃を仕掛けるのだ。
「行け! 『ミュータント・ソルジャー』攻撃!」
醜き異形のミュータントが、その異常に膨れ上がった脚で走り出す。
地を蹴って、砂を巻き上げながら接近する。
「迎え撃て! エビル・デーモン!」
聖依が命令を下すと、『生贄を求めるエビル・デーモン』がその前に立ちふさがった。
『ミュータント・ソルジャー』は右手を手刀にして構えると、その腕を銀色の鋼鉄変化させ――
そして姿形をも“刀”へと変質させて、エビル・デーモンに襲い掛かる。
エビル・デーモンの手に、雷光が
稲妻を帯びた手の平が、振り下ろされた“刀”を受け止めて握る。
その瞬間――電流が、刀身を通して流れ出した。
『ギャアアアアアアアアアアッ!』
醜き戦士が、悲鳴を上げて倒れ伏す。萎びつつある筋肉から煙を吹き出し、光となって消滅していく。
その姿を認めると、エビル・デーモンは邪悪に
「『ミュータント・ソルジャー』撃破!」
「攻めることもできねぇくせに、いい気になってんじゃねぇぞオラァ! 行けよ、『ハンター・ホーク』!」
寅丸の言う通り、聖依には攻めに使える使い魔がいない。
本来であれば聖依が攻めに転じる場面なのだが、彼には大人しく攻撃を受け続ける以外の選択肢は残されていなかった。
『
「ちぃっ! 防げ、『
エビル・デーモンは、すぐに動かせるような状態ではなかった。
それは、戦闘後で体勢を整え切れていないエビル・デーモンの様子を見ればわかる。
“エレメンタルサモナー”のルール上でも、続けての攻撃・迎撃はできないようになっているから、聖依は即座に次の命令を出すことを考えもしていなかった。
故に、聖依は仕方なく『
当然、その心には焦りがある。
(不味い……!)
空を舞っていた鷹が、“獲物”に狙いを定めた。
その“獲物”とは、地で怯えているだけの虚弱な山羊である。
『ハンター・ホーク』が、『
――次の瞬間、鮮血が宙に
ひ弱な草食動物が、群れの援護もなしに猛禽から逃れることなど、出来るわけもなかったのだ。
薄汚れた白の毛は赤く染まり、反応することもできなかったような間抜けな面をさらして、“獲物”は死んだ。
「『
「これで貴様の使い魔はエビル・デーモンのみ……! 寅丸よ、ブルーでたっぷりと思い知らせてやれ」
「おうよっ! 行け、『グラップラー・ブルー』の攻撃――!」
もう、聖依には命令できる使い魔はいない。
ブルーの攻撃を受けさせるために召喚した“身代わり”はとうに排除され、要のエビル・デーモンは命令ができない今、その強靭な“爪”の餌食になろうとしている。
エビル・デーモンに命令できたとして、その矛先を逃れたとして、次の目標は“召喚士”である聖依自身――もう、選択肢などなかった。
「天下無敵の『ドラゴン・クロー』!」
ブルーの大きな手の平が、エビル・デーモンに迫る。
その頭を鷲掴みにせんと、異様な手つきで――不自然なまでに腕が伸びる。
ブルーの手がエビル・デーモンの間近に迫ったその時――
聖依は“敗北”を確信した。
(やっぱり駄目だったかっ!)
――しかし“
『エビル・デーモン』を守るようにして、1本の“命綱”――聖依にはそういう風にしか見えない物体が、間に割って入ってきたのだ。
「行ってっ! 『フレイム・ヴァイパー』!」
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フレイム・ヴァイパー
レベル2
爬虫種・火属性
戦闘力:500
受動技能
灼熱の猛毒:この使い魔に勝利したレベル4以下の使い魔は戦闘力が500下がる。
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――――――――――――――――――
聖依がその声を認識したのは、目の前の“使い魔”を視認した後だった。
言葉の意味を理解した聖依は思わず“声の主”へと目を向け、瞬時に状況を正確に理解し、そして――驚愕した。
ブルーは、『エビル・デーモン』の頭の代わりに、割り込んできた『フレイム・ヴァイパー』を握りつぶしたのだ。
そして、その『フレイム・ヴァイパー』の召喚者は――
そう、ベリンダであった。
息を切らしながらも、彼女は聖依の隣で“召喚杖”を構えていたのだ。
展開した“花弁”の内の1つは、赤く輝いている。『フレイム・ヴァイパー』以外に火属性の使い魔がいない以上、それこそが揺るぎない証拠である。
「まさか……! たったこれだけの時間で、“絵札召喚術”を会得したというのかっ!」
聖依の心情を代弁するかのように、キースが驚嘆する。
“絵札召喚術”の使い手である聖依さえも、その結果には目を剥かずにはいられなかった。
(馬鹿な……! こんな短時間で、何のアドバイスもなく、お手軽にできるようなものなのか!?)
聖依とて、リンネの助言があってこそ、自身のデッキのエースたるイグナイトへの強いイメージがあったからこそ、“絵札召喚術”を行使することができたのだ。
何の手がかりもなく真似しようものならば、絶対に成功しなかった確信が彼にはある。
それだけに聖依は、強い衝撃を受けていた。
――そして、そんな強い心の揺らぎを感じていたのは、聖依だけではなかった。
「あぁ……? ザッけんな! 無能な現地人の分際でよぉ!」
「やってくれたな……! こうなれば、見逃せん! まとめて始末してくれる!」
寅丸と丑尾――彼らとて、瞬時に“絵札召喚術”を呑み込めたわけではない。
当然、初めは強い不信感と拒否感があった。彼らにとってそんな、子供が思い描く“夢”のような力など、これまでの人生の中でとっくに諦めたものだからだ。
故に、彼らは極限まで“受け入れる”努力をした。その結果、やっとの思いで身に着けた技能なのだ。だからこそ――
それをあっさりと手に入れたベリンダに、“嫉妬”を覚えるのは当然とも言えることであった。
尤も、彼ら自身はそれを自覚してはいなかったが。
「どうせ状況は変わってねぇ! 次でぶっ殺してやる!」
より一層の殺意を込めた寅丸の叫びが響く。
それを受けたベリンダは身構えて、聖依へと視線を合わせる。
「セイ、指示をお願いします! 私に……戦い方を教えてください!」
ベリンダの意気込みは、聖依にも伝わった。
“召喚士”となる覚悟を決めたのだと、その瞳が訴えていたのだ。
あえて険しい道を往く意思は、現実主義者である聖依に理解できるものではない。しかしその心意気だけは、彼も嫌いにはなれなかった。
しかし聖依は――少しだけ申し訳なさそうに、静かに答える。
「いや、それには及ばない……」
ベリンダにはその言葉の意味するところは解らない。
故に問う。己の“覚悟”を踏みにじるようにすら聞こえる言葉の、その真意を尋ねる。
「何故ですか!? まさか、「諦める」などと言うわけではないのでしょう!」
「当然だ。だって――」
聖依は微笑む。
それはベリンダにとっては初めて見る一面で、とても優しいものに思えた。
「もう、“僕たち”の勝ちだ」
闘いの熱気は、すでに引き始めている。
決着の時は、着実に近づいていた。
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