変則、“2vs.1”の戦い

「……何が言いたい?」


「そういう反応をするということは、“図星”みたいだな」


 聖依が指摘すると、丑尾は苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめた。

 その表情が、すでに丑尾の意図をある程度物語っている。

 しかしその深いところまでを察することのできないベリンダは、聖依に説明を求めた。


「ど、どういうことなのですか? セイ」


「彼らは好きで“召喚教団”にいる。その教団は人を集めている。そして上下関係がある……つまり、功績を上げれば立場はよくなる可能性があるわけだ」


「それがどうかしたのですか……?」


「奴は僕のことを“脅威”だと言った。こんな小狡そうなやつが、出世競争のライバルをわざわざ引き入れたりするのか?」


 聖依の言う根拠は、ただの決めつけだ。それも、丑尾徹也という人物を熟知した上でのものですらなく、第一印象からの勝手な想像である。

 しかしそれでも、丑尾は“狼狽えた”。危険だと判断するには、説得力は十分だ。

 ベリンダにも、それは理解することができた。


「あっ、そんなわけはありません!」


「そうさ。つまり奴らの目的は、僕の油断を突いて“抹殺”することである可能性が高い」


「す、すごい……! よく見破れましたね!」


「ま、嘘つきの相手をするのは慣れてるからね」


 聖依が得意げに振舞っていたが、丑尾は黙ってはいない。

 不当だとばかりに、見苦しく騒ぎ立てる。


「何を言っている! 俺は本当にお前のことを思って――」


「詐欺師はみんなそう言うんだよ!」


 丑尾の反論は、聖依の一喝によって黙殺された。

 それはすでに、“交渉”の余地がないことを意味していた。

 その証拠に、聖依は不信を露わにする。


「第一、僕のことを心配する理由なんかないはずだろ! これならまだ、最初の条件で話を進めてた方が信用できた!」


「ぐっ……!」


 1歩2歩と、思わず丑尾は引き下がった。

 それは、想定外の展開に対する驚きと恐怖によるものである。

 丑尾は、鏡聖依の持つ予想外の洞察力に、気圧されていたのだ。


 そんな丑尾を見かねてか、1歩下がった位置から見守っていた寅丸が動き出す。

 丑尾の横に並び立ち、その醜態を笑って見せる。


「ヒャハハハ! 丑尾さんよぉ、こりゃあんたの負けだぜ!」


「仕方がない……寅丸、こうなったらるぞ!」


「おうよ!」


 丑尾と寅丸が闘志を見せたその瞬間――

 制止を駆ける男の声があった。


「ま、待て!」


 彼らが声の方へと視線を向けると、今までほとんど口を出さなかった黄髪の男――すなわち、キースが立っていた。

 キースは、慌てた様子で問いかける。


「お、おい。まさか……こんなところで始めるつもりか!?」


 その疑問に答えたのは、丑尾でも子々津でもない。

 聖依だ。冷静に状況を判断していた彼が、二人組にかわって代弁する。


「キースさんとやら、多分あっちは“そのつもり”でここまでついてきたんだ」


「何!? まさか……ずっとつけられていたというのか!」


「ああ……どこからなのかはわからないけど」


 周りには、すでに騒動を聞きつけた野次馬たちが群がっている。

 観覧者ギャラリーたちは既に“壁”を作り始めていて、聖依たちを取り囲むように展開していた。

 ざわめきが、あたりから漏れている。


「お……なんだなんだ?」


「何か始まんのかぁ?」


「お、ありゃ噂に聞く“絵札召喚術”ってやつじゃあねえのか!」


 ――そんな中で逃げることは、不可能だ。

 人をかき分けて進んでいるうちに、背後から攻撃されて終わりである。

 状況を冷静に判断した聖依は、杖を構えて睨む。


「……残念ながら、“先手”は打たれてしまった。もう、ここでるしかない」


「やめろ! ここには大勢の人間が――!」


「“人質”でもあるんだぞ! もうこれ以外の手はない!」


「……くそぉっ!」


 固く握られた拳が振り下ろされ、空を切る。

 悔しさを発散することも、怒りのやり場を求めることもできず、キースはただどうしようもなくなって立ち尽くす。


 そんな彼の叫びなど無視して、時は進む。

 睨み合っていた“召喚士”たちは、遂に彼らの闘いを開幕させる。


遊闘ゲーム開始だぁ! 『リザード・ウォリアー』召喚!」


『キシャァァァッ!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


リザード・ウォリアー


レベル3

爬虫種・地属性

戦闘力:1000


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 3重の“召喚陣”から、蜥蜴戦士が飛び出した。

 二足歩行の蜥蜴は戦闘態勢を構え、勇ましくステップを踏んで見せる。


(ほう、寅丸のやつは“質”の高い使い魔を召喚したか――)


 寅丸の召喚した使い魔は、初ターンで行使できる最大の“レベル3”である。

 丑尾は寅丸の召喚した使い魔に感心すると、自身も召喚杖を構えて唱えた。


「ならば俺は“量”で攻める! 『ゴブリンの兵隊』たちを召喚!」


 地に、3つの1重召喚陣が浮かび上がり、緑色の肌をした、小人のような生き物が現れる。

 手にはささくれだらけの粗雑な棍棒を持ち、腰にはボロボロの布切れを纏っていた。

 泥にまみれた小汚い風貌が、奇声と共に顕現する。


『ギゴゴゴゴゴゴゴ……!』


『ギバババババババ……!』


『ギジジジジジジジ……!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


ゴブリンの兵隊


レベル1

妖精種・地属性

戦闘力:150

受動技能

 援軍要請:この使い魔が戦闘の敗北によって消滅したとき、デッキからレベル1使い魔を召喚することができる。この技能で召喚した使い魔は送還できない。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 寅丸と丑尾は、持ちうる“召喚力”『3』をすべて使い果たし、己が剣であり盾でもある使い魔を召喚した。

 その様子に、聖依は疑問を抱く。


(これは――?)


 聖依は召喚された使い魔たちを眺める。

 その使い魔たちの“構成”を見た聖依は、ある仮説を立てた。


(もしかして、コイツらも子々津と同じ“素人”なのか……? なら――!)


 そう、丑尾の打った手は、聖依からすれば悪手そのものなのだ。

 “エレメンタルサモナー”の定石セオリーとしては、やるべきでないことなのである。

 聖依はその隙を見逃さない。“必殺”の一手で、確実に丑尾を追い詰める。


「なら――通常呪文スタンダード・スペル『アロー・レイン』! レベル1使い魔をすべて消滅させる!」


「なにぃ!?」



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


アロー・レイン


レベル2

通常呪文


効果

 自分フェイズ時:召喚されているレベル1使い魔を全て消滅させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



 使い魔たちの頭上を覆うように、大きな2重の召喚陣が現れる。

 その中から現れたのは、降り注ぐ銀色の雨――否、あられの如く襲い掛かる、無数の矢であった。

 大量の矢のほとんどは、石畳の床に弾かれて砕け、そして光の粒となって消滅していく――


 寅丸の『リザード・ウォリアー』は咄嗟に膝をつき、防御態勢をとった。

 一方で、丑尾の召喚した『ゴブリンの兵隊』たちは狼狽えるばかりで、これといって何も行動を起こさなかった。


 ――結果。

 リザードの強靭な肌は矢を耐えた。しかし、ゴブリンたちの肉には多くの矢が刺さり、体色もあってさながらサボテンのような姿となっていた。

 そしてゴブリンたちは倒れ伏し、消滅する。その姿を認めると、聖依は1歩引き下がった。


(危なっ! 周りに被害が出てたら、取り返しのつかないところだった……!)


 『アロー・レイン』の暴力は、使用者である聖依をも驚かせた。

 何せ、手の届きそうなほどすぐ側に、無数の矢が降ってきたのである。発動後の想像をしていなかった聖依に、喝を入れるには十分な光景であった。

 辺りを流し見て安全を確認した聖依は、今更ながらに自らの浅慮を恥じる。しかし追撃の手は緩めない。


「さらに『ソニック・スパロー』召喚!」


 緑色の一重陣から、黒きすずめが飛び出す。

 雀は聖依の目の前で宙を舞い、華麗に地に着地して見せる。

 そして雀は、高らかにさえずった。


『チュンチュンチュン……!』



――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――


ソニック・スパロー


レベル1

鳥種・風属性

戦闘力:50

受動技能

 速攻:通常の戦闘フェイズの前に、技能『速攻』を持つ使い魔のみ攻撃を行える追加戦闘フェイズを行う。この技能の効果は重複しない。

 飛行:技能『飛行』を持たない使い魔を迎撃する場合、対峙ステップ時に対戦相手の戦闘力を半減させる。


――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――



(『ソニック・スパロー』は『速攻』能力を持つ使い魔! 敵に同じ能力の持ち主がいない今、“先制攻撃”ができる!)


 そう、『速攻』能力とはつまるところ、より確実に相手より先に攻撃を行うための技能スキルだ。

 本来ならば、それは大した“優位性アドバンテージ”とはなりえない。戦闘での強さには、何1つとして影響しないからである。

 だが――


「――丑尾さんとやら! あんたはこれでゲームオーバーだっ! 『ソニック・スパロー』攻撃!」


 『アロー・レイン』によって、すべての使い魔を消滅させられた丑尾にとどめを刺すには、またとない能力なのであった。

 通常ならば先制は寅丸と丑尾であり、聖依は後手に回る格好である。それでは、先に『ソニック・スパロー』が攻撃されてしまう。

 だがこの能力があれば、寅丸の『リザード・ウォリアー』に攻撃される前に、“召喚士プレイヤー”を1人脱落させられるのだ。


 ――と、そのように聖依は考えていた。

 その思考に何の疑問も抱かず、聖依は杖を丑尾へと向ける。

 飛び立った『ソニック・スパロー』が、杖の指す先へ向かって飛翔し、弾丸のように突撃する。


 ――その瞬間、寅丸が動いた。


「おっとぉ! させねえよぉ!」


 寅丸が杖をかざすと、リザードが走り出す。

 スパローの進路を妨げるように立ちふさがり、対峙する。

 リザードが鋭い爪を振り下ろし、はたき落とすように振りぬく。風と肉を切り裂く音が、悲鳴と共にこだまする。


『ギュピッ!』


 スパローは墜落し、地に叩きつけられた。

 その愛らしい顔には爪傷が深く刻まれていて、見るものに痛々しさをも感じさせる無惨な姿であった。

 そして『ソニック・スパロー』は、光となって消滅した。


「『ソニック・スパロー』撃墜! 今のは迂闊だったぜぇ!」


「防がれたのか!?」


 “予想外”というほかない展開に、聖依は驚愕する。

 味方を“庇える”ことなど、知らなかったのだから無理もない。


(なるほど……これが“本来ならあり得ない”、2vs.1ならではの戦い方か!)


 そう、そもそもの話として、聖依はこんな戦い方をしたことはないのである。

 “エレメンタルサモナー”は原則1vs.1のゲームだ。それ以外の人数での遊び方など、本来は考慮されていない。

 ルールブックに記載のないルールなど、把握できるはずもなかった。


(これはかなり厳しくなりそうだ……!)


 物量差の脅威を、思い知らされる聖依。

 その顔には、焦りが浮かび始めていた。

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