波乱、吹き荒れる“風”

 聖依は考える。

 この圧倒的に不利な条件の“遊闘ゲーム”において、いかにして主導権を得るか思索する。


(とりあえずこのターンは『魂葬黒鴉』で凌いで“召喚力”を稼ぐか……)


 そして、勝利への足掛かりとなる要素を探求する。

 勝ち筋を作り出せるカード――すなわち、“決着者フィニッシャー”が必要であると、聖依は考えた。


(まだ使ったカードは3枚だけ。次のターンで召喚力が“8”溜まる。イグナイトを召喚できれば、“殲滅”できる可能性はあるか……)


 聖依のデッキは17枚。

 イグナイトの『プロミネンス・ストラッシュ』で、場を制圧することが選択肢には上がる。


「さあ来いよ。『魂葬黒鴉』を倒せるカードがあるならな」


 表面上はあくまでも冷静に、虚勢を張って見せる聖依。

 しかし、内面は焦りと緊張で埋め尽くされていた。


(倒されたらかなり危ないんだけどな……!)


 『魂葬黒鴉』以外に、聖依の身を守る“盾”となる使い魔はいない。

 カバー策を練ってこそいるが、それも完全なものではなかった。


「へぇ……その鳥野郎だけで、俺たちの攻撃を全部防げる気かよ?」


「できるさ。この2ターンで、アンタたちの程度は知れた」


「そうかよ……じゃあ、もう“終わらせて”やるぜぇ!」


 寅丸は杖をかざした。

 瞬間――地に、“緑色”の3重円陣が現れる。

 その召喚陣を見た聖依は、驚愕した。


(緑……風属性か! まさか――!?)


「『ハンター・ホーク』召喚!」


 そして、獰猛な“鷹”が現れる。


『キイィィィィィッ!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


ハンター・ホーク


レベル3

鳥種・風属性

戦闘力:800

受動技能

 飛行:技能『飛行』を持たない使い魔を迎撃する場合、対峙ステップ時に対戦相手の戦闘力を半減させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



(黒鴉と同じ、『飛行』能力を持つ使い魔かっ! だが、奴ぐらいの戦闘力なら――!)


 安堵した聖依であったが、まだ終わらない。

 寅丸の手はこれで全てだが、“彼ら”の行動はまだ終わってはいない。


「丑尾ぉっ! “援護”しやがれっ!」


「あ、ああ……!」


 丑尾は困惑しながらも、呪文のカードを発動させる。


強化呪文エンハンス・スペル『爪牙強化術』!」



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


爪牙強化術


レベル3

強化呪文


効果

 自分フェイズ時:場の全ての自分哺乳種、鳥種、爬虫種使い魔の戦闘力を300アップさせる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 爪や牙を持つ者たちが、一斉に吠え出した。ただ1体、『魂葬黒鴉』のみを除いて――

 そして、手や口が光ったかと思うと、次の瞬間には見違えるほどに鋭い爪と牙が生えそろっていた。

 使い魔たちは、生まれ変わった自らの“武器”を使い、それぞれの方法で示威して見せる。



 『ハンター・ホーク』   戦闘力:800  → 1100


 『リザード・ウォリアー』 戦闘力:1000 → 1300


 『サベージ・コボルト』  戦闘力:300  →  600



(しまった!)


 聖依は口にこそ出さなかったが、焦っていた。

 心のどこかで見下していた相手に出し抜かれ、驚愕と不安が一気に押し寄せてきたのだ。

 そんな焦りは周囲にも見透かされていた。ベリンダは、聖依の表情を見逃さなかったのである。


「あ、あれは不味いのではないですか……!?」


「ああ……おそらくこれで、『ハンター・ホーク』は『魂葬黒鴉』を上回ったのだろう」


「『ハンター・ホーク』も、黒鴉と同じ鳥の使い魔です。ということは――!」


 ベリンダやキースの不安の声が届いたのか、寅丸は高らかに喜びの声を上げた。


「そう――! これで心置きなくぶっ殺せるってことよぉ!」


 そして聖依の動向を窺って、何もしてこないことを確認すると――


 寅丸は、宣言した。


「来ねえのか? ……なら、あのクソゴミカラスをぶっ潰せ、『ハンター・ホーク』!」


 杖をかざし、寅丸は命令した。

 瞬間、『ハンター・ホーク』は飛び立つ。

 大空に向かって、翼をはばたかせる。


 『魂葬黒鴉』もまた、空に向かって飛んだ。

 鷹と鴉は、空中を自由に舞い、そして飛び交う。


『キイィッ!』


『クアァッ!』


 茶と黒の翼が、青い空に線を描いて交差する。

 2体の鳥型使い魔は、幾度となく交わって激突する。

 3度ほど激しくぶつかり合うと、使い魔たちは地に降り立った。


 ――先に降りたのは、『魂葬黒鴉』である。

 それに続く形で、『ハンター・ホーク』も着地した。

 そして、先に倒れたのは――


「……よっしゃあ! 『魂葬黒鴉』撃破!」


 聖依の召喚した『魂葬黒鴉』であった。

 首にあいた穴から、とめどなく血を溢れさせて、倒れ伏す。


「こ、『魂葬黒鴉』がやられてしまいました……!」


「万事休すか……!」


 聖依を守る使い魔はもういない。

 ベリンダとキースは、絶望に嘆く。周りの観覧者たちもが、落胆のムードに包まれていた。

 しかしキースはその時、あることに気が付いた。


(尤も、これであの2人が立ち退いてくれるのなら、私はそれでもいいはずなのだが――)


 ――そう、本来であれば、彼が聖依の味方をする必要などどこにもないということに。


(しかし何故だろうか、私はあの男――セイとかいう“召喚士”に、心のどこかで“勝利”してほしいと願ってしまっている!)


 そんな“期待”とも言える感情を自覚したキースは、狼狽えた。

 自身の主への“忠義”と、目の前で戦う男への“興味”が、頭の中で渦巻いて彼を惑わせる。


 キースの戸惑いなどは無視されて、“遊闘ゲーム”は続く。

 聖依の場に使い魔がいない以上、次は丑尾が攻める番だ。

 丑尾は高らかに、宣告する。


「これで場はガラ空き――貴様の言う“ゴミみたいな犬っころ”とやらで、止めを刺してやる!」


「まだだっ! 反応呪文リアクション・スペル『死の凶風』発動!」


「何っ!?」



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


死の凶風


レベル4

反応呪文


効果

 戦闘フェイズ時:自分風属性使い魔が戦闘の敗北によって消滅したときに発動可能。その使い魔の戦闘力以下の戦闘力を持つ使い魔を全て消滅させ、戦闘フェイズを終了させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 転がっていた『魂葬黒鴉』の骸が消滅すると同時に、小さな竜巻が生まれた。

 竜巻は大きく成長していき、やがて黒き旋風となる。

 場は吹き荒れ、聖依たち召喚士や、ベリンダなどの観覧者たちにもその衝撃は伝わった。


 旋風の中で、かまいたちが使い魔たちを襲う。

 『ハンター・ホーク』や『リザード・ウォリアー』は、巧みに躱したり、強靭な肌で防いだりしていたのだが――

 『サベージ・コボルト』たちはそうもいかない。断末魔を上げながら、バラバラに切り刻まれて、そして消滅した。


「またしても、俺の使い魔ファミリアが全滅させられた……!」


「それだけじゃねえ! ひるんじまって、『リザード・ウォリアー』も追撃が出来ねえ!」


 風が納まると、丑尾と寅丸は狼狽した。

 対照的に、傍観者たちは湧き上がる。さらなる興奮と共に、“遊闘ゲーム”がまだ続くことに驚喜する。


「すげー! アイツ、切り抜けやがったぜ!」


「2vs.1だっていうのに、よくやるもんだよなぁ!」


 その声を聞いている聖依は、決して彼らのようには喜べない。


(でもこれで、手持ちの“召喚力”をすべて失ってしまった……!)


 そう――せっかく得た、唯一の“優位性アドバンテージ”を失ってしまったのだ。

 聖依は、段々と窮地に追い詰められつつある。いや、あるいは、窮地の中で死地に追い込まれていると表現した方が、正しいのかもしれない。


 一方で召喚教団の2人も、こたえていない訳ではなかった。

 『死の凶風』は、確実に彼らの心理に影を落としこんでいたのだ。


「寅丸……ここは温存しろ。奴を倒すには、“あの陣形”を作るしかない……!」


 ――だからこそ、圧倒的に有利なはずのこの状況で、“切り札”の使用をも検討させてしまう。


「ああ……でも、テメーは召喚しろよ。万が一、俺の使い魔が全滅したら――!」


「解っている。『オーク・ガードナー』召喚!」


 丑尾が杖をかざすと、地に琥珀色の3重円陣が現れる。

 その中から現れるのは、二足歩行の豚。鎧に身を包んだ、引き締まった大柄の躰が浮かび上がる。

 そしてその豚は、雄々しく鳴いた。


『ブモォォォォッ!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


オーク・ガードナー


レベル3

哺乳種・地属性

戦闘力:500

受動技能

 シールド・ガード:このカードは1ターンに1度のみ、戦闘の敗北によって消滅しない。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



(『オーク・ガードナー』――! 『盾持ち奴隷スレイヴ』と同じ技能スキルを持つ、レベル3の使い魔ファミリアか!)


 場には、3体の使い魔。そのどれもが、レベル3以上。

 そして、教団の2人組は多くの“召喚力”を保有している。

 それはつまり、呪文を発動しても、“対抗呪文”で阻止されてしまう可能性が高いということだ。


 聖依には、『オーク・ガードナー』の守りを抜けて――

 いや、その他大勢のこれから召喚されるであろう使い魔たちの猛攻と防御をかいくぐって、勝利をつかみ取れるビジョンが思い浮かばない。


(駄目だ……もう、勝ち目がない……!)


 圧倒的な理不尽を前にして、聖依はもう諦めかけていた。

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