女帝、“惑星ジェイド”を統べし者
紆余曲折を経て、聖依たちは遂に城へとたどり着いた。
そして今は、玉座につく女性――“惑星ジェイド”の王たる、ジェイド家の当主を前に跪いている。
その突き刺さるような視線が、二人を見下す。彼女の側近の睨みも合わさり、聖依はとてつもない居心地の悪さを感じていた。
「
透き通っていてなおも威厳のある声が響くと、聖依たちは頭を上げた。
目の前には、王冠のような派手な装飾のティアラを身に着けた、緑髪の若い女がいた。
聖依は彼女の年齢を知らないが、見た目だけで判断するなら少女といっても差し支えない容貌である。
そして、その表情がないながらも人を屈服させる覇気のある眼が、ベリンダと聖依を見つめる。
「よくぞ来た、ベリンダ・ガーネット。そして、名も知らぬ“渡世人”殿よ」
「はっ。この度は面会の機会を設けてくださり、誠にありがとうございます、陛下」
“渡世人”などという呼ばれ方が聖依は気に入らなかったが、黙ってベリンダとジェイド家当主の話に耳を傾ける。
しかし聖依にとっては意外なことに、ジェイド家当主の視線は聖依へと向いていた。
「聞いているやもしれぬが、妾はエルメイダ・ジェイド。この“惑星ジェイド”を統べる、ジェイド家の末裔である」
揺るがぬ瞳が、聖依を捉える。
その顔に笑みはなく、毅然とした真顔のみが張り付いている。
“能面”――そんな言葉が聖依の脳裏をよぎるほどに、エルメイダの表情に感情はない。
「――して、“渡世人”殿よ。そなたの名を教えてはもらえぬか」
「……鏡聖依。ただの付き添いだから、気にしないでくれていい」
「そうか。では、妾に用があるのはベリンダ・ガーネットの方であるわけだな」
「はい、そうなのです……! 実は――」
ベリンダは包み隠さずに話した。
“召喚教団”から“召喚杖”を持ち出したこと。その途中で“鏡聖依”に出会ったこと。かつての庭師“ケイン”を葬ったこと。そして突如来襲してきた“子々津謙太”によって、“ガーネットの当主”は命を落としたことを――
目にわずかな涙を浮かべて、ベリンダは語った。
それでもエルメイダは微動だにせず――ただ黙って、ベリンダの話が終わるのを待っていた。
「……わかった。ガーネットの当主、アンドレス・ガーネットは没したのだな」
「はい。ついては、私がその後を受け継ぐべく、陛下にお目通りをお願いしました」
ベリンダは決意を口にする。その真っ直ぐな瞳が、エルメイダの目を覗く。
ここにきて、初めてエルメイダは揺らいだ。わずかに顔をしかめた瞬間を、聖依は見逃さなかった。
(なんだ……? なんか不都合でもあるのか?)
そんな聖依の抱いた疑念などは、ベリンダにはわからない。
彼女は続けて、請願する。
「“ガーネット”の新たな当主として、申し上げます! “召喚教団”は危険です! 放っておけば私の父のみならず、この“惑星ジェイド”の多くの民が犠牲になります! 彼らの“絵札召喚術”は――」
「――ベリンダ・ガーネットよ!」
陳情するベリンダの声を、エルメイダが遮った。
その声には間違いなく“感情”が込められていて、ベリンダも聖依も驚いていた。
そんな彼らの様子を察したのか、すぐに落ち着きを取り戻してエルメイダは続ける。
「……いや、“ベリンダ”よ。そなたは2つ“勘違い”をしている……」
「何が“勘違い”だというのです!」
立ち上がり、身を乗り出してベリンダが叫ぶ。
それでもエルメイダはあくまでも冷静に、しかし僅かに声を荒げながら、答える。
「1つは“召喚教団”! 彼奴らの力は強大だが、我らと事を構えようなどとは考えていない……! 近いうち講和の席を設けることが決まっている」
「そんな!?」
意外な事実に、ベリンダは驚愕させられる。
しかしその一方で、聖依はエルメイダの様子を冷静に観察していた。
(あれは……“苦しんで”いるのか……?)
それは、彼からすれば“動揺”していることがまるわかりで、“支配者”のメッキが崩れてきているようにすら思えていた。
だがそれでも、さらに追い打ちをかけるが如く、エルメイダは“非情”なる事実を告げる。
「2つ目は“ガーネット家”の今後である! “ベリンダ”よ、そなたには――」
彼女は苦虫を噛みつぶしたような表情をしていたが、ベリンダには――いや、エルメイダ本人すらも気が付いていない。
聖依のみが、その顔を見ていた。エルメイダの付き人にも、見えていない。
そして一瞬黙り込んだかと思うと――
エルメイダは震える声で、漏らすように告げた。
「そなたには“ガーネット”を継ぐ資格は“無い”のだ……!」
◇
聖依たちが城へ向かった後――
彼らが道を尋ねたある路地に、2人の男が現れた。
男たちは土色のフードローブを纏い、顔を覆い隠している。
身長こそ差があったが、全く同じ格好をした2人組。そんな者たちが我が物顔で道を歩いていれば、目立たないわけはない。
手には“召喚杖”が握られていて、その異様さを際立たせていた。
――そう、彼らこそが、“召喚教団”の放った第2の刺客たちである。
「けっ、めんどくせ。なんで俺たちがこんな事……」
「ぼやくな。“命令”なんだ、仕方あるまい」
往来のど真ん中を突き進む彼らに、奇異の視線が突き刺さる。
その視線の1つ――聖依に道を教えたあの女性が彼らを捉えると、一言だけ漏らした。
「あら、あの杖は……」
何気なく発した言葉ではあったが、2人組の大きい方はその声を聞き逃さなかった。
ギロリと睨みを利かせると、声のした方へと詰め寄る。
女性はその迫力に思わず後ずさるが、逃げることはない。
「ご婦人、少し尋ねてよろしいか?」
「え、ええ……」
「我らは“銀色”の髪の男を探しているのだが――」
男の質問に、女性は答える。先ほど聖依たちが求めた、“城”への道のりを示す。
男の鋭い眼光を前にして、女性は逆らうことができなかったのだ。そもそも彼女には、聖依たちをかばいだてる理由もない。
そうして彼らは、
だが彼らは知らない。
“銀色の召喚士”――そう呼ばれている者の姿、その強さ、そして彼との間にある、絶対的な“経験値”の差を。
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