交渉、“悪魔”のささやき

 キースに連れられて、街の中を歩くベリンダと聖依。

 そんな彼らを人々は、触れてはいけないものを見るような、怪訝な目つきで見守っている。


 ……いや、つい先ほどまで聖依はそのように考えていたのだが、実際は違う。

 その後ろ――彼らの背後に歩いている、怪しいフードローブの2人組を見ているのだ。

 近づく足音に気が付いた聖依は、足を止めて振り返る。


「……“召喚教団”っ!?」


 瞬間――思わず聖依は、叫んだ。


「何っ!」


「新たな教団の手先ですかっ!?」


 その鋭い声に反応し、キースとベリンダが慌てて振り向く。

 聖依は杖を構えて、臨戦態勢に入っている。


 だというのに、フードの男たちは身構えない。

 それどころか、落ち着いた様子で佇んでいた。

 2人組の背の高い方が、前に出てフードを脱ぐ。後ろで束ねた茶色い髪と、強面を彩る赤い瞳があらわになる。


「まあ、待ってほしい。まずは話し合おうじゃあないか」


 落ち着いた――それでいてどこか見下したような声音で、背の高い男は語り始めた。

 聖依は一旦杖を下げたが、収めるつもりはない。何かあればすぐ動けるよう、用心の姿勢を崩さない。


「要件はなんだ。言いたいことがあるなら聞いておいてやる」


「な、なにを言っているのですか、セイ!」


「助かるな。そちらの男は話が通じるようで何よりだ」


 大人しく耳を傾けた聖依だが、その心には疑念があふれかえっていた。

 当然だ。目的がわからないまま“敵”が接触してきたのだから、警戒するのが普通の反応である。

 聖依だって、疑っていないわけではない。


(いったい何のつもりだ……)


 そんな聖依の心中を悟ってか、男は幾分か柔らかい語気で語り始める。

 胡散臭さが隠しきれていない、そんな語り口調である。


「では、まず自己紹介をしておこう。俺の名前は丑尾うしお徹也てつや。お察しの通り、“召喚教団”の手先だ」


「自分から“手先”とか言うのか……」


「誤魔化しても仕方あるまい。そして――おい、ちょっと来てくれ」


「あぁん?」


 丑尾と名乗った男が、もう一人の男を呼びつける。

 呼ばれた男は気だるげに、丑尾の下へと歩み寄っていく。

 猿かチンパンジーあたりの真似でもしているような、そんな歩き方だ。


「お前も挨拶ぐらいはしておけ」


「チッ……しゃーねぇなぁ」


 その雰囲気は、聖依に子々津謙太を想起させた。

 有り体に言うのなら、チンピラの様な印象だ。決して気持ちのいいものではない。

 ベリンダやキースも、概ね聖依と同じような考え方であった。


「俺は寅丸とらまるりょう。テメーをぶっ殺しに来た“刺客”ってやつよ」


 フードを脱ぎ去り、短い茶髪をさらす。空色の瞳が、まんべんなく睨み散らかす。

 その言葉には、穏便に事を運ぼうという意思は込められていない。

 “威嚇”とでも呼ぶべき、敵対的な口ぶりであった。


「もう少し言い方は何とかしてほしかったが……まあ、お前にしては上出来だ」


(上出来なわけないだろ……!)


 思わず聖依は口に出しそうになるが、こらえる。

 そして、敵の目的――すなわち、“要求”を問いただそうと、質問を試みた。


「僕はかがみ聖依せいだ。それで……いったい何の用だ?」


 聖依は考える。

 丑尾の突きつけてくるであろう“宣言”、あるいは“提案”を。


「1人でダメだったから、“今度は2人がかりで戦います”とでも教えにきてくれたのか? それともまさか、“死んでくれ”だなんて頼みに来たわけじゃないよな?」


 聖依は最大限、強気な態度で丑尾を相対する。挑発してみせる。

 彼自身そのようなことがあり得るとは思っていない。ただ、この先にあるのであろう交渉の主導権を握れるよう、揺さぶっているだけなのだ。

 だがそんな聖依の思惑を知ってか知らずか、特に丑尾は身じろぎもせず、余裕の声音で答えた。


「受けた命令は前者だが――“俺の要求”は、どちらかといえば後者かな?」


「何……!?」


「どういうつもりですか……?」


 聖依もベリンダも、丑尾の真意を測ることはできなかった。

 こうして会話の主導権は、完全に丑尾の手に握られたのだ。

 そして聖依たちの思考がまとまらぬうちに、丑尾は畳みかけるように言い放つ。


「もちろん、本当に“死んでくれ”などと言うつもりはない。ただ、その“召喚杖”を渡してくれればそれでいいのだ」


「なるほど……呑み込めたぞ。つまり、杖を手土産にして、僕たちについては“死んだ”と報告してくれるってことか……!」


「そ、それは……! そんなの駄目です!」


 聖依は丑尾の“誘導”によって、その真意にたどり着いた。

 そして、それに導かれるようにして理解を得たベリンダは、猛反発する。


 ――しかし、丑尾はそれを許さない。

 トーンを下げた不機嫌な声が、すかさずベリンダを牽制する。


「お嬢さん、アンタには聞いてないんだ。俺はそっちの男と話をしている」


「私も杖は持っています!」


「そうか……でも駄目だな。俺たちが“脅威”に思っているのは、あくまで“銀色の召喚士”のみ。アンタからならいつでも簡単に奪いとれる」


「そ、そんな……! セイ、こんな戯言に耳を傾けるべきではありません!」


 聖依は迷っていない。

 丑尾の言葉を信用してはいないし、そもそも聖依は“召喚教団”を許すつもりはない。


 すぐに返事を出さないのは、ここで交渉を終わらせたくないからだ。

 別の条件で見逃してもらえるならば、それが望ましいと聖依は考えていたのだ。

 そのためにも返事を渋っていたし、丑尾という“人間”についてもっと探りを入れたいという思いもあった。


(本当に“話ができるタイプの人間”なら、何とか有利な条件に引き込みたいが……)


 そんな聖依の心中など知らず、丑尾は押し込まんとばかりに続ける。


「なあ、俺たちはアンタと戦いたいわけじゃあないんだ。杖さえ返してくれるなら、別にわざわざ付け狙う必要なんかないんだ」


「ふーん……」


 やや感情的に聞こえる丑尾の言葉は、聖依にとってただただ胡散臭いだけであった。

 “演技”だと、見抜いているのだ。歴戦のカードゲーマーとして“虚実(ブラフ)”の数々を躱してきた聖依には、通用しない手なのだ。

 冷めた目で聖依が見つめると、丑尾はまるで焦っているようにまくしたてた。


「……そうだ! アンタ、“召喚教団”に来ないか? 俺が口をきくから、今までのことは気にしなくていいぞ!」


 聖依は返答を返さない。

 ベリンダは、息をのんで見守っている。

 キースと寅丸は我関せずといった佇まいで、あくまで経過を見守っているのみだ。


「どうだ、いい条件だろう! 教団には地球人がいっぱいいる。お前や俺たちのような“日本人”だって多い。こっちに来た方がいいぜ?」


 丑尾の様子に、ベリンダもキースも疑念を抱く。

 妙になれなれしく、そして“仲間”であることを強調するその言い分には、隠し切れない“嘘臭さ”があった。

 まるで「裏があります」とでも言わんばかりに、丑尾はメリットだけを提示しすぎたのだ。当然、誰だってデメリットも考える。


「……なあ、教団というのはそんなにいいところなのか?」


「ああ! それは勿論!」


 聖依の問いに、丑尾は自信をもって答えた。

 その態度には、何もおかしなところはない。

 続けて聖依は質問を飛ばす。追い詰めるように、次々と疑問を投げかける。


「じゃあ、なんで僕を誘うんだ?」


「仲間が欲しいからだ! 我らは1人でも多くの仲間を集めているぞ!」


「ノルマとかそういうのはないのか?」


「ああ、ない! 基本的に自由だ! たまに命令はあるがな!」


「そうか。じゃあ最後に聞くけど――」


 聖依は一笑し、続けた。

 その表情には、嘲るような見下した表情が張り付いている。


「教団の中で“出世”しようとか、そういうことは考えないのか?」


 その言葉を聞いた瞬間、丑尾の顔は強張った。

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