暴虐、牙を剥く“絵札召喚術”

 丑尾と寅丸の操る3体の使い魔を前にして、聖依は確かに竦んでいた。


 もう逆転の手はない――

 そう考えると、それまではどこか幻想的な生物に思えていた使い魔たちも、今やただの飼いならされた猛獣のようにしか思えなかった。


 生命の危機を感じ取った聖依は、思わず提案する。


「なあ……アンタらの目的は杖なんだろ? これならやるから、大人しく帰ってくれないか?」


 そう言って、聖依は杖を差し出すように掲げた。

 その様子に、ベリンダは驚愕する。


「な、なにを言っているのですか、セイ!」


 ベリンダが止めようとはするものの、そもそも召喚教団の2人組は話を聞く様子はない。

 一笑に付すと、拒否の意を示して見せる。


「ふっ、違うな! 我らの目的は、杖を持ち出した人間の“粛清”! つまりは、みせしめよ!」


「それなら、死んだことにしてくれればいいじゃないか。それで手を打ってくれないか? なあ、いい案じゃないか?」


「貴様もさっき言っただろう! 手柄を立てれば、出世の道だってあるのだ! 聞く理由などない!」


 丑尾は提案を受け入れない。

 普段の彼ならば、間違いなく杖を受け取った後で、だまし討ちのような形で聖依を攻撃していただろう。

 しかし、何度も煮え湯を飲まされている彼には、そのような冷静な思考ができていない。そう、無駄に警戒してしまっているのだ。


「じゃあ――!」


 拒絶されても、なお食い下がらない聖依。

 そうして、聖依がしつこく新たな条件を出そうとした、その瞬間――


 思わぬところからの横槍が入った。


「おいおい、やめちまうのかよ!」


「ふざけんな! 俺はテメーに賭けてんだぞ!」


「早く続けろよっ!」


 それは、“人質”であることを自覚していない、観客ギャラリーたちである。

 彼らは“遊闘ゲーム”中断の可能性を感じ取ると、煽るように騒ぎ始めた。

 その声を聴いているキースの胸には、軽蔑とも憤怒とも言えぬ、複雑な感情が渦巻いていた。


(こ、コイツら……!)


 そしてそのような感情を抱いたのはキースだけではない。

 聖依もそうだし、教団の2人もそうである。

 特に寅丸は、その思いを隠そうともしていなかった。


「チッ! やっぱ、こんなとこでやるのは失敗だったんじゃねーか? うるさくてたまんねーよ」


「そう言うな。逃がさぬためには必要なことだったのだ」


「あっそ。ならよ――」


 寅丸は杖を掲げる。その先は――


「こうして追い詰めてる今――もうコイツら、“いらない”よな?」


「……は?」


 そう、民衆たちだ。彼らを、“狙って”いるのだ。

 それを丑尾よりも早く察知した聖依は、慌てて使い魔を召喚する。


「――っ! 『盾持ち奴隷スレイヴ』、『狂乱剣闘士グラディエーター』!」


 2つの召喚陣から、屈強な戦士たちが現れた。


『ふんっ!』


『どおっ!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


盾持ち奴隷(スレイブ)


レベル1

霊長種・地属性

戦闘力:0

受動技能

 シールド・ガード:このカードは1ターンに1度のみ、戦闘の敗北によって消滅しない。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


狂乱(きょうらん)剣闘士グラディエーター


レベル1

霊長種・地属性

戦闘力:100

能動技能

 マッド・マックス:(コスト:自分デッキから2枚までの任意の枚数消滅)コストとして消滅させたカードの枚数×1000このカードの戦闘力に加える。また、このカードが戦闘を行った場合、戦闘終了後にこのカードを消滅させる。この効果はターン終了時まで適用される。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



「やっちまえよ! 『リザード・ウォリアー』!」


「防げ! 『盾持ち奴隷スレイヴ』!」


 まだ、召喚されて間もない『盾持ち奴隷スレイヴ』は、思うようには動けない。

 対する『リザード・ウォリアー』の動きは俊敏で、おおよそ人間に真似できる速さではなかった。


(駄目だ! 間に合わない……!)


 聖依に、走り出した『リザード・ウォリアー』を止める術はない。

 これが聖依自身を狙ったものなのであれば、『盾持ち奴隷スレイヴ』でも間に合っただろう。動きは鈍くとも、近づいて来る敵に対応するだけなら十分であった。

 しかし、敵が遠ざかるのであれば、それを追えるほど素早くは動けない。


 結果――

 聖依は、リザードを見過ごすことしかできなかったのである。


『キシャァァァァァァァッ!』


「あ……?」


 そうして迫ったリザードが、爪を突き刺す。

 胸を突き破って、その腕が背中から生える。

 だというのに男は、反応を示さなかった。


「ん……あれ……? あ……アギャアアアアアアアアアアッ!」


 ――いや、突然の出来事に、反応できなかったのだ。

 自らが害されることなど、考えてもいなかったのだから。

 だからこそ、認識した後で叫んだのだ。


 リザードの餌食をとなった男は、まるで水風船を割ったみたいに、胸から大量の血を溢れさせた。

 手が引き抜かれると、男の躰は力を失って倒れ伏す。苦悶の表情を浮かべながら、消滅していく。

 その跡には、何も残らなかった。


 そしてその恐怖は、瞬く間に伝播していく。


「う、うわぁぁぁぁっ! 俺たちを襲ってきやがったぁぁぁっ!」


「逃げろぉぉぉっ! 殺されるっ!」


「助けて……助けてくれぇぇぇぇぇぇっ!」


 ようやく自分たちの“立場”を理解した民衆たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 誰もかれもが我先にと、自らの命を優先して逃げ惑う。

 他人を押しのけ、真っ先に逃げようとする者。押し倒され、踏みつけられる者。様々な者がいるが、皆共通して生き延びることに必死であった。


 先ほどまでは、賑わう闘技場のような様相を呈していた大通り。

 しかし今や、ここは地獄の1丁目と化していた。


「な、なんてことだ……! まさか、こんなこと……!」


「いえ、これが教団のやり方なのです……! 陛下は……いえ、多くの“現世人げんせいびと”は、まだ彼らの本性を知らないだけなのです!」


「馬鹿な……!」


 衝撃を受けるキース。

 しかしそんな彼の心など知らぬ聖依は、無遠慮に問いかける。


「おい、キースさんとやら! これだけ騒いでるんだぞ! この街には憲兵とか……そういうのいないのかっ!」


「馬鹿なことを言うなっ! そんなので止められるわけないだろぉっ!」


「何言ってるんだよ! いくら“召喚士”だなんていっても、大勢で取り押さえれば――」


「おいおい、そいつぁ無理な注文ってもんだぜ」


 しつこくキースを問いただそうとする聖依を止めたのは、寅丸であった。

 聖依をなだめるように、人差し指を立てて横に振る。

 その動作に若干の苛立ちを覚えながらも、聖依は寅丸に問う。


「……どういうことだ!?」


 そして、勝利を確信しつつある寅丸は、上機嫌に答えた。


「簡単なことよ。この世界で人間をぶっ殺せんのは、“絵札召喚術”の使い魔だけ……」


「怪我をさせることはできるが、何をしても“死”には至らんのだ。そして、自由を奪われようが、杖がある限り我々は“力”を行使することができる」


 寅丸の説明と丑尾の補足を受けた聖依は、信じられない思いでいっぱいだった。

 『人は殺せば死ぬ』。それが彼にとっての――いや、おおよその地球人の考える、“常識”だったからだ。

 “カードゲーム”だけが生殺与奪を握っているなど、とても信じられない話だからだ。


 聖依は反射的にベリンダの方へと振り返り、弱った声で確認する。


「そ、そうなのか……?」


「ええ、本当です。だからこそ、絵札召喚術は恐ろしいものなのです」


 その瞬間、真に聖依は“絵札召喚術”の恐ろしさを理解したと言えるだろう。

 この“惑星ジェイド”において、“絵札召喚術”とは唯一の“暴力”であり、“絵札遊闘カード・ゲーム”は“闘争”なのだ。

 “絵札カード”を持たないという事は、闘うための牙や爪をもたない、“家畜”同然の存在であるということなのだ。


 ベリンダの訴える“危険性”が正当なものであったと、聖依は今になってようやく気が付いた。

 心のどこかで馬鹿にしていた“召喚教団”についても、考えを改めていた。

 そう――この世界の平穏と均衡を崩しかねない、“混沌カオス”の権化であると、認識することができていたのだ。


「しかし寅丸よ、迂闊だったな。こうもあっさりと“人の壁”がなくなっては、逃げられてしまうぞ」


「大丈夫だっての。見てみろよ――」


 寅丸は顎で指す。

 その先にいる聖依の眼差しは鋭く、遠目で見てわかるほどに闘志がみなぎっていた。

 それは、“戦士”の目だ。闘うことを受け入れた、恐怖を超越せし者の瞳だ。


「ありゃ、今からしっぽ巻いて逃げ出す人間の顔じゃねえぜ」


「ふん、厄介なことにならなければいいんだがな……」


 寅丸は、聖依を見直していた。

 一方で丑尾は、聖依を恐れていた。

 そして聖依は、2人を相手取る“覚悟”を決めていた。


「さっきのは取り下げだ! その行い、必ず後悔させてやるぞ!」


「いいぜ、俺も全力でぶっ殺してやるよぉ! 来い、『グラップラー・ブルー』!」


 地に、琥珀色の6重円陣が出現する。

 その中から現れるのは、上半身が裸の男。

 禿げ上がった頭と、人の物とは思えぬ歪で鋭い目――


 そして、異様なほどに鍛え抜かれた、丸太のように太い腕が特徴的であった。

 男は石畳に手を突っ込んで叩き割り、その中から手ごろな石の破片を拾い上げると――


『うおぉぉぉぉぉっ!』


 雄たけびを上げながら、握りつぶした。



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


グラップラー・ブルー


レベル6(ユニーク)

霊長種・地属性

戦闘力:1500

受動技能

 ドラゴン・クロー:このカードの攻撃時、このカードは戦闘に勝利する。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



「丑尾っ!」


「おうっ! 『グリーン・タイタン』召喚!」


 続けて丑尾が杖をかざすと、同じく琥珀色の6重円陣が浮かび上がった。

 現れるのは、まだらに緑色の茶色い巨人。全身から苔を生やした、丑尾の2倍ほどの背丈のある、岩の巨像である。

 巨人は動かない。微動だにせず、音も発さず、ただその場に佇んでいながらも、落とし込む影は強烈な存在感を発していた。


『…………』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


グリーン・タイタン


レベル6(ユニーク)

無命種・地属性

戦闘力:3000

受動技能

 優しき心:このカードは攻撃できない。また、このカードが戦闘に勝利した場合、相手の使い魔は消滅しない。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



(『グラップラー・ブルー』に『グリーン・タイタン』……! それぞれ、高い攻撃能力と防御能力を持った使い魔か!)


 意気込んだものの、聖依にはこの牙城を崩せるだけの策はない。

 しかし、彼には最早逃げる気などは到底なかった。

 出たところ勝負――自身の機転に、聖依は全てを賭ける。

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