圧倒、“2倍”の戦力差

「危ねぇとこだったな、丑尾さんよお」


 寅丸が丑尾に目を合わせ、小ばかにしたように言う。

 殺されかけていた丑尾からすれば、それは冗談で済ませられるようなことではなく、むしろ心からの感謝すら覚えていた。

 抜けかかっていた腰を奮い立たせ、震える声で丑尾は礼を述べる。


「ああ、助かった……」


「迂闊だったな。あの鏡とかいうやつも、アンタも」


「喧(やかま)しい。感謝はするが、責められる筋合いはないぞ」


「へえ、そりゃどうしてだよ」


 丑尾の心には、先ほどまでは確かにあった自信などない。

 “2vs.1”の優位性から来ていた慢心など、消し去られてしまったのだ。

 ワンターンキル――カードゲームの決着において、最もあっけない終わり方で“殺される”寸前だったのだから、丑尾は最早油断などしている場合ではなかった。


「あの男……おそらく、“戦術タクティクス”の面では我ら以上だ。お前が助けてくれなければ、勝負は決していた」


 丑尾が敗れるということは、唯一かつ絶対の勝算であった、戦力差という“優位性アドバンテージ”を失うことに他ならない。

 寅丸と聖依が“1vs.1”で戦うということは、丑尾たちの持っていた“勝ち筋”を捨てての勝負となる。

 それはつまり、危険であり“無謀”だ。あと1歩で、そのような状況に陥っていたのだと、丑尾には想像できる。


 しかし、対する寅丸は、全く意に介していなかった


「防げたんだからいいじゃねえの」


「いや……味方の使い魔を割り込ませることができると知っていれば、別の手で追い詰められていたかもしれない。それだけの“ヤバさ”が、アイツにはある」


「はっ、考えすぎだぜ」


 あくまで聖依の真価を見ようとしない寅丸と、聖依の中に宿る戦闘センスの欠片を垣間見た丑尾――

 彼らは表面上、協力こそしているが、その内面では確実に“すれ違い”が生まれ始めていた。


(そうならいいのだがな……!)


(丑尾のやつ……いくら何でもビビりすぎだぜ)


 そして、そんな彼らのやり取りが行われている裏では、人々の興奮が高まっていた。

 “人質”であることを意識していない観戦者ギャラリーたちは沸き立ち、召喚士たちの繰り出す駆け引きを、客観的に楽しんでいたのだ。

 自分たちが“当事者”であるなどとは露ほども考えず、蚊帳の外にいるつもりで闘いを眺めているのだ。


「すげー! これが“絵札召喚術”ってやつかぁ!」


「たまげたなあ! こんな強そうなのべるんだもんなぁ!」


「俺も“召喚教団”ってやつに入れてもらおうかなー!」


 能天気な野次馬たちの声が、周りからちらほらと聞こえ始めてきた。

 それを聞いたキースは、呆れどころではない憤りを覚え始める。

 自らの主が収める人々に対して、不遜にも軽蔑せざるを得なくなっていた。


「バカなことを言ってないで、さっさと逃げろ! ここは危険すぎる!」


「そうです! ここは危険です! ここは、“戦場”なのです! 見世物ではありません!」


 キースは叫ぶ。

 苛立ち混じりの声が、響き渡る。

 援護射撃のように放たれたベリンダの声もあって、確実に言葉は人々に届いたのだが――


 いかんせん、彼らにはその“脅威”がよく解っていなかった。


「キース様はああいってるが……どうするよ?」


「いいんじゃね、別に。面白そうだからもうちょっと見てようぜ」


「そうだな、別に俺たちが狙われてるわけじゃないし」


 そう――彼らにとって“闘い”とは、ただの刺激的なショーでしかないのである。

 キースは驚愕する。自らと、下々の民との意識の乖離かいりを認識して、そのあまりの愚かしさに打ち震える。


(バカな……! “危機感”がなさすぎる!)


 キースの忠告などはとうに忘れ去られ、人々は目の前で繰り広げられる“遊闘ゲーム”に熱中していた。

 エンターテイナーたる演者は勿論、聖依と教団の刺客たちである。

 興味の視線と感嘆の歓声が飛び交う。狂気すらも見え隠れする声援に、当事者たちは誰もかれもが困惑を覚えていた。


(“召喚士”というものは、それほどまでに人の心を惹きつけるというのか……! この“悪魔”どもめ! 貴様らさえ来なければ――!)


 心の中で悪態をつくキース。

 彼の胸中では“召喚士”に対する憎しみが渦巻き、今にも暴発しようとしていた。


 それを抑えているのは“理性”――

 そして、悲しいまでに力の差を理解できてしまう、“恐怖”という名の本能であった。


 震えるその姿を、ベリンダは気の毒そうに見ていた。


(キース……貴方の気持ちはよくわかります――)


 その瞳に移るキースの姿を、彼女は自身に重ね合わせる。

 その歯がゆさ、その悔しさ、その怒り、その全ての感情が、ベリンダには読み取れた。


(どうにかしたくてもどうにもできないもどかしさ、そして無力感。私たちは民を守る立場だというのに、この場を治められるのはセイしかいない)


 目の前で戦う聖依に頼らざるを得ない状況を、ベリンダは決して快く思っているわけではない。

 本来ならば自分が闘うべきなのだという自覚がある。

 しかし、彼女には――いや、キースやエルメイダにも、その他“五氏族”の当主・配下に至るまで、そんなことができる“力”をもった者はいないのだと、直感してしまっている。


(ならば、“氏族”とはいったい何なのでしょう。肝心な時に何の役にも立たない“支配者”に、存在意義などあるのでしょうか……)


 そこまで考えて、ベリンダはこれ以上の無駄な思考を巡らすのをやめた。


 一方で、彼女の希望である聖依にも、焦りがあった。

 それは決して、キースやベリンダのような周囲を見渡してのものではない。

 自分の目の前の敵2人という、ごく狭い範囲を見据えての焦燥だ。


(まずいな……2人がかりがこんなにも厄介だなんて、思ってもいなかった)


 聖依は想像する。

 これから訪れる窮地を、起こり得るであろう困難を。

 通常のルールでしか“エレメンタルサモナー”をプレイしたことのない聖依にとって、それは最大の“洗礼”であり“試練”であった。


(幸い子々津みたいな素人みたいだし、とりあえずまずは“召喚力”を稼いで“優位性アドバンテージ”を得るしかない……!)


 各人が一通りの思考を巡らすと、“遊闘ゲーム”が再開される。

 誰もかれもが思考を整え、来るべき次の瞬間に備える。

 先に動き出したのは、寅丸亮。彼の次なる一手が、今打たれる。


「『月明かりのバニッシュ・ウルフ』召喚!」


『グオォォォォン!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


月明かりのバニッシュ・ウルフ


レベル4

哺乳種・地属性

戦闘力:1500

受動技能

 速攻連撃:この使い魔は戦闘に勝利したとき、続けてもう一度戦闘を行うことができる。その場合、この使い魔による召喚士への攻撃は無効となる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 狼の咆哮が轟く。

 力強い叫びが響くと、張り詰めた空気が震撼する。

 聖依はその使い魔を見て、とある男の姿を思い出していた。


(バニッシュ・ウルフ……! ケインのときはイグナイトで蹴散らせたけど、今はそうはいかない!)


 金色の輝きを持った白き狼の威容を認めると、続いて丑尾が動く。


「なら俺は、『サベージ・コボルト』を3体召喚しよう!」


『グルルルルルル……』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


サベージ・コボルト


レベル1

哺乳種・地属性

戦闘力:300


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 狗頭の小人たちが、3体現れた。

 両手両足それぞれ5本の指から生える爪は鋭く、剥き出ししている牙は鋭い。

 息は荒く、目は獲物を探してギョロギョロと動いていた。


 丑尾はニヤリとわらう。

 自分たちの優勢を自覚して、2人のコンビネーションが生み出す圧倒的な“戦力差”を確信して、圧倒することの悦びを享受する。


(デッキに同じ呪文スペルは入れられない! 『アロー・レイン』が無い以上、コボルト軍団は倒せないはず!)


 “エレメンタルサモナー”のルールでは、デッキに同名の呪文を入れることはできない。

 逆に使い魔は、“ユニーク”特性を持つカード以外は何枚でも同じカードを入れることができる。 

 その点を理解している丑尾は、“あえて”同じ手を繰り出したのだ。そしてそれは、結果的には、そう間違っていることではなかった。


 ――だが、“間違ってはいない”だけだ。それを今、聖依は証明しようとしているのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る