首都、“イースト”の栄華
「……はっ!」
ガーネット邸のベッドに寝かされていた聖依は、目を覚ますと飛び起きた。
眠りに落ちる前の記憶はあったのだが、油断することはできなかった。
ここは異世界、“惑星ジェイド”。彼にとっては未知なる地であり、気を抜くことはできない。
「お目覚めになられましたか、セイ様」
聖依が声の方へ振り向くと、そこにはセアラがいた。
セアラは優しく微笑むと、声を張り上げる。
「お嬢様っ! セイ様が目を覚ましましたっ!」
「――本当ですか! 今行きます!」
慌ただしい足音が床に響くと、木製の扉が軋みを立てて勢いよく開く。
その叩きつけられる音に驚くと聖依は、起き上げたはずの体が再度叩き起こされる感覚を味わった。
扉の先から姿を現したベリンダは、息を切らしている。
荒い呼吸を整えると、彼女は叫んだ。
「聖依、大丈夫ですか!?」
「もうちょっと静かにできないのか、アンタは!」
「ご、ごめんなさい……」
思わず怒鳴り散らしてしまい気まずくなった聖依は、咳払いをして誤魔化した。
そして、静かに答える。
「……どうやら、僕は“召喚力”とやらの消耗で疲れて寝てたらしい。とりあえず、何の問題もないよ」
「ならよかったです……」
「だが、リンネを召喚するとそう長くは持たないらしい。残念だけど、これからはそう簡単には喚びだせないな」
「それは残念です」
だんだんと状況を思い出してきた聖依の頭の中に、子々津謙太の凶行がよぎる。
それを考えると、父親を殺された哀れな娘を前にして、どのような顔をしていいかわからずに聖依は視線を逸らす。
そして先ほどまでの軽い態度を誤魔化すように、神妙に切り出した。
「しかし、こういう時なんて言っていいかわからないけど……お父さんのことは……」
「……いいのです。父は“召喚教団”の手にかかり、死にました――」
静かに目を閉じると、ベリンダは俯く。
涙はない。ただ、儚げに故人を偲ぶのみである。
「その事実は、どうやっても変えることができないのです……」
聖依もセアラも、掛ける言葉が見つからなかった。
ただただ部屋の空気が静まり返り、沈黙が場を支配する。
誰もかれもが黙り込み、風がガラスの窓を揺らすと――
やがてベリンダは、顔を上げた。
「私は此度のことを、ジェイド陛下に報告せねばなりません。すぐに、“イースト”へと向かいます」
「“イースト”?」
「はい。この世界最大の
「なるほど……さしずめ首都ってところか」
聖依が勝手に納得していると、ベリンダの瞳が聖依の眼を捉える。
恥ずかしくなるほどに見つめられる聖依は、その目力に抗えない。
一歩も引けないまま、聖依は問いかけられる。
「貴方も来ていただけますね、セイ」
お互い心のうちは決まっていた。それは、彼らも何となく察している。
しかし尚、ベリンダは聖依の意思を伺った。それは、“決意”と“覚悟”を試すためだ。
聖依はそれを知りえないが、迷いなく答えた。
「ああ……僕も、ほかの場所には興味がある。一緒に行かせてもらおう」
「ならば決まりです」
一瞬だけ嬉しそうに笑みを浮かべるベリンダ。彼女にとって、“答え”はそれで充分であった。
なにせ、“召喚士”という心強い味方が、彼女と共に在ることを良しとしたのだから――
そして、もう一人の頼れる味方――セアラに、“主人”として命じる。
「留守は頼みましたよ、セアラ」
「承知いたしました、お嬢様。お気をつけて」
ベリンダの準備は整った。後は、“イースト”へ向かうのみである。
聖依はベッドから降りて、ズレていたウエストポーチの位置を調整した。
「ではいきましょう」
「ちょっと待ってくれ」
早速出発と部屋から出ようとしたベリンダを引き留め、聖依はベッドのそばに立てかけてあった“召喚杖”を掴む。
「その前に――」
そして、ウエストポーチから4枚のカードを取り出すと――
“召喚杖”に括りつけられたデッキ・ポケットの中から、『殺し屋キリコ』のカードを抜き取って、店で買ってきた残りのカードをねじ込ませた。
(これでもう“補充”のカードはあと1枚しかない……! これからは、ケインか子々津のデッキから“拝借”することも考えないとな……)
――そう、聖依はじわじわと絵札(カード)を失いつつある。同じ戦術は、もう使えない。
そして、一応はデッキとの相性を考慮されて買った、店のカードも無くなくなりつつある。
聖依は今後の戦いに一抹の不安を抱えながら、ベリンダと共に部屋を出た。
◇
クレーター状に切り拓かれた森の中に、巨大な集落が広がっていた。
そのほとんどは質素な木造だが、いくつかの豪華な石造家屋が点在している。
円を2つに区切るように一筋の川が引かれていて、その中央には大きな石造りの“城”がそびえたっていた。
ここは“イースト”。惑星ジェイド最大の都市にして、ジェイド王家の収める都である。
通りには談笑する人々や、“召喚術”で生み出した水をふるまっている者、地に手を付けてレンガの壁を生み出している工事者など、それなりに多くの人がいて活気があった。
その街の中へとたどり着いていた聖依とベリンダは、まるで行先も分からないかのように、キョロキョロと頭を振りながら歩を進めている。
いや――
「……すみません……迷ってしまいました」
行先は見えていたが、道が分かっていなかったのだ。
目的地である城は、目視できる位置にある。但しベリンダは地理に疎い。
(まさかなあ……あれだけカッコいい感じのことを言って出てきておいて、道を知らないとは普通思わないよなぁ……)
聖依は目に見えて落胆していた。
ベリンダを無条件で信じた己を、省みてはいない。それどころか、心の中では正当化すらしている。
そんな聖依の様子を見て、ベリンダは足元から威厳が崩れていく感触を味わった。故に、慌てふためく。
「し、しかしですね。私もここに来たことはあまりないのです。お父様に連れられて何度か来たことはあるのですが、1人で来たこともなかったので道など覚えてはいないのです。ジェイド陛下とは主に訪問いただいたときにお顔を合わせるものですから――」
「そういうのいいから」
早口で言い訳を始めたベリンダを、聖依は一言で制止した。
もう既に、聖依の中でのベリンダの評価は地に落ちていた。
過度な期待をしては駄目だと、引き離すように歩みを早める。
「あっ、セイ!」
そして聖依は、たまたま目に入った、少々年を食っている女性に声をかけた。
「すみません。あそこの城までの道、教えてもらえませんか?」
聖依が丁寧に道を尋ねているのを、一歩離れてベリンダは見守る。
彼女はやや困ったような表情をして、とりあえずこの場を聖依に任せるのであった。
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