無情、“継承権”無し

 その一言は、ベリンダに“衝撃”を与えた。

 まるで物理的に殴られたような、そんな“揺らぎ”が彼女を襲う。精神的ショックが立ち眩みとなって、足元がふらつく。

 そんな状態の中でベリンダは、恐る恐る尋ねた。


「ど、どういうことなのですか……?」


 ベリンダの心中にあるのは、“驚き”ではない。

 “恐怖”だ。自身の“存在意義”を脅かさんとする真実への、恐れなのだ。

 しかし彼女は突き進む。その先が“闇”だと分かっていても、知らずにはいられない。


 そしてエルメイダは告げる。

 それが、ベリンダの“アイデンティティ”を奪う行為であると知りながら。


「そなたはその身に“大精霊”を宿さぬ身。そのような者を当主として認めることはできぬ」


「“大精霊”……?」


「そう――我ら“五氏族”の当主は、皆例外なく“大精霊”を躰に取り込んでいるのだ」


 それは、ベリンダの知らぬことであった。

 父親であるアンドレス・ガーネットには聞かされていなかったのだ。

 軽いパニックにすら陥っていた。


 そしてそんな彼女を他所に、聖依は考える。


(“精霊”……? そういえば、いるとは聞いていたが、見たことはなかったな)


 聖依は転生の際にリンネが言っていた、“精霊”の存在に興味を持った。

 それはほとんど単なる好奇心だが、この世界の秘密を解き明かす鍵としての――そして、“帰還”への道しるべとなる“希望”として、聖依は期待を寄せていた。


 そんなことを考えている聖依など無視して、話は進む。


「そなたも直に、アンドレス・ガーネットから受け継ぐことになっていたのであろうが……この有様である。それは“不可能”となってしまった」


「そ、そんなっ!」


「こうなった以上、“ガーネット”は取り潰すほかあるまい。ベリンダよ……そなたには気の毒であるが――」


 エルメイダの言葉に、ベリンダは息が詰まるような感覚を覚えた。

 のけ者されているかのような“孤独感”と、教団への対抗手段を失った“焦燥感”が、混ざり合って“絶望”へと変化する。

 それは表情にはっきりと出ていて、客観的に見れば今にも泣き出しそうな――そんな、うつろな顔であった。


 見かねた聖依は、自らの抱いていた疑問を割り込ませる。

 なんの解決にもならないであろうことは彼にもわかっていたが、それでも場をもたせるために、このタイミングで疑念を投げかける。


「ちょっと待てよ。その“大精霊”って、何なんだ?」


「“渡世人”殿――いや、召喚士カガミ・セイよ。それはそなたの知るところではない」


「教えてもらわないと困る! こっちはこんな世界にいきなり連れてこられて、どうしていいかわからないんだ! そのぐらい教えてくれよ!」


 聖依は感情的に叫んで見せる。

 それは揺さぶるための演技であったが、本心からの問いかけでもあった。

 答えてもらえることに、多少の期待を抱いていたのだ。


 だが、反応したのはエルメイダではなかった。

 側付きの男が金色――否、黄色の髪を揺らし、聖依に迫る。

 その瑠璃色の瞳が、聖依をにらみつける。


 そしてその男は、怒鳴った。


「……貴様! さっきから黙って聞いていれば、陛下に向かってなんと無礼なっ!」


「よい、キース! 下がるのだ」


 エルメイダはキースと呼ばれた側近を制すると、聖依と目を合わせる。

 聖依はその瞳から、真意を読み取ることができない。エルメイダのなそうとしている講和の策が、彼女の本意であるかを判別することができない。

 しかし、突然のキースの怒りに、辟易していることだけは見て取れた。


「は、はっ。失礼いたしました、陛下」


 そうして、エルメイダになだめられたキースは引き下がった。

 落ちついたように一度だけ深いまばたきをして見せると、エルメイダは静かに告げる。


「カガミ・セイ……そなたは“教団”の者ではないと見た。で、あるならば、我らにも丁重にもてなす理由はない」


 それは、“面会中断”の宣告であった。

 エルメイダは、一方的に話を打ち切ることを決めたのだ。

 この場にいる誰もが気づいていなかったが、それは間違いなくエルメイダの“焦り”であった。


 そして、その態度が気に入らない聖依は吠える。

 自らの立場など考えず、噛みつくように反発してみせた。


「答える気がないというのか!」


「そうである。ベリンダも最早、“五氏族”の者ではない。これ以上の面会は、意味をなさぬ」


「そうはいくか! そっちがその気なら、僕にだって考えが――」


 聖依は“召喚杖”を構えた。

 使い魔の力を使い、力づくで問いただそうとしたのだ。

 杖の先の“花弁”が開く。“召喚力”が収束し、杖に力を与える。


 ――しかし、それを止める者がいた。


「やめてください、セイ!」


 泣きつくように、ベリンダは聖依の左腕にしがみついていた。

 そして、今にも泣きだしそうな弱い声音で、懇願するように言う。


「……帰りましょう。もう、話すことはありません」


「それでいいのかよ、アンタは……! あの人も……!」


 聖依には、理解も納得もできなかった。

 懸命に立ち向かおうとする“意思”を踏みにじられ、すごすごと引き下がろうとしているベリンダの心が――

 そして、世界を想っているはずの少女を邪険に扱い、“召喚教団”という底知れぬ怪しさを秘めた集団に歩み寄る、エルメイダの真意が。


 そんな聖依の心を知ってか知らずか、ベリンダは手を引いて立ち去ろうとした。

 翻し、2歩3歩と歩みを進めたかと思うと、急に足を止める。


「最後に1つだけ……」


 ベリンダは抱えていた2つの“召喚杖”のうち、片方を静かに床に置く。


「この杖は置いていきます。これは、庭師ケインの所持していたものです。我らにも、使えるかもしれません」


「……キース、お客人を送って差し上げよ」


「は、はっ。畏まりました、陛下」


 促され、キースは聖依たちを誘導し部屋を出た。

 残されたのは、エルメイダとベリンダの置いていった“召喚杖”のみ――


 エルメイダは一人、床に置かれたその杖をじっと眺めていた。

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