挑発、陥れる“心理戦”

 聖依は、突然静かに語りだした。

 それはまるで、語り聞かせるような……落ち着いていながらも、はっきりとした声であった。


「……バニッシュ・ウルフの召喚はいい手だった。そこそこ強いうえに“連撃能力”を持っているから、僕は“量”で防ぎづらくなってしまった訳だ」


「はぁ? 何が言いてぇんだよ」


 聖依の言いたいことがわからない寅丸は、不機嫌に問う。

 丑尾も、ベリンダやキースも、周りの観客ギャラリーたちすらも静まり返り、誰もがその言葉の真意を探っていた。

 そして聖依は、その意味を明かす。


「アンタたちに“チームワーク”なんてないってことさ! 後追いの丑尾は味方を鑑みず、“無難すぎる”手を採ったっ!」


「なにぃ!?」


 突然の非難に、意味も解らぬまま丑尾は驚いた。

 丑尾だけではない。周りで闘いを眺めている人々のざわめきが、聖依を除いた全ての人物の心情を代弁している。

 その緊張の渦の中で聖依は、杖をかざした。


「――それを今、思い知らせてやる! 来い、『魂葬黒鴉こんそうくろからす』!」


 地に緑色の4重円陣が現れる。

 その中から飛び出したのは、からす。黒い羽根をまき散らし、青白い光を纏った、漆黒の霊鳥であった。

 不気味さの中に神秘性を秘めたその躰が、顕現して飛翔する。


 そしてその鴉は、鳴いた。


『クアァァァァァッ!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


魂葬黒鴉


レベル4

鳥種・風属性

戦闘力:1000

受動技能

 飛行:技能『飛行』を持たない使い魔を迎撃する場合、対峙ステップ時に対戦相手の戦闘力を半減させる。

能動技能

 冥界送り:(コスト:自分デッキから6枚までの任意の枚数消滅)場に存在する支払ったコストの枚数と同じレベルの使い魔を消滅させ、その後このカードを消滅させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 黒鴉が静かに着地すると、聖依はニヤリと笑みを浮かべながら言い放つ。


「1つ教えておこうか。この『魂葬黒鴉』の戦闘力は“1000”――バニッシュ・ウルフなら、勝てるかもしれないな」


 それは見え透いた挑発であった。

 この場にいる誰もが、それを瞬時に理解できるほどに、露骨であった。

 突然始まった謎の宣言に、ベリンダは困惑する。


「何を言っているのですか、セイ! 必要もないのにわざわざ教えるなんて……!」


「いや、ベリンダ嬢……あれは“駆け引き”だ。あえて、ああして明かしているんだ」


「そ、そうなのですか……?」


 そんなベリンダを落ち着かせるべく、キースは声をかける。

 同時に、彼は感心した。絵札の力のみに頼らない戦術を目の当たりにして、舌を巻いていた。

 心の中には、聖依に対する“期待”すら生まれ始めていたのだ。


(“召喚士”カガミ・セイ――こうなればもう、貴様だけが頼りだ。一刻も早く、勝負をつけてくれ……!)


 一方では――

 当然と言うべきか、丑尾には聖依の意図が解っていた。


「はっ、見え透いた嘘を言う! その使い魔は――!」


 一笑に付す丑尾だが、その言葉とは裏腹に、心には疑念と未知への恐怖があった。

 それを知ってか知らずか、聖依はそんな丑尾の言葉を遮って、無理にでも自分の主張を押し通し始めるのだ。


「“雑魚”しか並べていないアンタには関係のないことだ! 僕はそっちの寅丸とかいうやつに言っている!」


「な、なにぃ!?」


「アンタがバニッシュ・ウルフより強い使い魔ファミリアを召喚しているか、そうでなくても寅丸のサポートに徹するなら、それなりに厄介だったんだが……」


 聖依は丑尾のミスを指摘する。

 そう、丑尾は保守的過ぎたのだ。“守る”ことばかり考えて、“攻め”を寅丸へと依存しすぎているのだ。

 そんな事実を並べ立てて、煽るように聖依はまくしたてる。


「でも、実際は何の役にも立たない、ゴミみたいな犬っころを並べるんだからなぁ!」


「ぐっ……!」


「味方と息を合わせようともしないなんて、“チームワーク”とは程遠いんじゃないか?」


「ぐぐぐ……!」


 ――いや、聖依のやっていることは、“煽り”そのものだ。相手の心の中に憤りを植え付け、正常な判断力を失わせようとしているのだ。

 実際に丑尾の顔は怒りに歪んでいたし、なまじ本当のことであるために、言い返すこともできずに唸っていた。


「とにかくアンタはアウト・オブ・眼中だ! 臆病者らしく、その犬どもの後ろにでも隠れて、震えていればいい!」


「い、言わせておけばぁぁぁぁっ!」


 丑尾は思わず叫ぶが、これといって行動を起こすことはない。

 次から次へ湧き上がってくる強大な感情に対して、悲しいまでに“理性”が働いてしまっている。


 ――そう、丑尾は弁えているのだ。

 自信の使役する使い魔では絶対に勝てないと推測できているし、無駄に突っ込ませる意味もないと頭では理解しているのだ。

 故に、丑尾は感情には流されない。力尽くでねじ伏せたくなる衝動を抑えて、あくまでも道化に甘んじる。


 そして聖依は丑尾から目を逸らし、“もう片方の召喚士”を睨んだ。


「さて……寅丸、アンタはどうする!? まさか、そっちで吠えてる情けない男とは違うよなぁ……?」


 聖依の言葉を受けて丑尾を一瞥した寅丸は、内心で嘲笑った。

 パートナーとして組まされた男の不甲斐ない姿を見て、急激に冷めたのだ。

 そして、丑尾をそこまでに追い込んだ聖依に、“興味”を持ち始めていた。


「へぇ、ただのクソ雑魚もやし野郎かと思ったけどよぉ……」


「お、おい、まさか……! 寅丸……よせよ……!」


 その“興味”とは――要するに“ぶちのめし甲斐”があるかどうかである。

 寅丸はここまで聖依のことを別段敵視しておらず、ただ命令に従って排除しようとしていただけであった。そこに、自らの意思はない。


 だが、ここにきて聖依を“敵”と認めたのだ。なんとしてでも、吠え面をかかせたくなる、“ムカつく奴”と認定したのだ。

 丑尾の静止など聞かず、寅丸は吠える。


「俺に喧嘩売るたぁ、いい度胸してんじゃねぇか! やれ、バニッシュ・ウルフ! そのクソ鳥を血祭りにあげろぉ!」


「よせ、寅丸! それは“罠”だぁぁぁぁっ!」


 絶叫する丑尾だが、寅丸は何の考えもなしで聖依の誘いに乗ったわけではない。

 その行動の裏には、彼なりの考えがあった。


(召喚陣を見た限り、レベルは同じ! なら、あんなひ弱な害鳥ごときに、猛獣の代名詞たる狼が敗けるわけねぇだろ!)


 それは、根拠と呼ぶにはあまりにもお粗末であった。

 まともな判断材料は“レベル”のみ。あとは、見た目のイメージから推測した決めつけである。


 それでも、『月明かりのバニッシュ・ウルフ』は動く。

 重く響く咆哮を鳴らし、足が地を蹴って走り出す。


『グオオォォォッ!』


 バニッシュ・ウルフが跳びかかった。

 口を大きく開き、その鋭い牙で食い千切らんと迫る。

 その先にいる『魂葬黒鴉』が餌食になろうとした、その時――


 鴉は、羽ばたいた。

 華麗に宙に舞い、狼の咬みつきを回避したのだ。

 牙を噛み合わせる音が虚しく鳴ると、すかさず黒き翼を翻して突撃する。


『クアッ!』


 着地で体勢を崩したバニッシュ・ウルフに、黒鴉が纏わりついた。

 細く鋭い足は胴体にしがみつき、くちばしは首を突き破る。

 振り払わんと暴れ出したバニッシュ・ウルフは、首元から大量の血を溢れさせ――


 そして、やがて地にふせた。

 黒鴉はそれを認めると、血まみれの翼をはためかせて飛び立つ。自身の主たる、聖依の下へと。


「バニッシュ・ウルフがやられた……!? 戦闘力が劣るというのは嘘だったのですか!?」


「だろうな、そうとしか考えられん……!」


 ベリンダとキースは、聖依の仕掛けた“心理戦”の全容を理解していない。

 彼らはまだいい方だ。観客たちは、その考えにすらたどり着けなかったのだから――


 だが、丑尾には解っていた。

 解っていたからこそ自信の憤りを抑えたのだし、寅丸を止めたのだ。

 勝負の流れについていけない彼らに代わって、彼は説明するようにつぶやく。


「いや、違う。これは『飛行』能力だ……! おそらく奴の戦闘力は、本当に“1000”だったのだろうが――!」


「ふふふふふ……」


 その時、聖依が笑った。


「ははははははっ! まさか、こんな挑発に乗ってきてくれるとはな! そっちのやつが馬鹿で助かったよ!」


「テメェ……!」


「おっと、“卑怯”だなんて言ってくれるなよ。先にセコい手を使ってきたのは、そっちなんだからな!」


 “罠”に嵌められて怒りに震える寅丸と、表面上喜んでいるが内心穏やかでない聖依。


(とはいえ、状況はあまり変わってない。早くどうにかしないと……)


 彼らの闘いは、次の段階へと移行しようとしていた。

 舞台は“地上”から“空中”へと移り、聖依の“強がり”は“困窮”へと変わっていく――

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